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牡丹餅が嫌いな人間もいるってこと

 魂を視れば、その人の最も欲している事が分かる。

 ならば逆もまた分かるのだ。


 北条敏秀にとって最も嫌なこと、それをしてやろうじゃないか。

 文翔(ふみあき)は、そのことに人生を使うと決めた。

 

 身籠った母を捨てたという祖父の話。

 直接会って、それが本当だと確信したからだ。


 母と自分のことを欠片も宿していない魂に、その存在を深く刻み込んでやる。

 

 死ぬまで後悔し続けるように。

 

 奴はおそらく近い将来、この国のトップに立つだろう。

 現状、それは止められない。


 ならば、自分が出来ることは、奴の理想を壊し尽くして、晩年を悔いたものにさせれば良い。

 積み上げた過去も、輝かしい現在も、我が子に継がせるだろう未来も。


 すべてこの手で灰燼(はいじん)に帰してやる。


 そのためには、何としても奴の居る場所まで上り詰めなければならない。

 それを成すには、あらゆるコネと資金が必要だ。


 この能力を存分に使ってやり遂げてみせる。

 それこそが、きっと力を持った意味なのだろうから。


 『父のように立派な人になって』


 母にとって“あれ”が立派な人ならば、それになろうじゃないか。

 奴のように人を利用し、蹴落として、どこまでも上り詰める。

 

 この世にたったひとつだけ、自分への愛を視せてくれた魂。

 それを失った今、生きている意味はもう復讐しかないのだから。


 能力を使ってのし上がる手始めに、所長の美籐を丸め込んだ。


 彼に、北条敏秀へ予算の増加と寄付を募れとうながしたのだ。

 自分が望んでいると言えば、出すに違いなかった。

 

 結果、目論見通り国から研究所への予算は増額された。

 

 さらに、寄付という形で自分と所長宛に金銭の授与が行われた。

 美藤所長はそれを喜び、新たな研究への機材や人員につぎ込んだ。

 

 所長は本当に研究成果にしか興味がない人だ。

 私腹を肥やすよりも、人を進化させることに夢中だった。

 ある意味、とても信用の置ける人物といえた。


 所長の信頼を勝ち得た文翔は、研究所を我が家のように使うことを許された。

 最重要エリア以外のフリーパスと、常時外出許可の権利だ。

 

 文翔は、その権利と施設で使える特権を全力で行使した。


 あらゆる種類のコネを作るために、様々な人を呼び寄せ、時に自ら会いに行った。

 相手の魂を視て、望む物や言葉を与え、感情の揺らぎを見て心に喰い込んでいく。


 それと同時に、施設に集められた子供たちの懐柔を進める。

 

 彼らのほとんどは親に見放されており、愛情に飢えていた。

 それを懐かせるなんて簡単だった。


 中には一筋縄ではいかない子供もいたが、時間を掛けて必ず手駒として手に入れた。


 この施設の子供たちの魂は、揃って光が強い。

 生まれ持った異能により、素晴らしい力を持った大人となるだろう。

 成長したその力を、将来存分に利用させてもらうつもりだった。


 文翔が着実に足場を固めていた頃。

 北条敏秀は、この国の頂点である内閣総理大臣へと就任していた。


 四十代という戦後最年少の総理として、持て囃される姿を映像でよく目にした。


 (今の内に精々、人生の春を謳歌するといい……上り詰めたのだから、後は落とすだけだ)

 

 画面を見つめる文翔が浮かべた笑みは、普段の爽やかなものとは違う、暗い愉悦を見せていた。


 父を幸福の絶頂から引き摺り下ろすことを考えている時だけは、自分も幸せだった。

 他のことを考えなくても良かったからだ。


 時折、頭の隅に湧いてくる疑念を、復讐の炎が焼き払ってくれた。


 ある意味で、文翔は父によって生かされていたのだろう。

 それを思い知らされる事件が起きた。


 研究所から、最重要能力を持った少年が脱走したのだ。

 

 脱走者の名前は美籐拓人。

 美籐所長の義理の息子だ。


 とは言え、所長は彼と直接話したことはないらしい。

 それほどまでに危険な化(・)物(・)だったからだ。


 ただし、数値などのデータだけは、毎日愛でるように見ていたようだ。


 文翔も、その人物を庭で見かけた事がある。

 彼は全身拘束された状態で、空を見ていた。


 その魂の輝きは、過去見た誰よりも強かった。

 思わず近寄り、声を掛けてみたくなるほどに。

 

 その一歩を踏み留めたのは、以前聞いた職員からの言葉だった。

 

 『あの化物は指一本動けば人を殺せる』

 

 彼は美籐拓人の担当として、どれほどの危険手当を貰っているのかを文翔に自慢した。


 もし、自分が彼に声を掛けていたなら、違う結果を生んでいたかもしれない。

 だが長い年月、話しかけることを躊躇しているうちに、美籐拓人はこの施設を脱走した。

 建物を盛大に破壊して。


 それは、施設の闇を世間に晒す結果となった。

 ここでは、一般社会では到底許されない非人道的な検査や実験が子供たちに行われていた。


 もちろん子供たちは基本的にそれを承知の上で受けていた。

 居場所がここ以外になかったからだ。

 それに、対価として本人が望む限りの恵まれた環境を用意してもらっていた。


 だが、その虐待紛いの実験を知られてしまえば、糾弾されるのは当然だった。

 結果、顔も見えない正義の声により研究所は閉鎖に追い込まれた。


 行く当てのない子供たちを置き去りにして。


 そして、責任者である美藤所長は社会的な制裁を受ける事となった。


 ——北条敏秀も。

 

 独断で研究予算を増額していたこと。

 さらに所長への多額の寄付が露見し、総理の座を追われた。

 研究所の設立に関わっており、施設の見学やそこにいる子供との面会も行っていた証拠もあった。

 それらの情報により、世間は子供の虐待に手を貸していたと判断したのだ。

 

 それは、クリーンなイメージで売っていた政治家にとって、致命的な傷となった。

 

 もう二度と政界へ戻ってこれないほどの深刻なダメージ。

 そのきっかけとなったのは、過去に行った自分の提案だった。

 

 つまり、文翔はすでに復讐を果たしてしまったのだ。

 

 世間が自分の代わりに父を責め立てる。

 好感度の高さが反転して、過去の様々な問題まで掘り起こされることとなった。


 その中で、母を捨てた事実まで露見してしまう。

 

 週刊誌のインタビューを受ける祖父は、憤りながらどれだけ酷く娘を捨てたかを訴えていた。

 きっと、取材費が目的だったのだろう。


 名も知らない他人がこぞって元総理を糾弾していた。

 だがそれは、自分の権利だったはずだ。


 奴をこの手で失墜させることだけが支えだった。


 自分が最年少の総理となり、奴の残した功績や政策をすべて壊し過去の悪事を露呈させ、母を捨てたことを心から後悔させる。

 そして、母を捨てさえしなければ、こんなことにならなかったと頭を抱える姿が見たかった。


 その心躍るような未来はもう来ない。


 大蔵文翔の復讐は、あっけなく幕を閉じた——。

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