第15話 「1987年」
147:名無しさん@ゲーマー:202X/08/05(水) 01:05:00.00 ID:x8J9aK10
おいスレ主、葵さん! 自室に戻れたかー!?
白石葵ちゃん救出完了の祝杯配信はまだですかね!?
なんかの配信サイトでパスワード配信希望!
148:名無しさん@ゲーマー:202X/08/05(水) 01:06:12.45 ID:8bitLove
いやー、マジで伝説のスレになったな。
呪われたFCカセット『黄泉』の怪異を、力技とラジオナイフで完全攻略とか痛快すぎたわ。
二人とも今夜はゆっくり休んでくれよな!
149:主@ゲーマー:202X/08/05(水) 01:12:30.00 ID:RikuMKB
主だ。無事に二人で自室に戻った。
カセットの怪異反応は完全にゼロ。ダイヤル鍵も沈黙してる。
スレのみんな、応援と解析の知恵を貸してくれて本当にありがとな。
150:名無しさん@ゲーマー:202X/08/05(水) 01:13:05.12 ID:x8J9aK10
主おつかれええええええ!!
マジで最高の夏休みのオカルト実況だったぜ!!
151:名無しさん@ゲーマー:202X/08/05(水) 01:13:40.00 ID:8bitLove
アセンブラさんも本当にお疲れ様でした!
解析班がいなかったら1面すら突破できてなかったよな!
スレ民たちの祝福のレスが並んだ。
――
深夜二十五時二十分。陸の自室。
「……ふぅ。ただいま、だな」
ガチャリとドアの鍵を閉め、俺は部屋の蛍光灯を点けた。
現場の駄菓子屋跡地から、余韻を噛み締めながらゆっくり歩いて十五分。
怪異の気配は完全に消え去り、外はいつも通りの蒸し暑い夏の夜に戻っていた。
「うん……! 本当に、全部終わったんだね……」
葵が安堵のため息をつきながら、パイプ椅子に腰を下ろす。
デスクの上に置かれたFC互換機のスロットには、黒光りしていたあの『黄泉』のカセットが刺さったままだ。
だが、ボスを倒すたびにカチカチと狂ったように自律回転していた『赤電話のダイヤル鍵』は完全に機能を停止し、ただの古いプラスチックの塊になり果てていた。
「白石葵ちゃん……三十九年ぶりに、お母さんのところへ行けたかな」
「ああ。あの笑顔見ただろ。間違いなく救われたさ」
俺は冷蔵庫から冷えた麦茶を二つ取り出し、一つを葵に手渡した。
コツンとグラスを合わせる。
「お疲れ、葵。お前の助けがなきゃ、あの子を引っ張り出すどころか俺も戻ってこれなかった」
「ううん、陸が諦めずにナイフを振るってくれたからだよ。……今日の私たち、最高のバディだったね」
葵がはにかむように微笑む。
張り詰めていた空気がようやくほどけ、穏やかな日常の温度が部屋を満たしていく。
——だが。
ピピッ……。
静まり返っていたはずのデスクの上で、ノートPCが乾いた電子音を立てた。
――
葵が先ほど現場から書き込んだ『アセンブラさん、本当にありがとうございました!』という感謝のメッセージ。
その真下に——返信となるひとつの長文レスが、静かに投下された。
152:【解析班】名無しのアセンブラ@ゲーマー:202X/08/05(水) 01:25:00.00 ID:Assembler
無事に白石葵ちゃんを解放できたようで、本当によかった。
三十九年間、ずっと僕の手元で大切に保管していた古いコレクションだったけれど……やっぱりデータというのは、年月が経つとどうしても色褪せてしまうからね。
君たちに頼んで、綺麗にお掃除してもらえて助かったよ。
――
「……え?」
画面を覗き込んでいた葵の指先が、キーボードの上でピタリと凍りついた。
「おい……アセンブラ、何を言ってんだ……?」
俺の喉の奥から、乾いた声が思わず漏れる。
スレの空気が、目に見えて凍りついていくのが分かった。
153:名無しさん@ゲーマー:202X/08/05(水) 01:27:45.00 ID:x8J9aK10
……は?
