第七話 尾羽の手入れ
俺は、札を小屋に張り付けて、夕餉の前に。
風呂敷に包んでそのままであった結納金から数枚、紙幣を抜いて。山を下り。
小さな町に出た、女性が出入りしている小さな化粧品店に足を踏みいれた。
この金額で女性の鳥神でこういったものが欲しいと紙幣を店主に渡すと、彼は店の奥に引っ込んだ。
店内には女性が多い、男性は少ない。
しばらくして奥に引っ込んだ男が戻ってきた、手にはちゃんと渡したはずの紙幣を握っている。
「すみません、こちらでは扱いが無く専用店をご案内させていただきます。」
「はぁ……。」
「……お客様、もしかして女性の方への贈り物は初めてでしょうか」
「まぁ、そう、ですね……。」
こっそりと彼が聞いてくるので俺もこっそりと返した。
「上位存在の方でしょうか、お相手の方は」「……」「なら、こんな小さなお店で買ったものを贈らない方が……。」「……あの」
勘違いしてほしくなくて、思わず遮ってしまった。
「……専用店はどこでしょうか」彼にそう聞くと、ばつの悪そうな顔で住所が書かれた紙を渡してくれた。
ありがとうございます。と言い、店を出た。
紙の住所を当てに店を探すことになった。
だいぶ、裏道に入ったところにその店はあった。
古い家屋にしか見えないが、どうやら暖簾が出ているのでやっているらしい。
「すみません」
一声かけて、店に入ると。「珍しい、人間のお客さんなんて」と女性の声が聞こえた。
奥から、一人の女性が手を拭きながら現れた。
「朝羽村に嫁いで来た者なんですが、お嫁さんのために何か買ってあげたくて」
「まぁ、そのお嫁さんは人間かしら」「いいえ、鳥、鳥神なんです」
女性は先ほどの店の男とは違い、この話に食いついてきた。
「鳥神ってことは天尾さんのところかしら?」「ええ、そうです……あぁ、そうしたら紹介を」
女性と軽い話をして、いざ本題へ。
「尾羽用の香油や整油、それに櫛?」「尾が長くてよく絡まったりしているので」
彼女は俺の話にあーんと相槌を打ち、「なら、いいのあるわよ今持ってくるわね」と俺を置いて店の裏に戻っていってしまった。
数分後、「これこれ、本来なら人間の女性用としてここでも販売しているのよ、椿に檜に……。」「どれも、自然由来のもの……ですね」「そうよ、ウチの物は人間も上位存在にも使用ができる化粧品や整髪油とかを取り扱っているの」彼女は微笑みながら、カウンター横の冊子を俺に手渡した。
「別に、高くも安くもないしどちらからの評判も半々くらいよ」と俺が先ほどの店で言われた言葉をまるで聞いていたかのように女性は気にしないでというように喋りながら、器用に櫛と香油を包んでいく。
俺は咄嗟に「……何をしてるんです?」と彼女の手を掴んでしまった。「何って、お嫁さんに買ってあげるんでしょう?貴方この櫛と香油を持って私が奥から出てきた時から、これにしようって顔、していたもの」「でも……」「お試しってことで、お代は受け取らないわ……香油も普段の半分しか入れていないわ」
「だから、お嫁さんが喜んでまた買いたいって言ったらまた来てちょうだいな」「……」
彼女の圧に俺は負けてしまった、薄桃の紙袋に彼女は今月の香りなのと、折口に柚子の練り香水を薄ーく塗って俺に渡す。
「天尾さんには多分私の名前を出したらきっとあそこで買ったのねと分かってくれるはずよ」「だから、頑張って!」
店の出入り口で彼女はわざわざ俺のことを送ってくれた。
「あぁ、でも……屋号が出ていない、ですよね?」俺はずっと疑問に思っていたことを口にした。
「それもそうね、じゃあもしその香油が尽きた時に連絡が取れるように」と懐からサッと小さな紙を俺に握らせた。
紙には玉香堂と書かれている。
「あぁ、ではまた。」
俺は、紙袋片手に彼女に一礼すると朝羽村へ戻るためにまた山道を登り始めた。
小さな町だったが、どことなく落ち着く雰囲気の場所もいくつかあった。
(ことが落ち着いて、俺が……なじむことができたら)(尾羽月さんと、行ってみたいな)
そんなことを思いながら、俺は朝羽村に着き天尾家に帰ってきた。
慣れない、大きな門をくぐり抜けて俺は玄関の戸を開ける。
「ただいま、戻りました」
決して大きくはない俺の帰還の声に、また廊下の奥からどたどたと彼女が走ってくる音が聞こえた。
「蒼一!おかえりだぞ!!」「はい、ただいま……です」尾羽月さんがにこにこと笑いながら俺の腰に引っ付く。
