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婚約した瞬間に破滅未来を思い出した悪役公爵令嬢ですが、婚約解消を目指しているだけなのに何故か好感度が上がっていきます  作者: 玉響すばる


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第11話 教会へ行くたびに逃げ道が細くなっている気がします

 エウフェミアは、馬車の揺れに身を任せながら静かに考えていた。


 王妃教育の前段階。


 あれはまずかった。


 非常にまずかった。


 不真面目に振る舞うわけにもいかず、かといって真面目に答えれば答えるほど 『落ち着いている』 『穏当』 『調整力がある』 と加点される。


 あの方向は危険だ。


 だからこそ、今日は大事だった。


 教会へ行く。


 教会との繋がりを保つ。


 いざという時の逃げ道を、細くても確保しておく。


 そしてできれば、教会や孤児院方面でヒロイン候補の気配がないか探る。


 完璧である。


 少なくとも目的設定は。


「お嬢様、本日は前回より少しあたたかいですね」


 向かいに座るセシルが、にこにこと言う。


「ええ、そうですわね」


 前回、孤児院へ行った時のことを思い出す。


 リーナという少女。こぼれた水。泣きそうな顔。つい動いてしまった自分。


 その結果、またしても加点された。


 しかも教会絡みは、なぜか普段以上に“徳”として積み上がる傾向がある。


 教会は逃げ道のはずなのに、最近は 『未来の王妃なのに敬虔で慈悲深い』 みたいな危険な評価装置になりつつある。


 どうしてこうなったのか。


「お嬢様?」


「なんでもありませんの」


 教会へ着くと、今回もマティアスが出迎えてくれた。


「ようこそお越しくださいました、エウフェミア様」


「本日もお世話になります」


 丁寧に礼を返しながら、エウフェミアは周囲をさりげなく見回した。


 前回と同じく、礼拝堂には静かな空気が満ちている。信徒たちの出入り、修道女たちの動き、奥へ続く廊下。


 どこかにそれらしい少女はいないだろうか。


 平民出身、あるいは少し身分の低い、けれど不思議と人を惹きつける存在。


 物語なら、こういう場所にいてもおかしくない。


「本日は礼拝の後、孤児院にも顔を出されますか?」


 マティアスが穏やかに尋ねる。


「もしご迷惑でなければ」


「とんでもありません。子どもたちも喜ぶでしょう」


 その“喜ぶでしょう”が少し困る。


 前回の短時間だけでも、だいぶ懐かれてしまった気がするからだ。


 エウフェミアは礼拝堂で膝をつき、いつものように祈るふりをしながら、かなり現実的なことを考えた。


 神様。


 婚約解消はまだ遠いです。


 王妃教育まで始まりかけています。


 どうかこのあたりで、そろそろ本来のヒロインを配置していただけませんでしょうか。


 わたくしが悪役令嬢ポジションなら、対になる存在が必要ではなくて?