アセンブラさん……? なに言ってんの……?
『僕の手元で保管していたコレクション』って……それどういう冗談……?
154:名無しさん@ゲーマー:202X/08/05(水) 01:28:20.12 ID:8bitLove
おいおいおい、急に悪趣味なロールプレイやめろって!!
笑えねえぞ……!!
だが、アセンブラの書き込みは止まらなかった。
まるであらかじめ用意されていたプログラムのように、冷酷で整然としたテキストが淡々と画面を埋め尽くしていく。
155:【解析班】名無しのアセンブラ@ゲーマー:202X/08/05(水) 01:29:10.00 ID:Assembler
冗談になんて見えているのかな?
あの『黄泉』というカセットはね、1987年に僕が組んだプログラムなんだよ。
あの子をあの場所に連れて行った時、僕の技術のすべてを注ぎ込んで作った、世界に一つだけの特別なストレージだ。
どっかの掲示板に『黄泉』のスレッドが立つたびに、僕はスレタイ検索でログを監視していた。
誰かが僕の代わりに、あの古くなったカセットのプロテクトを壊してくれる日を、ずっと待っていたんだ。
――
「なっ……」
葵が息を呑み、椅子から崩れ落ちそうになるのを俺は咄嗟に支えた。
腕の中に伝わってくる葵の身体が、小刻みに、激しく震えている。
「一九八七年の……あの誘拐犯が……アセンブラ……!?」
「嘘……嘘でしょ……!? だってアセンブラさんは、ずっと私たちを助けてくれて……」
違う。
助けていたんじゃない。
あいつは——最初から、自分自身が作ったゲームの解法を知っていただけだ。
俺たちに『白石葵』という古い器を破壊させ、中身を手放させるために。
「でも、どうして……」
葵の震える唇から、掠れた疑問がこぼれ落ちる。
「どうして……白石葵ちゃんを手放す必要があったの……?」
その問いに答えるかのように、スレッドに次のレスが表示された。
156:【解析班】名無しのアセンブラ@ゲーマー:202X/08/05(水) 01:30:30.00 ID:Assembler
なぜ古いあの子を手放したのか、かい?
簡単なことだよ、七瀬葵さん。
代わりとなる、新しい魅力が見つかったからだ。
数ヶ月前、市役所の窓口で君を偶然見かけた時、僕の心臓は三十九年ぶりに激しく跳ね上がった。
僕が1987年に欲しくてたまらなかった理想の少女が、完璧な姿でそこにいたんだ。
157:【解析班】名無しのアセンブラ@ゲーマー:202X/08/05(水) 01:31:15.00 ID:Assembler
君にカセットを渡すよう仕向け、現場で市役所のネットワークと直結してもらった。
おかげで、現場のWi-Fiと君の端末を経由して、君の正確な生体データも、現在の居住地も、生活習慣も、すべて僕のPCにインストールさせてもらったよ。
白石葵ちゃんは返してあげた。
だから——次は、君が僕のところへおいで。
――
「ヒッ……!!」
葵が悲鳴を上げ、両手で口を覆った。
目を見開き、涙をボロボロと零しながら、恐怖に全身を硬直させている。
「てめえええええええッ!!」
俺の頭の中で、何かがブチ切れた。
キーボードへ飛びつき、怒りのままに指を叩きつける。
158:主@ゲーマー:202X/08/05(水) 01:32:00.00 ID:RikuMKB
ふざけんなよクソ野郎が!!
葵に指一本でも触れてみろ、てめえがどこのどいつだろうが必ず探し出してぶち殺してやる!!
