内角総理大臣への道
北条邸のリビングで今後の展望を話し合う。
あまりにも困難な道だった。
具体的な道筋がなければ絵空事で終わってしまう。
「それで、どうやって法律を変える?」
敏秀が、私に詳細な計画を求めてきた。
「成人年齢は引き下げられたが、だからと言って議員の年齢制限はそう簡単に変えられんぞ?」
長年、政界に身を置いた者の現実的な指摘だった。
「なにより、直近で今の線引きが合法であると裁判で判断されたばかりだ」
確かに普通の手段ではどうにもならない。
だから、ずっと考えてきた計画を提示する。
「私が元々描いていた史上最年少で総理になるための計画、それを細部のみ変えて前倒しで行ないます」
北条敏秀を後悔させるために描いた未来を、彼を助けるために行うのだ。
「まずは知名度を上げるためにメディアを使い私が顔を出し、公職選挙法の改正を訴えようと思います」
選挙は顔を売らなければ何も始まらない。
「私の能力を使ったディベートで著名人との対話を世間に見せつけて議員となるに相応しい能力を示し、国民に年齢制限の是非を問い、世論を動かします」
そのために、メディア関係に強い人脈を重点的に築いてきた。
アイドルや芸人、インフルエンサーなどの知り合いも広げてある。
「私の生い立ちなども公表すれば、話題性は十分です。母が非難されるでしょうが、それは罰として受けてもらいます」
共に罪を償いたい。
それだけのことをしたのだから。
きっと母も望んでくれるはずだ。
「私は罪の証であると同時に、研究所の有用性を示す証拠ともなり得ます」
そのために過去と能力を最大限使う。
「あくまで子供の才能を伸ばす施設だったと示せれば、問題ないでしょう」
事実、施設の子供たちは、社会に出て才能を開花させている。
彼らには恩を売ってある。
土下座してでも協力を頼むつもりだった。
「世論にどれだけ強い流れを生み出せるかに掛かってますが、メディアの力は強い。勝算はあると思います」
そのためのノウハウを鍛えてきた。
「あとは、息のかかった議員に後押ししてもらえれば、法改正が成される可能性は十分あります」
父は、腕を組み、目を閉じて聞いていた。
計画の粗を探してくれているのだろう。
「……五年だな」
しばらく沈黙した後呟いたのは、彼の想定する年数。
「それも総理ではなく、国会議員になれるまでの時間だ」
閉じていた目を見開き、見通しが甘いと口にした。
「だが大した計画だ。確かに世論の波に乗ることが出来れば法改正すら可能だろう……それでも二十歳以下にはならん」
元総理による現実的な目処。
「それに議員にはなれても、総理となるには余程の後ろ盾と運も必要だ」
一億人の頂点に立つための剛運。
敏秀は過去にそれを持っていた。
「おそらく、最短でもそこから十五年は掛かるだろう」
それゆえ実感の籠った言葉だった。
「とは言え、その計画ならば文翔が議員になれた時点で、私の汚名は濯がれる」
敏秀の目に鋭さが表れだす。
「ならば私も政界に戻り、総理になる手助けも出来るだろう……ともすれば、二度目の総理を狙えるかもな」
野心を取り戻したように、不敵な笑いを見せた。
「いいだろう、私の力を貸すに足りる計画だ」
最大限の賛辞だと思えた。
自身の血肉ともいえる、政治家としての地盤を貸して貰えるのだ。
父に認めて貰えた、それで十分なはずだった。
だが——。
「それでも、三年で成します」
口にした約束は果たす。
そのために人生を懸けるのだから。
「馬鹿を言うな!無理だと言ってるだろう!政治の世界を甘く見るな!」
本気で怒ってくれていた。
その感情は、私を身内として見てくれている証だった。
「そのために、私はアキラに人生を預けました」
彼の娘との結婚、その意味はまだ分からない。
きっと、私が想像できないほどの苦難が待っているのだろう。
だが、それに見合うだけの価値が必ずある。
私はすでにアキラを信じていた。
「一条君か……だか君は、すでに一条家を継ぐ資格を剥奪されてたはずだ」
父も、目の前で繰り広げられた奇跡の数々は観ていた。
だが、それと政治は関係ない。
一条財閥の力を借りられないのならば、その力に意味はないと言った。
「確かに僕は一条家の力を借りられません」
アキラがその通りだと答える。
「だから、僕個人の繋がりで何とかしようと思います」
