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路地裏の亡霊たち――犯罪都市で交錯する事件と人々の群像劇  作者: Nova
SS:Dialogues in the Lost City

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SS10:Fatal Emotion

ジゼルの職務

第1部第2章第46話裏のお話です

 ジゼル・ヴァッカスとマドニア・オースティンは、廃校から重症者を連れて廃病院まで戻ってきた。エミリアとColors――レイ、エレ、ディウの3人は、一度別室に待機してもらっている。重症者は3人いるため、マドニアだけでは手が足りず、一緒にその場にいた大柄な男とカワセミにも運ぶのを手伝わせていた。


 本来であれば、担架に乗せて救急車両で運ぶところだが、生憎そういった設備はここにはない。あるのは裏のルートから仕入れた生理食塩水と、限りのある薬剤のみだ。縫合や切開などもできなくはないが、基本的にここでできるのは死なない程度の治療のみ。後は患者本人の生命力に頼る他はない。


 月影の医療セクションだったら……と、考えても仕方がないことを考えてしまう。しかし自分は街医者だ。救えないまま見捨てるよりも、少しでも死ななくていいようにとこの街にいる。重症患者を前にして、ジゼルは気を引き締めた。


「ドクター・ジゼル、こちらの患者はベッドへの固定が終わりましたわ。気道の確保と鼻の止血、それによる呼吸の安定も確認しました。頭部外傷と内臓の損傷を確認いたします。」マドニアがテキパキと処置をしている。

「あぁ、了解だ。」マドニアが運んできたのは鼻の折れた男だった。


 飛んできた丸テーブルを顔面で直に受け止めたらしく、鼻が本来とは異なる方に曲がっており、それによる出血も酷かった。さらに男はそのまま後ろに倒れ、頭部にも外傷を負っている。脳への影響が心配ではあるが、それは意識が戻ってみないと判別できない。ジゼルは目の前で呻いている男に向き直る。


「こいつはまだ意識があるな。目立った傷は腕の骨折のみか……。皮膚を突き破っているようでもないし、呼吸の乱れも特にない。」ジゼルは一通り確認すると、近くでオロオロしていた大柄な男に声をかけた。


「よし、お前はもう少しここにいろ。こいつの治療は一旦後だ。近くにいて、気力が尽きないように声でもかけてやってくれ。……だが、呻くことすらしなくなったらすぐに知らせろ。わかったな?」ジゼルの言葉に、大柄な男はぶんぶんと首を振って頷いた。


 大柄な男はそのままベッドのある壁際にピッタリ寄ると、ジゼルたちの邪魔をしないようにとの配慮か、体を縮こまらせて声がけを始めた。


「カワセミ、向こうの倉庫に生理食塩水がある。洗浄に使うから抱えられるだけ持ってこい。」ジゼルが言い終わる前に、カワセミは内接している隣の部屋へと姿を消した。


「ジゼル、こちらの患者はほぼ完了ですわ。内臓の損傷についても緊急の治療は必要なしと判断しました。鎮痛剤を投与して経過観察に入ります。」マドニアが現状の報告をする。

「あぁ。」ジゼルは目の前の患者から視線を離さないまま、声だけでマドニアに返答した。


「そっちが安定したら腕の折れたやつを診てやってくれ。」ジゼルが言うと、マドニアが「了解ですわ。」と返事をした。

「よし、こっちが一番厄介だな。」ジゼルの目の前には、もう1人の重症患者が横たわっている。


 先ほど確認した限りでは、意識不明、右前腕開放骨折、肋骨骨折、左太ももに圧迫の痕跡ありといったところで、正直廃病院では生かし切れるか怪しいところだった。ジゼルはすぐに患者の上半身の衣服をハサミで切り開き、肋骨部分の確認をする。


 腫れの状態から見るに、折れていることは確かだろうが、ジゼルは触診を開始した。外から見て左右の胸の動きに異常はない。時折ビクッと震えるように見えるが、それはむしろ患者の痛覚が健常であるからだろうと解釈できる。


 全体的に手のひらで触れてみると、すぐに折れてずれているだろう箇所が見つかった。すぐに聴診器を出して肺や心臓に当てて確認するも、呼吸の乱れや心拍の乱れもなさそうだ、とジゼルは判断した。


