第五話 ふたりの事情
数年前の天尾家。
「……悪気はなかったんだってば」「忘れてて蹴っちゃったの」
目の前で謝る男に、私は割れてしまった卵を抱いて目の前で起こったことを整理していた。
営巣して、やっと産まれた卵。
伝えてから、彼の態度は変わった気がした。
前の人も、この前の人も上手くいかなかった。
でも、この人となら。
そう、思っていたのに……。
卵を抱えて動かない、私に彼は続けた。
「卵なら、また出来るでしょ」彼のその言葉に私は首を振る。
「……そう簡単じゃない」「は?」「しっかり暖めていたのに、お前が蹴って割って分かった」
「……無精卵だ」「……。」「しばらく作れない……。」
うなだれる私に、彼はめんどくさと吐き捨てると。
「じゃあ、破談にしよう」「……は?」
「めんどくさいんだよ、アンタそれに鳥神なんて弱い神に嫁いでもメリットが人間側になさすぎるんだよ」
そういうと、彼は私の顔も卵もを見もせずそうして、天尾家を去っていった。
私はここからの記憶はあまりない、光の届かない屋敷の奥の部屋でずっと割れた卵を抱いて泣いていた。
八重が来て、身の回りの世話をしてくれていたと思う。
はらり、湯あみができなくて手ぬぐいで身を拭いてもらった時。
背中の羽が抜けた。
そこから、発作的に私は自分の尾羽や背中の羽を抜いたりしてしまう自傷行為にまで発展しまった。
その話を聞いた母と父が神域から急いで来てくれた。
そっと、襖が開ける音がした。
「尾羽月、入りますよ」母の静かな声に私はゆっくりと顔を上げる。
やせ細り、羽根がそこら中に散らばり、部屋の片隅には割れた卵の殻。
それを見た母はバンっと襖を全開にした。
父も部屋に入ってきて、険しい顔のまま私を抱きしめた。
「……なんとむごいことを、八重、最後の婚姻した人間は何処へ」
「消息がつかめておりません」「……緋羽羅」「朝晴様は黙ってて、いくら我々が穏健派とはいえ何回も人間と婚姻しコケにされこうも娘が傷ついていく姿を見ているのは、母として限界です。」「緋羽羅の言う通りだ、神域で神同士で探した方が……。」「私と貴方のように?」
「あぁ、そうだ……。」朝晴は、部屋の惨状を目の当たりにしてそういう。
人間が好きな尾羽月が今回で人間と恋をしたいと言い始めて始まった縁談だ。
そこには、尾羽月の意志も必要だ。
母は伸びきった私の髪を撫で聞く。
「のう……、我が娘よ、まだ人間を伴侶としたいか?」
朝晴も続ける、私の手を握って険しい顔を緩めて聞く。
「そうだ、私たち二人はなるべく、尾羽月、お前の意見を尊重したいでもな、今の尾羽月、お前はとても不幸に見えるんだ」
私は、光を失った瞳に、少しずつ光が戻っていくような気がした。
「……。」
「……もう一度だけ、人間を信じたい」
私の言葉に二人は目を合わせる。
そして「縁談の相手は我々が決めてもよいか?」と尋ねてきた。
私はこくりとうなずく。
それを見た母は、額に一つ口づけを落とした。
父はそれにまだ見慣れていないのか「緋羽羅、それはやめぬか?」と制そうとしたが。
「あら、娘に妬くなんて貴方も子供ね」と父の額に口づけを落とそうとしたのを見て
「……ふふっ」「はは……あはは……」と私は、実家での日々を思い出し、泣き笑いした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
数か月前。鳳京。軍学校にて。
「……やめる?」
「ええ、向いていないのに居ても無駄だろ」
蒼一は友人と共に学食にいた。
軍学校をやめる、鳳京の華族や政治家、軍家の息子は大抵軍学校に行くことになっている。
入学して二か月で、蒼一はぐったりとしていた。
「お前、それ親とか兄貴に言ったのかよ」「言ったけど、好きにしろって」「俺、妾腹だからさ」「……冗談でも笑えん話やめてくんね?」
ご飯をかきこんでいた別の友人が俺の冗談に口を開いた。
「で、どうすんだよ今後」「……野鳥観察とか好きだから、農学校への編入手続きを進めてるところ」俺はそう言うと、定食のおかずを一口、口にする。
友人たちはいい人だらけだ。
農学校へ行こうとする俺にもこうして気にかけてくれる。
「そうだ、最近さぁ……上位婚?神婚ってのが流行ってるらしいぞ」「何それ、絶対蒼一が好きなやつだろ、なんで俺に話振るんだよ」
「……その話今、来てる」俺が答えると友人の一人が茶を吹く。
「汚っ、お前拭けよ……」「どの神様から来てんだ」「鳥」「は?」「鳥」「……それ、受けていい縁談か?」
茶を噴いた友人の頭をはたく友人と、俺の縁談にうきうきな二組に分かれてしまった。俺は気にせず続ける。
また一口、ご飯を口に入れて続ける。
「兄さんが蹴った縁談が俺に回ってきた」「で、見合いとかは?」「今週の日曜だった……かな?」
眼鏡を押し上げながら言う俺に、友人たちはそれぞれの皿から、おかずを一つずつ差し出してきた。
「……これお前らの嫌いなおかずだろ」「ちげーよ、大好物のやつだよ、はぁしばらく会えないのか」
おかずを受け取りながら俺は続ける。
「もし、婚約するってなったらどこ行くんだ?」「……朝羽村」俺は馬鹿にされると思って村の名前を出したが友人らは
