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婚約した瞬間に破滅未来を思い出した悪役公爵令嬢ですが、婚約解消を目指しているだけなのに何故か好感度が上がっていきます  作者: 玉響すばる


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13/14

第13話 お母様とのお茶会はだいたい重要なお話になります

 翌日の午後、エウフェミアは庭園の東屋へ向かいながら、静かに覚悟を決めていた。


 お母様が改まって時間を取る。


 この条件は、だいたい重要な話である。


 しかも今の自分は、婚約の場で前世を思い出して以降、

「慎み深くなった」

「落ち着いた」

「敬虔で、人への思いやりもある」

などという、婚約解消から見れば最悪に近い評価を積み上げ続けている。


 となれば、今日の話題が何であれ、油断はできない。


 むしろほぼ確実に

「婚約者としてのあり方」

とか

「これからの立ち振る舞い」

とか

そういう方向ではなくて?


 非常に困る。


 だが、逃げるわけにもいかない。


 今さら体調不良を装っても、かえって心配されるだけであるし、母相手に不自然な回避は難しい。


 だからこそ、今日の目標はひとつ。


 王妃向きではなく、静かで控えめな立場を望んでいるように見せること。


 完璧である。


 少なくとも、方針としては。


「エウフェミア、こちらよ」


 ロザリー夫人は、東屋の中で優雅に微笑んでいた。


 白いクロスのかかった丸テーブルには、淡い色の焼き菓子と香りのよい紅茶が並んでいる。庭の花はちょうど見頃で、風も穏やかだ。


 実に美しい午後である。


 そして実に逃げづらい空気である。


「お呼びいただき、ありがとうございます、お母様」


「よいのよ。たまにはこうして、母娘で静かにお話ししたかったの」


 その言い方がすでに怖い。


 エウフェミアは慎ましく席につき、カップへ注がれる紅茶を見つめた。


 ロザリーはすぐには本題へ入らなかった。


 まずは花の話、最近の気候の話、先日の教会訪問のこと。穏やかな話題を重ね、娘の表情をやわらかくするように空気を整える。


 ……ああ。


 これは完全に、本題がある流れですわね。


「エウフェミア」


 やがてロザリーは、カップを置いて娘を見た。


「最近、あなたのことを褒める声をよく聞くの」


 やはり来ましたわね。


「教会でも、屋敷でも、交流会でも。あなたは本当に変わったのだと、皆が言っているわ」


「……恐縮でございます」


 恐縮しか言えない。


 事実、それらはすべて本人の意図とずれた評価だからだ。


「でもね」


 ロザリーは、そこで少しだけ声音を柔らかくした。


「わたくしが一番気になっているのは、周囲の評価ではないの」


 エウフェミアは、そっと顔を上げた。


「あなた自身が、今の立場をどう受け止めているのか。それが知りたいのよ」


 思っていたより、ずっと真っ直ぐな問いだった。


 婚約者としてどう見えるか、ではない。


 本人がどう感じているか。


 それを聞かれると、少し困る。


 かなり困る。


 なぜなら本音は、

「断罪されたくない」

「できれば婚約解消したい」

「最悪でも教会へ逃げたい」

だからだ。


 もちろんそんなことは言えない。


 だからといって

「光栄に思っております」

などと綺麗に答えれば、それはそれで未来の王妃候補としての自己受容に見える。


 危険だ。


 慎重にいかなければならない。


「……正直に申し上げるなら」


 エウフェミアは、ゆっくりと言葉を選んだ。


「まだ、とても重く感じております」


 これは本音だ。


 そして今までにも使ってきた答えではある。


 だが今日は、そこから先が大事だった。


「わたくしには、まだ見えていないことがたくさんございますもの」


 ロザリーは黙って聞いている。


「ですから……華やかな立場であることよりも、まずきちんと足元を見たいと思っておりますの」


