反響
その噂は都市伝説のように全国を駆け巡った。
だが、その噂のある土地がどこなのかは特定されていない。
海沿いの町、雑木林に囲まれた遊歩道、その横道に逸れた先にあるトンネル、そこで起こる心霊現象。
その場所があるのは我が町ではないかと、各地方の若者たちの調査動画がいくつも投稿されているが、確実なことはわからない。
その中で有力だと言われているのが、西日本にある海沿いの町の小さなトンネル。
主要道や生活道路ではなく、自然公園の遊歩道の途中、横に逸れた道の先にあり、トンネルを通り抜けると見晴らしがよく美しい海が見える、噂に一番近いトンネルだという。
ただ西日本の海沿いの町にはそういうトンネルがいくつかあり、どこがそこなのか、まだ特定されていない――
「もう一回、噂の確認するで」
リーダーの惇史が仲間の顔を見回すと、克央、真守、仁良が頷いた。
海沿いの町に住む四人は、もしかして噂の場所が自分の町にある自然公園なのかもしれないと、遊歩道の入り口に集まっていた。
「噂のキーワードは海沿いの町、雑木林、遊歩道、トンネル。
トンネルはそんなに長い距離はなくて幅も狭い。
内側は掘ったまま剥き出しの壁面で、中は夏でも寒い。
氷みたいな冷っこい水が染み出てて、ぽたぽた落ちた水で、舗装されてない地面はいつもぬかるんでる。
で、そのトンネルを抜けたら、海が見える低い柵のついたテラスみたいになってて、真下が断崖絶壁で、岩に砕け散る波の音が聞こえてる。
これが噂の『場所』の詳細や。
で、『心霊現象』のほうやけど、トンネルで声上げたら反響するやん?
例えば「おおーい」て叫んだら、その声が壁に反射して響くやん?
噂いうんは、その反響してる自分の声の中に、『死ねばいいのに』て、小さい声が混じって聞こえるんやて。
で、聞き間違いかどうか、何回も試すやろ? そしたら『死ねばいいのに』が『死んで』、『死んで』から『死ねよ』に変わって、最後に『殺すぞ』になる。
声もだんだん大きなって、自分の反響やのうて『殺すぞ』言う声だけ聞こえてくるんやって。
で、『死ねばいいのに』『死んで』『死ねよ』のあたりで怖くて引き返したら命拾いして、『殺すぞ』まで聞いてしもたら、呪われて引き返そう思ても引き返せんくて、トンネル抜けた断崖絶壁で自殺してしまうらしい」
「けどただの噂やんな? 全員死んでしもたら誰が言うたんやてなるやつやん」
少し怯えた表情で克央。
「この場所が正解かわからんし」
信じていない真守。
「いっぺん試したらええねや」
乗り気の仁良。
惇史は仁良の顔だけ見て頷き、「よしっ行こ!」と遊歩道にある細い横道に入っていき、後の三人も仁良を先頭に続いた。
落ちて来る冷たい水滴を避けながら進むトンネルの真ん中あたりまで来て、
「ここらで叫んでみる?」
惇史は三人を振り返った。
「おおーい」
「ちょっ、おいっ!」
間髪入れすに叫んだ仁良の声と焦る惇史たちの声が薄暗い中に反響する。
まだ心構えが出来ていなかったが、取りあえず四人は身じろぎもせず聞き入った。
「聞こえたか?」
惇史の問いに三人は首を横に振る。
「おおーい」
仁良が再度叫んだ。
「お前、ちょっと待てや」
「せやぞ、ちゃんと検証せな――」
『死ねばいいのに』
「今、誰言うた」
聞こえた微かな声が、惇史には誰かがふざけて出したとしか思えず、三人の顔を見回した。
怪しいのは仁良だ。
だが、みなも同じように思ったのか、お互いの顔を見回している。
「おおーい」
仁良が三度叫んだ。
「ちょ、やめて」
怖くなった惇史は止めるも、二人の声の反響の中、今度ははっきりと『死ねばいいのに』と聞こえた。
「おおーい。誰やー」
『死ねばいいのに』
「誰ぞおるんやろ? バレてんねんっ!」
仁良が辺りを見回しながら怒鳴った。
「隠れるとこなんかないよ」
克央が震える。
「トンネルの出口におるん違うか?」
真守は先に行こうと歩き出した。
「おいっ出てこいっ!」
『死んで』
「ふざけんなっ!」
『死ねよ』
「お前こそ死ねっ」
「仁良やめっ!」
惇史はこれ以上聞きたくなかった。ここが本当に噂の場所なら、この先を聞くのは危険だ。
今逃げなければ……
だが、克央は耳を押さえてしゃがみ込み、真守の背は出口に近付いていく。友人を放って自分一人で戻ることは出来ない。出来ないが……
『殺すぞ』
「ひいぃっ」
怯え切った惇史は入り口に向かって走り出した。
「待って……」
克央と仁良が後を追いかけてくる。
眩い外の光を目指し、確かに入り口に戻ったはずなのに、目の前には出口にいたはずの真守が立っていた。
「真守……いつの間に入り口へ来たんや?」
惇史の言葉に真守は青い顔をして首を横に振る。
「ぼく、ここからいっこも動いてない……」
ということは……ここは出口……
岩に打ち付ける激しい波の音が間近に聞こえた。
「うわああああ」
克央が踵を返し、半円に白く光る入り口に向かって再び走って逃げていく。それを仁良と真守が追いかけた。
だが、途中の光の届かない暗闇にその身が隠れた瞬間、三人はこっちに向かって走ってきた。
その場で動けなくなっていた惇史は絶望した。
もうこのトンネルから出ることは叶わないのだと。
「うわあああ」
『殺すぞ』
「助けてぇ」
『殺すぞ』
諦めずに逃走を何度か繰り返した後、戻ってきた克央と真守は出口を走り出た。
「おいっ、やめぇっ!」
惇史と仁良が止める間もなく、二人は柵から身を投げた。
「克央ぉぉぉ真守ぅぅぅ」
仁良とともに泣きながら下を覗き込んでも、飛び散る白い波飛沫が見えるだけで、克央たちの姿は見えない。
「克央ぉぉぉ真守ぅぅぅ」
『殺すぞ』
今いる場所は外で、声が反響していないのに、トンネルから声がした。
「仁良……」
「惇史……」
お互い顔を見合わせて恐怖に震える。
『殺せ』
「え……? 『殺すぞ』の続きあんの……?」
『殺せ』
『殺せ』
『殺せ』
仁良が惇史の身体を柵の外へと押し出した。
「ちょ、やめ」
『殺せ』
『殺せ』
『殺せ』
柵の向こうへ乗り出てしまった惇史は落ちる瞬間とっさに仁良の腕を掴み、二人は悲鳴を上げながら白い波飛沫の海へと落ちていった。
その噂は都市伝説のように全国を駆け巡った。
だが、その噂のある土地がどこなのかは特定されていない。
海沿いの町、雑木林に囲まれた遊歩道、その横道に逸れた先にあるトンネル、そこで起こる心霊現象。
いくつか候補地が上がるもののどれも確実ではない。
最も噂に近いトンネルが、とある県の海沿いの町にある自然公園のもの。
だが、そこは過去に自殺者が多発したため、この噂が広まるだいぶ前に、そこに至る遊歩道とともに取り潰され、現在は存在しない。
了