159:名無しさん@ゲーマー:202X/08/05(水) 01:33:30.12 ID:x8J9aK10
通報しろ!! 今すぐ警察呼べ!!
こいつ本物のガチ狂人だぞ!! 逃げろ葵さん!!
160:名無しさん@ゲーマー:202X/08/05(水) 01:34:00.00 ID:8bitLove
嘘だろ……俺たちずっと、三十九年前の未解決事件の犯人とチャットしてたのかよ……!?
鳥肌が止まらねえ……誰かこいつのIP特定しろよ!!
スレッドが阿鼻叫喚のパニックに包まれる。
だが、その狂乱をあざ笑うかのように、アセンブラからのレスはどこまでも穏やかで、淡々としていた。
161:【解析班】名無しのアセンブラ@ゲーマー:202X/08/05(水) 01:35:00.00 ID:Assembler
ふむ……スレ主くん、そんなに怒らないでおくれ。
警察かい? 僕のIPはいくつもの海外プロキシを経由しているし、三十九年前の事件の公訴時効だってとっくに完成している。
君たちが壊してくれたおかげで、僕を縛るカセットの証拠すら綺麗に消滅してしまった。
今の僕を裁ける法律なんて、この世界のどこにも存在しないんだよ。
162:【解析班】名無しのアセンブラ@ゲーマー:202X/08/05(水) 01:36:00.00 ID:Assembler
ただ……少し残念だな。
本当は今夜、あの駄菓子屋の現場でそのまま七瀬葵さんを迎えに行く計画だったのだけれど……君がずっと彼女の手を握って守っていたからね。
今回は、僕の負けだ。おとなしく引き下がるよ。
163:【解析班】名無しのアセンブラ@ゲーマー:202X/08/05(水) 01:36:45.00 ID:Assembler
でも、焦る必要はどこにもない。
僕は君の職場も、通勤ルートも、自宅の場所も、すべて手に入れたのだから。
またいつでも、君の日常のすぐ隣で会える。
それでは二人とも、楽しいゲームをありがとう。さようなら。
――
ザザ……ッ……。
書き込みを最後に、アセンブラのIDの横にあった通信ランプがスッと消灯した。
スレ民たちがいくら呼びかけても、アセンブラからの応答は二度と返ってこない。
完全にログアウトし、ネットの海のどこか——現実のこの街のどこかへと、気配を消して潜伏したのだ。
「う……あ……あぁ……っ……」
葵が膝から崩れ落ち、喉から掠れた引き攣り声を漏らしながらガタガタと震えている。
慰めの言葉すら、俺の喉には張り付いて出てこなかった。
カセットは壊れた。
怪異は消えた。
だが、オカルトのルールで戦えていた「ゲーム」はもう終わってしまったのだ。
残されたのは、三十九年前に少女を連れ去り、今も捕まっていない生身の人間が、葵のすべてを握ってこの街の闇に潜んでいるという、救いようのない現実だけ。
ピロン……。
静まり返った部屋に、葵の私用スマホの無機質な通知音が小さく鳴り響いた。
画面に浮かび上がったのは、宛先不明のメッセージ。
『窓のカーテン、少し開いているよ。』
「ヒッ……!!」
息が止まった。
俺は全身の血が凍りつくのを感じながら、恐る恐るカーテンの隙間へと視線を向ける。
深夜の住宅街。
街灯の薄暗い光の下、向かいの電柱の影に——見知らぬ人影がひとつ、じっとこちらを見上げて立っていた。
じっと、動かずに。
耳元に古い携帯電話の受話器を当てたまま。
暗闇の中で口元だけを三日月のように歪めて。
ゲームは、最初から始まってすらいなかった。
——『【検索してはいけない】実家から出てきた8bitの脱出シューター『黄泉』をプレイしたら、自分の部屋が「脱出地点」になっていた』 了
今年の夏も暑いですね…。
最後までお読みいただきありがとうございました!!