 物語の進行上、かなり大事だと思うのですが。


 あとできれば、教会ルートは今後も細らせないでくださいませ。


 最近むしろ逆効果な気がしておりますので。


 目を開けると、少し離れた位置でマティアスが静かに見守っていた。


 目が合うと、彼は一歩近づいてくる。


「今日も、ずいぶん真剣に祈っておられましたね」


「……ええ、少し」


 本当に少しではない。かなり切実だ。


「差し支えなければ、何かお悩みでも?」


 その問いかけに、エウフェミアはほんの少しだけ迷う。


 マティアスは話しやすい。穏やかで、こちらを急かさない。


 だが、だからこそ危険でもある。


 うっかり本音を近い形で出すと、かなり鋭く受け止められてしまうからだ。


「……悩み、というほどではありませんの」


「ええ」


「ただ、わたくしにとって重いことが、少しずつ増えている気がいたしまして」


 これはかなり本音だった。


 婚約。王妃教育。周囲の期待。ぜんぶ重い。


 マティアスは静かに頷いた。


「重さを重さとして感じられる方は、誠実です」


 やめてくださいませ。


 その導入は大抵よくない方向へ行きます。


「ですが、抱えすぎて潰れてしまっては本末転倒です。ときに、人は“自分ひとりで負うべき重さ”と“周囲と分け合うべき重さ”を取り違えます」


 エウフェミアは少しだけ目を瞬いた。


 それは前世の自分にも刺さる言葉だった。


 抱えなくていいことまで抱える。


 放っておけずに拾う。


 そして疲れる。


 だがこの世界では、その癖がどうも“徳”として見えるらしい。


「……分け合う、でございますか」


「ええ。助けを求めることも、役割の一部です」


 その言い方は、少しだけ新鮮だった。


 王妃教育の空気はどうしても “きちんとしなければ” “期待に応えなければ” へ寄りやすい。


 でもマティアスは、違う角度から言う。


 全部をひとりで負うな、と。


 なるほど。


 もし本当に王妃になる話なら、それは正しいのだろう。


 ……いや、なりたくないのだけれど。


「ありがとうございます」


 そう答えると、マティアスは柔らかく微笑んだ。


「少しでも気が軽くなれば幸いです」


 その後、孤児院へ顔を出すと、案の定というべきか、子どもたちは前回よりもずっと気安くこちらへ寄ってきた。


「エウフェミアさま!」 「きょうもきた!」 「このまえのほん、またよんでくれる?」


 まずい。


 かなり懐かれている。


 エウフェミアは一瞬だけたじろいだが、期待に満ちた目を向けられると、どうしても無下にはできない。


「順番に、ですわ」


 そう言うと、子どもたちはぱっと嬉しそうな顔になる。


 その反応だけで、もう少し何かしてあげたくなるから困るのだ。


 前世の自分のこういうところ、本当に婚約解消に向いていない。


 今日は中庭の片隅で、年長の少女たちが小さい子に簡単な読み書きを教えていた。


 エウフェミアは自然とそちらに目を向ける。


 十歳前後だろうか。年齢の割に落ち着いた子が何人かいる。


 あら。


 あのくらいの年頃で、しっかりしていて、周囲から慕われていて、身分は高くない。


 少し“それっぽい”のではなくて?


 エウフェミアはさりげなくマティアスへ尋ねた。


「皆、よくお勉強なさっているのですね」


「ええ。年長の子たちには、年少の子の世話も手伝ってもらっています」


「そうなのですね」


「賢い子も多いですよ。環境さえ整えば、もっといろいろ学べるのですが」


 その返答に、エウフェミアの中で何かが引っかかった。


 環境さえ整えば。


 前世でも、この手の言葉には弱かった。


 能力ではなく、条件が足りないだけ。そこに理不尽さを感じるからだ。


 だが、今はそこへ感情を持っていかれてはいけない。


 今日はヒロイン候補探しが主目的である。


「……あの子は?」


 エウフェミアは、やや離れた場所で本を抱えている少女へ視線を向けた。


 他の子ほど積極的ではないが、誰かが困るとすぐ動いている。派手ではないのに、なぜか目につく。


 マティアスがそちらを見る。


「ああ、ミレイユですね。真面目で、気のつく子です」


 ミレイユ。


 名前まで少し“それっぽい”。


 エウフェミアの前世知識がざわつく。


 派手ではない。けれど人をよく見ている。周囲を支える。そういう子が、後から大きく動くことも物語ではよくある。


 ……あり得るのではなくて?


 その時だった。


 そのミレイユが、小さな子どもに本を読ませながら、途中でつかえた箇所を辛抱強く待っているのが見えた。


 急かさない。


 でも放置もしない。


 絶妙な距離感だ。


 あら。


 ますます“それっぽい”のではなくて?