 よし。


 これは良いのではないか。


 立場や華やかさに浮かれていない。


 むしろ自分の未熟さを自覚し、地に足のついた位置を望んでいる。


 王妃になりたい野心的な令嬢からは、少し離れるはずだ。


 ところがロザリーは、深く頷いた。


「そういうところが、今のあなたの良いところね」


 だめでしたわ。


 出だしからだめでしたわ。


「高い場所ばかりを見て足元を忘れる子は多いもの。でもあなたは、まず足元を見ている」


 やめてくださいませ。


 その評価はかなり強いです。


 エウフェミアは、顔には出さずに内心でそっと肩を落とした。


 だがロザリーは、ここで話を終えなかった。


「ただね、エウフェミア。ひとつだけ覚えておいてほしいの」


「はい、お母様」


「控えめであることと、自分を小さくしてしまうことは違うのよ」


 その言葉に、エウフェミアは一瞬だけ目を瞬いた。


 ロザリーは静かに続ける。


「あなたは最近、とても慎ましくなったわ。そこは本当に素敵だと思っているの。でも、ときどき“前に出てはならない”と自分で思い込んでいるようにも見えるの」


 ぎくり、とした。


 図星に近い。


 実際エウフェミアは、婚約解消のために前へ出ないようにしている。


 目立たないように、評価されすぎないように、常に一歩下がる方向へ調整している。


 それを、母は母なりに見抜いていたのだろう。


「控えめでいたいと思うのは悪いことではないわ」


 ロザリーはやわらかく微笑む。


「けれど、本来あなたが言うべきことや、受け取るべきものまで遠ざけてしまうと、自分を苦しめることになる」


 エウフェミアは、少しだけ黙った。


 それは、なぜだか前世の自分にも刺さる話だった。


 必要な場面でも遠慮する。


 言うべきことまで飲み込む。


 立ち位置を小さくしすぎて、結果的に疲れる。


 思い当たる節は、ある。


 かなりある。


 でも、それとこれとは別問題である。


 こちらには断罪の危険があるのだ。


 未来の悪役令嬢として断罪されるくらいなら、小さくなってでも目立たない方がいい。


 少なくとも、今はそう思っている。


「……わたくしは」


 エウフェミアは、慎重に口を開いた。


「前に出るより、支える方が向いているように思いますの」


 これもかなり本音だ。


 そして、王妃向きではないように見せるための言い回しでもある。


 華やかな中心より、静かな補助。


 そういうタイプだと思っていただければ。


 ところがロザリーは、なぜかますます満足そうに微笑んだ。


「ええ。それもとても大切な資質よ」


 なぜですの。


「前に立つ方の隣にいて、浮つかず、必要な時に支えられる人は貴重ですもの」


 ああ。


 そう来ますのね。


 王妃向きではなく、

「王の隣に必要な伴侶」

方向へ変換されましたわね。


 エウフェミアは内心でそっと空を仰いだ。


 やはり母も強い。


 王子ほどではないが、こちらの逃げを高評価へ折りたたむのが上手すぎる。


 しばらく会話が途切れ、鳥の鳴き声だけが聞こえた。


 ロザリーは少し間を置いてから、今度はもっと穏やかな調子で言った。


「焦らなくてよいのよ、エウフェミア」


「……はい」


「あなたはまだ七歳ですもの。すぐに完璧である必要はないわ」


 その一言に、エウフェミアは少しだけ肩の力が抜けた。


 それは救いでもあった。


 誰も、今すぐ完璧な未来の王妃を求めているわけではない。


 少なくとも表向きには。


 だが同時に、それは

「少しずつ整っていけばよい」

という意味でもある。


 つまり時間をかけて婚約者として固められる余地があるということだ。


 困る。


 やはりかなり困る。


「お母様」


「なあに?」


「……もし、わたくしが華やかな場より、教会のような静かな場所を好んだとしても」


 ここは大事だ。


 どうせなら少しでも、静かな生き方を志向している印象を残したい。