「じゃあ、鳳京を離れるんだな……。」とか「え?自然豊かなところ行きたいって言ってたなら良くないか」の絶賛の嵐だった。
その日に俺は軍学校から、荷物をすべて引き上げて家に帰った。
「兄さん、まだいたんですね。」
「……翠」
「そんなに、睨まなくてもいいじゃないですか」
弟の翠が優しそうな顔をしながら俺にこういう。
「まだも何も、縁談は日曜だからな」と俺は、よっと玄関に自分の少ない荷物を置いて
自分も空いているスペースに座って、翠を見上げる。
「……」「なんですか、俺を見ても縁談は」「……」「ちょっと、本当になんなんですか」
翠の肩に何かが見えた気がしたが、怖がらせてしまったみたいだ。
(別邸に行くか……。)
俺はまた荷物を持って、本邸を出て、同じ敷地にある母の住む別邸を目指した。
別邸に入り、母の部屋に入ると。
「あら、蒼一」
母は起きていた。
「寝てていいのに、体調は?」俺は荷物を置いて、ベッド脇の小さい椅子に座る。
「今日はまぁまぁね、そうだ縁談するって?恒一さんから聞いたわ」
彼女も友人たちと一緒で早とちりしている。
「……今週の日曜、鳳京ホテルでやるんだ」
「日曜、あまり時間はないわねぇお相手は?」「……神様」「え?」「神様、鳥の神様」
相手が人間だと思い込んでいた母はしばらく、固まっていたが。
「蒼一なら大丈夫よ、私譲りの不思議な目を持っていますし、何より優しい」
「あなたは、別邸の私にも気にかけてくれる優しい子よ」と続けた。
俺は、それが心配だった。
妾の子として産まれた俺は幼いころから母のいる別邸や本邸を行ったり来たりしたり、盆は母の実家にのみ帰省したりしていたから。
兄や弟の翠とはあまり仲が良くない。
「……相手が母さんも住むのがいいって言う人なら提案してみたい」俺がポツリとこぼすと。
「……私のことは気にしないで、まずは夫婦の時間を大事にして、私のことは二の次……いえ三の次くらいでいいわよ」
ふふ、と母は笑った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
天尾家に婿入りする、一か月前
例の縁談に参加してきたが、現れたのは。
「こんにちは、蒼一様」
淡い桃色の着物を着た、尾羽が特徴的な綺麗な方だった。
「尾羽月……さんであっていますか?」そう彼女に問うと彼女は首肯した。
それを見て、俺は席に着いた。
「……。」「……。」しばらく沈黙が続いた。
口を開いたのは相手だった。
「……バレていますね」「私が尾羽月様ではないと」
「えぇ、資料にある身体的特徴などから、貴女は縁談相手ではございませんね?」
俺は眼鏡を取り、ナフキンで拭く。
「俺は、この縁談を受ける気です」「え?」「縁談に前向きなんです、結婚OKなんです」
替え玉の彼女は拍子抜けしたようにガタンっと椅子から落ちたが、また戻ってきた。
「この流れは、破談では?」「破談にしたいのはそちらでは?」「知っていますよ、新聞の一面を飾っていましたから」
「……なっ」恥部を突かれたという顔を彼女はする。
「替え玉も立てたのはなぜですか?」俺の問いに彼女は、ええいと口を開く。
「……尾羽月様は、現在療養中でございます。」「ご両親のお願いでこちらに私は呼ばれただけでございます。」
彼女はそこまで言うとまた下を向いてしまった。
それを見て、俺は彼女の目の前のテーブルの面をトントンと叩く。
ばっと顔を上げたのと同じタイミングで、俺は自分の資料を彼女の前に置き、頭を下げた。
「……療養中でしたか、身内に療養している身の者がいるのに配慮に欠けていましたね。」
「いえ…この資料は?」「療養中なら、これくらいの書類は読めるかなと用意したんです。」
本当は、ご本人に見てもらいたかったのですが、と俺が喋っている間に彼女は資料を読んでいた。
パラ……。パラパラ……。紙をめくる音がホテルの一室、最高級の部屋で響く。
ほう、と彼女は一息をつく。
「……大丈夫だと思います。」
「尾羽月様は、まだ人間のことを信じていらっしゃいます。」
「あなたの文や字に、他の人間のような厭らしさなどは一切ございません」
「この縁談、替え玉での非礼を申し訳ございませんでした、正式な決定は世話係のものから連絡させていただきます」
と、彼女はそういうと、「では、成立ということで……一足早いですが、お開きにいたしましょう」とほほ笑んだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
こうして、俺と尾羽月さんは結婚することになったのだ。
朝羽村で、ゆっくりと俺と彼女は生活を送っている。
色んな神様や朝羽村の人達と生活を共に。
「尾羽月さん」
俺の声に彼女は嬉しそうに返す。
「なんだ、私の婿よ!」
それに俺も、ふっと笑って返した。
彼女はそれだけか?と俺の脇腹を小突く。
俺は、幸せだ。
1章はこれにて完結です。
2章は6話~10話となっています。
曜日と更新時間を固定した投稿を行います。
小説家になろうでの投稿は 毎週土曜の20時です(前後したり、仕事の関係で一日に二話投稿したりしますが基本は土曜20時です。)