柔らかく微笑む視線の先には、西園寺という少女がいた。
「そうか!西園寺さんが手伝ってくれるのか!」
敏秀が思わぬ援軍に色めき立つ。
「西園寺家と『A・Uカンパニー』の力が借りられるなら、少しは現実味も帯びてくるな……」
敏秀が口にした『A・Uカンパニー』という新興企業は私も知っている。
それはここ数年で急激に業績を伸ばし、日本のトップ企業となった会社だ。
そこのCEOは若干十六歳の天才少女だったはずだ。
「君があの会社の最高経営責任者……なのか?」
知名度の割に、表舞台には決して出て来ない用心深さ。
それゆえに世間では謎の人物とされていた。
「はい、西園寺 蕚と申します。どうぞよろしゅうお頼み申しますえ」
雅な佇まいで緩やかにお辞儀をする所作は、育ちの良さが滲み出ていた。
「ウテナさんの力と、“大和家”の力をお借りしようと思っています」
アキラが言う大和家の名に聞き覚えはなかった。
だが、それを耳にした父が、驚愕の表情を表す。
「や、大和家だと……?まさか、あの大和の御力添えを受けられるというのか?」
「はい、大和家現当主が僕の彼女なので、お願いすれば手伝ってくれると思いますよ」
「な……なんだと……!そういえば最近、御当主様が変わったとの噂は耳にしたが……」
父の魂が興奮で激しく揺れていた。
「北条さん、大和家というのはそんなにも影響力があるのですか?」
元総理が名前を聞いただけで動揺するほどの家格。
一体、どれほどの存在なのだろうと気になった。
「北条なんて他人行儀に呼ぶな!これからは父と呼べ!」
その瞳は激しい野心を燃え上がらせていた。
「大和家というのはな、二千年を超えるほどの長きにわたり日本を守護してきた家だ」
額に汗を浮かべ、口にするのも憚られる様子を見せている。
「表舞台には出てこないが、日本の中枢に近いほど、その影響力は絶大」
そんな大物がアキラの彼女だというのだ。
「大和御当主の一言があれば、総理の首などいくらでも変わるだろう」
日本を代表する表と裏から支援を確約されている。
「成るぞ……文翔……この計画!」
込み上げる笑いを抑えきれずに肩を揺らす父を眺め、現実感のなさについていけない自分がいた。
「あとは現物か……資金がなければ絵に描いた餅だ……できるだけ綺麗な金を集めなければならんな……」
ブツブツと算段を立て始めた父の魂が、黒く、そして美しく輝いていた。
「と、父さん……資金の件ですが……」
その呼び名を口にするのにかなりの勇気が必要だった。
「なんだ!当てがあるのか!?」
だが、父はそれを気にもせず、声を荒げる。
気持ちはすでに現役に戻っているのだろう。
血走った目で権力を求めていた。
「一条が許すならですが……すでに“三兆円”を用意して貰っております」
父の目が大きく見開かれ、固まった。
「もちろん使って下さい、先輩のために集めたのですから」
私が最初に望んだアキラとの取り引き。
裸一貫から伸し上がるのに必要だと思った金額。
さきほど一度断っている。
本来ならば、もう払う必要のない報酬。
それでも彼ならそう言ってくれると信じていた。
「三……兆……円……?」
父が掠れた声で口にした。
それほどまでに現実味のない金額。
だが、アキラが言うのだから、それは間違いなくあるのだろう。
固まっていた父が、突然立ち上がる。
「フフフ……これだけ条件が揃えば、どんな馬鹿でもなれるぞ……それが私の息子なら尚更だ……フ……ハハハハ……フハハハハハ!」
狂気じみた笑い声が部屋に響いた。
その魂は激しい感情の揺れを見せている。
「文翔!明日からウチに住め!家内と娘には説明しておく!教えることも、会わせる人間も山ほどいるぞ!」
一分一秒すら惜しいと声を上げる。
「よろしいのですか……?」
それは、家族になれと言われたも同然だった。
「良いも悪いもない!お前は私の息子だ!先ほどそう認めた!」
「でも、御家族に迷惑が……」
すでに多大な迷惑を掛けていた。
何の罪も無いのに、世間から後ろ指を刺されるような状況に追い込んだのは、私と母だ。
それを思うと申し訳なさに胸を締め付ける。
「……私は家族が大事ではある。だが、野望の方が何十倍も大事なのだよ!」
そこにいるのは権力に憑りつかれた男の姿。