俺は咄嗟に抱えていた、薄桃の紙袋を後ろに隠した。
「1号と2号の名づけのあと、急にいなくなってこの時まで戻らぬからてっきり帰ったのかと……。」「……」
俺は彼女をくっつくかせたまま草履を脱いで家に上がる。
「晩御飯はもう食べましたか?」「む?まだだぞ……その前に今日は暑かったからな先に風呂に入ってきても良いか?」
俺は彼女の気をそらすためにこの質問をしたところ、彼女の答えに思わずよしっと思ってしまった。
「……なんだ?急に……む、まさか蒼一、風呂上りの氷菓子を二個食べるつもりか?」「そんなことしませんよ、ご飯食べていないのに氷菓子を食べたらお腹くだしますよ」じとーっとした目で彼女は俺のことを覗き込むが俺は一切動じずに彼女を風呂場まで連れて行く。
「悪いな、出たらすぐ晩御飯だ!」彼女は風呂~と言いながら俺の腰から離れるとどたどたと風呂場に吸い込まれていった。
そのまま、俺は八重さんのいる厨房に向かった。
「戻りました」そう声を掛けると、彼女は俺の持っている紙袋に目が行ってしまったようだ。まぁ!と大きな声でおたまをほっぽり出して俺に駆け寄る。
「蒼一様、その薄桃の紙袋……」「これは、下町の裏路地で見つけたお店で……」「玉香堂のですよね……あそこ、人間も上位存在も一元さんはお断りのお店なんですよ」「……え、でも……屋号は出てなくて」「名刺、頂きませんでしたか?」そういえば……と服の袖から小さな紙を出して八重さんに渡す。
「これは、白千代様の字です」「はぁ……」「このお店の現店主であまり現世では商売をしたがらない性格なのですが……それはさておき、お買い物を?」八重さんは俺が何を買ったのか気になっているようだ。
「尾羽月さんのために香油と櫛を」「い、今なんと……」「香油と櫛です」「お、お金はどちらから……?」「……結納金からです」
(無駄遣いした……と思われるか)
俺は、袋から物を出そうとしたがやめた、だが八重さんの反応は違ったようだ。
「尾羽月様のため……ですか?」「そうです、式も挙げられないのは俺のせいでもあるので、せめて俺が尾羽月さんに贈れるもので日常使いができそうなものを……と」
俺の説明に八重さんはさらにまぁ!!と声が大きくなる。
「八重に物を見せずにそのまま尾羽月様にお見せくださいませ」と彼女は俺にそう言うと、「晩御飯は、尾羽月様の尾羽のお手入れ後に皆で食べましょう」
「い、いや……そんな」「ダメです、この話を八重だけが知っているのは尾羽月様が妬んでへそを曲げます」「だからまずは買ったものを使ってください」
そろそろお風呂から上がるはずですからと俺は八重さんに背中を押され厨房から出された。
そのまま、彼女の部屋に向かって帰りを待つ。
文机に買った櫛と小瓶に入った香油を出す。
櫛は半月型で、漆塗りのもの。小瓶は灯りに照らすと幾重に色が重なって見える不思議な色に見える硝子瓶だった。
「ふんふ~ん、氷っ菓子~」と彼女は変な歌を歌いながら思いっきり、自室の部屋の戸を引いた。
そうしたら、部屋に俺がいたことに驚き、一瞬固まった。
「お風呂、どうでしたか?」「な、そ、蒼一……なんでここに」「……身に着けていただきたい物がありまして」
俺は、櫛を持って前に座るようにポンポンと畳を叩いた。
彼女が座るところに、座布団をそしてスーッと長い長い尾羽を優しく引っ張り出す。
「くすぐったいぞ……何をする気だ」ふふふと笑う彼女の手に薄桃の紙袋を手渡す。
彼女も八重さんと同じ反応かと思ったが。
「……む、中身は無いのか」とこちらを振り向いた瞬間に、俺は小瓶を彼女の目の前に出してみた。
「桜の匂いだな……なんだ?しろっぷか?」「……本当に、こうした高級品の類よりも、食べ物なんですね」「なんだ、しろっぷじゃないのか」
すんすんと小瓶から漏れる匂いを嗅いでいる彼女に俺は。
「貴女のその尾羽のために買った香油と、今俺が手にしている櫛は貴女のものです」俺の言葉に彼女はぽかんとしている。
「え……あ、貴女のため……?」「……式の代わりと言うのもおかしいのですが、俺がこの天尾家で永い間お世話になるし、貴女の側で毎日使えるものを考えた結果なんです。」「……」
俺がどうしてこれを買ったのかと、説明している間も彼女はずっと俺が発した。「貴女のため」を噛みしめているようだった。