「それは、おかしなことではありませんか」


 ロザリーは一瞬だけ驚いたように目を見開いた。


 だがすぐに、ふっと目元をやわらげる。


「いいえ。おかしなことではないわ」


 その返答に、エウフェミアは心の中で少しだけ喜んだ。


 よし。


 そこは否定されない。


 ならばもう少し――と思ったその時、ロザリーは続けた。


「静かな場所を好む方でも、必要な時に人前へ立てるなら何も問題はありませんもの」


 ああ、そちらへ繋げますのね。


「むしろ、ひとりで心を整える場所を持っている方は強いわ」


 やめてくださいませ。


 それ、教会好きをまた加点要素へ変換しておりますわ。


 ロザリーは娘を見つめ、やさしく言った。


「あなたが教会を好むことも、慎ましいことも、わたくしは悪いとは思わない。でもそれで、自分に与えられたものすべてから目を逸らそうとしないで」


 エウフェミアは、その言葉に少しだけ息を止めた。


 目を逸らそうとしないで。


 まるで、かなり核心に近いところへ触れられた気がした。


 婚約から。


 立場から。


 未来から。


 自分はずっと、そこから少しでも離れようとしている。


 それが断罪回避の最適解だと思っているからだ。


 けれど母から見れば、それはただ“目を逸らしている”ように見えるのかもしれない。


「……はい」


 そう返すのが精一杯だった。


 お茶会が終わる頃には、エウフェミアは思っていた以上に消耗していた。


 激しく叱られたわけではない。


 何かを強く押しつけられたわけでもない。


 むしろ終始やさしかった。


 だからこそ、逃げ場が少なかった。


 部屋へ戻り、机に向かう。


 婚約解消に向けた方策一覧を開き、新たに書き足す。


 控えめで支える方が向いていると言う

 →前に立つ者の隣に必要な資質だと評価


 教会のような静かな場所を好むと確認する

 →心を整える強さだと評価


 少し考えてから、さらに小さく追記した。


 お母様は思ったより核心に近い


 書いてから、エウフェミアは小さくため息をついた。


「……やりにくくなってまいりましたわね」


 父は誇らしげに見る。


 母はやわらかく見抜いてくる。


 王子は静かに逃がさない方向へ寄せてくる。


 教会は逃げ道のはずが、徳の加点装置になっている。


 屋敷の使用人たちは、すでにかなりこちら側だ。


 包囲網が、少しずつ完成している気がする。


 まずい。


 非常にまずい。


 その時、扉が叩かれた。


「お嬢様、セシルでございます」


「どうしましたの」


「旦那様が、明日の午後に書庫へいらしてほしいと仰っております」


 書庫。


 それ自体はまだ平穏に聞こえる。


 だが最近、この家では

“少し話したい”

がだいたい婚約者評価の強化イベントに繋がる。


 警戒が必要だ。


「……分かりましたわ」


 返事をしつつ、エウフェミアは思った。


 お父様はお母様ほど言葉を回さない。


 ならば逆に、こちらも少しだけ探りやすいかもしれない。


 少なくとも本人は、そう考えていた。


 一方その頃、王城では。


 アルベルトは窓辺で本を閉じ、静かに庭を眺めていた。


 交流会の後も、教会での振る舞いも、教育での所感も、少しずつ彼のもとへ届いている。


 慎ましい。


 落ち着いている。


 相手をよく見る。


 そして、どこかいつも一歩引こうとしている。


「……まだ、逃げたいのですね」


 小さな独り言は、誰にも聞かれないまま消えた。


 けれど、その声音に苛立ちはない。


 むしろ静かな確信に近いものがあった。


「それでも、あなたは逃げきれない」


 七歳の王子は、ほんのわずかに目を細める。


「周囲が、あなたを放してくれませんから」


 その認識が正しい方向へ進んでいることを、エウフェミア本人だけがまだ十分に理解していなかった。

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