魂を視られることすら恐れず、膨大な欲望を真っ直ぐに晒している。
清廉潔白な仮面を剥ぎ取った顔は、私を息子と認めた証でもあった。
「忙しくなるぞ!寝るヒマなど無いと思え!」
覚悟は行動で示せと我が子に教える。
「……望むところです!」
こうして、私は総理への道を走り始めた。
それと並行して、アキラとの約束を果たすために、彼の娘と次々にお見合いをした。
だが——
「日本を手に入れる?志が低い男よ……せめて世界と言うてみせよ」
マリアには、見限られるように断られた。
「さすがに弱すぎネ、しかも武術の才もない。悪いけど可能性ゼロヨ」
ホンシアには、興味が湧かないと断られた。
「……なんか性格悪そう……無理」
アマテラスには、心根を見透かされて断られた。
能力を使い、人を懐柔することでしか人間関係を作ってこなかった。
そのせいで、人間としての魅力というものを持っていないことに気づいた。
アキラとの約束を果たしたかった。
だけど、今まで復讐のためだけに積み重ねた人生では、彼の娘に届かない。
悩みを相談できる相手なんていなかった。
友人と呼べる存在も。
だから、アキラに相談した。
『恋愛や結婚はどうすればできるか?』と。
だが、返ってきた答えは意外なものだった。
「僕は、今まで子供はたくさん作りましたが、恋や結婚はしたことがないんですよ」
「そうなのか?」
「ええ、そんな余裕なかったですから。氷河期などは人類絶滅を防ぐことだけ考え、生き残ってる女性全員と子作りをがんばりましたからね」
「な、なるほど……」
話のスケールが違い過ぎた。
「先輩は素敵な魂を持ってますから、きっと大丈夫ですよ」
「もう“先輩”はやめて名前で呼んでくれ、敬語もいらない」
人類の神に、先輩と呼ばれるなんて落ち着かない。
そんな軽い気持ちで言った言葉。
そんな些細な願いが、私の人生を再び変えた。
「わかった、なら“フミくん”にアドバイスをひとつするね」
その呼び名は母が呼んでくれた名前。
「もっとさ、好きに生きてよ、君が心から笑えるように」
伝えられたのも、母が願ってくれたこと。
「僕は、フミくんの幸せが何より大事なんだから」
母の光を視て、私はいつも幸せに笑っていた。
母もそんな私を見て、幸せな笑顔を浮かべた。
そんな関係。
もう二度と手に入らない。
そう、思っていたんだ——
「お母さん……」
短い息が勝手に漏れた。
それが声になっていたことに後から気づく。
「なに?フミくん」
当たり前のように返されてしまった返事。
それを聞いて喉が鳴った。
震える唇を動かして、もう一度声を出す。
「ま……間違えた……」
視界が揺れて、前が見えなくなっていた。
「間違えてないよ、僕はキミを心から愛しているからね」
留めていた涙が自然とこぼれる。
「それってお母さんと同じでしょ?」
ただ生きているだけで無条件に愛してくれる。
涙の向こうにいるのは、母のような人だった。
母が亡くなってから、初めて息をした気がする。
肺を膨らませるたびに涙がこぼれ落ちていった。
「……せ、性別が違うだろうが」
メガネを外してしゃくりあげる。
「アハハ、ほんとだ」
おかしそうに笑うアキラ。
「でも、性別なんて些細なことだよ」
その笑顔が柔らかくて。
「それによく考えたら、僕はもうすぐフミくんのお義父さんになるし」
その瞳があたたかくて。
「今から『お父さん』って呼んでもいいよ?」
思わず呼びそうになってしまった。
「……ば、馬鹿を言うな!仮にも私は先輩だぞ!」
「さっき、先輩はやめてって言ったよ?」
「け、結婚したら呼ばせてもらう……」
親が願ってくれるなら、これからは幸せに笑おうと思った。
総理になる。
結婚をする。
二人の父に人生を捧げる意志は変らない。
その上で、自分の幸せを手に入れようじゃないか。
「フミくんは、お母さんみたいな女性がいいかもね」
「……まあな、私は筋金入りのマザコンだからな!」
最愛の両親が、それを望んでくれたのだから。
「じゃあ、次はしっかりした感じの娘を紹介するよ」
「ああ、楽しみにしておこう!」
そして、アキラは私の望みを叶えてくれた。
紹介されたのは、エレノア=ブラックウッド。
私は今、彼女の部下に銃を向けられている。
生死がかかるような殺伐とした状況だった。
だが、私の心の中は——。