「もし、よろしければ」


 エウフェミアは慎重に言った。


「あちらの子とも、少しお話ししてみたいですわ」


 マティアスはすぐに頷いた。


「もちろんです」


 そうして引き合わされたミレイユは、思ったよりずっと落ち着いた子だった。


「はじめまして、エウフェミア様」


 緊張はしている。だが、必要以上に怯えてはいない。


「はじめまして、ミレイユ」


 エウフェミアはできるだけやわらかく微笑んだ。


「本を読んでいたのですね」


「はい。小さい子たちが、字を覚えるのを手伝っていて」


「すばらしいですわ」


 それは本心だった。


 ミレイユは少しだけ頬を赤らめる。


「そのようなことは……」


 その瞬間、エウフェミアは妙な既視感を覚えた。


 控えめで、他者のために動けて、過度に自分を出さない。


 ……あら?


 こうして言語化すると、少し自分に似ていませんこと?


 嫌な予感がした。


 まさか、自分と似たタイプをヒロイン候補として見ているのではないか。


 それはそれで、物語としてどうなのだろう。


 だが、似ているからこそ人を惹きつける可能性もなくはない。


 迷う。


 非常に迷う。


 そんなエウフェミアの内心など知らず、ミレイユはそっと尋ねた。


「エウフェミア様は、教会がお好きなのですか?」


 問われて、エウフェミアは一瞬だけ答えに詰まった。


 好き、か。


 逃げ道として見ているので、意味合いはだいぶ違う。


 だがここで “逃げ込めそうだから” とも言えない。


「……落ち着く場所だと思っておりますわ」


 するとミレイユは、ほんの少しだけ表情をゆるめた。


「わたしも、そう思います」


 その返しに、エウフェミアはまた少し迷う。


 やっぱり、この子は少し気になる。


 派手さはない。けれど妙に印象に残る。


 ヒロイン候補としてはまだ判断材料が足りないが、少なくとも今後も見ておく価値はありそうだ。


 よし。


 一人、候補が見つかったかもしれない。


 その時点で、今日の収穫は大きい。


 だが、そう思った矢先。


「エウフェミア様、お子様方への本の読み聞かせを、またお願いしてもよろしいでしょうか」


 修道女が申し訳なさそうに言ってきた。


 ああ、だめだ。


 その頼まれ方には弱い。


 エウフェミアは一瞬だけ空を見たくなったが、無下にもできない。


「……少しだけでしたら」


 案の定、子どもたちは大喜びした。


 そして、その光景をマティアスも修道女たちも、しみじみと見ている。


 やめてほしい。


 また評価が積まれている音がする。


 帰り際、マティアスが静かに言った。


「エウフェミア様がいらっしゃると、子どもたちの空気が穏やかになりますね」


「たまたまですわ」


「いいえ。たまたまでは、ああはなりません」


 そう言い切られると困る。


 だが実際、今日はミレイユとも話せたし、無駄ではなかった。


 候補がゼロではなくなっただけでも前進だ。


 馬車へ乗り込み、自室へ戻ったあと、エウフェミアは例の紙を開いた。


 婚約解消に向けた方策一覧。


 そこへ書き足す。


 教会と孤児院へ再訪

 →子どもにも教会にもさらに高評価


 ヒロイン候補らしき少女を発見

 →ミレイユ(要観察)


 その二行を見つめながら、エウフェミアは静かに息をついた。


「……逃げ道は細くなっておりますけれど、収穫もありましたわね」


 完全に駄目ではない。


 少なくとも、そう思いたい。


 次に教会方面へ行く機会があれば、ミレイユをもう少し見てみよう。


 そしてできるなら、物語の流れをそちらへ寄せたい。


 少なくとも本人は、希望を持てた。


 一方その頃、教会では。


「ミレイユ、今日はずいぶん楽しそうでしたね」


 修道女が微笑むと、少女は少しだけ目を伏せた。


「……エウフェミア様が、普通に話してくださったので」


「ええ、あの方はそういう方です」


 修道女は柔らかく頷く。


「身分ではなく、その人を見てくださる」


 そしてその評価がまたひとつ、エウフェミアの知らぬところで積み上がったことも、言うまでもなかった。

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