「ジゼル。」声のした方を見てみると、カワセミは腕に抱え切れる分の生理食塩水のボトルを持っていた。

「ざっと6本。」


「上出来だ。マドニアに2本、残りはこっちで使う。」近づいてきたカワセミから4本の生理食塩水を受け取った。

「カワセミさん。」マドニアの声に、カワセミは残り2本のボトルを順番に投げた。

「ナイスですわ。」マドニアはそれを難なく掴み取ると、そのまま腕の折れた男の方へと向き直る。


「お前ら……、危ないだろ。」

「失礼、気をつけますわ。カワセミさん、同じ部屋から固定用の木板を取って来ていただけます?」マドニアは少し眉をあげただけの仕草をした。


 そうは言いつつも、引き続きマドニアは骨折箇所の消毒と保定をしていた。ジゼルは一度患者の左太ももの血流を確認し、壊死の兆候がないかを確認する。ひとまず内出血のみと判断したジゼルは、すぐに開放骨折した箇所の洗浄のため、ボトルの中身を患部にかけた。外科手術ができるほどの環境は整っていないため、骨が見えている箇所を安易に触ってはならない。


「ドクター・ジゼル、こちらの患者も腕の保定が完了いたしましたわ。」マドニアから声がかかる。


 まだ患者が痛い痛いと呻いている声が聞こえるが、グスグスと泣いているだけで落ち着いてはいるようだ。近くでは無事な方の手をさすっているのか、大柄な男の声がけが聞こえる。


「こ、こ、こっち腕は無事だしな、さすってやるからよ、しっかりしろよ。」大柄な男は、意外にも甲斐性というものがあるらしい。


 ジゼルは額の汗を白衣で拭いながら、患部の保定を開始した。


「はい。」不意に隣でカワセミの声がした。

「あ?」ジゼルが横目で見ると、保定用の木板を持ったカワセミが立っている。

「あぁ、ありがとな。」ジゼルが木板を受け取ると、カワセミはもう仕事は終わったと言わんばかりの顔で壁際に退き、壁に背中を預けた姿勢のまま気配を消した。


「はぁ……、やっと終わったぜ。」

「お疲れ様です、ドクター・ジゼル。」ジゼルが、冬だというのにダラダラと汗の流れる額を拭っていると、マドニアが水のボトルを差し出した。

「あぁ、ありがたい。」ジゼルがボトルを受け取ると、手のひらに冷たい感触が伝わってくる。


 その感覚にふっと軽く口の端を持ち上げながら、ボトルの水を口の中へと流し込む。喉を流れていく水は、思っていたよりもひんやりとしていて美味しいと感じた。


「患者は。」

「はい、皆さまの容体、現状安定しておりますわ。鎮痛剤を投与した後は眠ってしまった方もいますが。」マドニアの報告を聞き、ジゼルは軽く頷いた。

「おい、そこのお前。」ジゼルが、まだ壁際に待機していた大柄な男に目をやると、彼はびくりと体を震わせ、「へい。」と小さく返事をした。


「いい仕事をしたな。協力に、感謝する。」

「へい!」ジゼルの言葉に、大柄な男はいっそう嬉しそうに返事をした。

「だが、お前にはもうやることがない。うちにある水とパンを1セットやるから、それを持って帰るといい。……大丈夫か?」ジゼルが言うと、男はこくこくと頷いた。


「ではこちらへいらっしゃいな。」マドニアが促すと、大柄な男は何度も頭を下げながら部屋を出ていった。

「カワセミ。」ジゼルがもう1人の功労者を労うために声をかけると、近くの壁際で俯いていたカワセミが、面倒そうに顔を上げた。


「礼なんていらない。」ジゼルの次の言葉を察してか、カワセミが少しムッとしたように先を制した。

「なんだよ、つれねぇな。……おい、こっち来い。」ジゼルはそんなカワセミの様子に軽口を返しつつも、近くに来るようカワセミを呼ぶと、カワセミは渋々といった体で近づいて来た。


「何。」

「まぁ、そう不貞腐れるな。……治療してやった腕を見せろ。軽めにだが、診察してやる。あぁあと、腹部の火傷もな。」


 カワセミはしばらく押し黙っていたが、すぐに観念したように上半身の衣服を脱いで床へと置いた。ジャケット、カットソー、その下の肌着まで脱ぎ切ると、露出した体に治療済みの傷跡が見て取れる。


「お前、ちょっと痩せすぎじゃないか?」十分な稼ぎがあるくせにややアバラの浮いたカワセミの腹部を、ジゼルは訝しむようにじっと見た。


 腹筋のあたりにあった火傷の跡は、まだ少し変色して赤みが残っているものの、ほとんど綺麗さっぱり消えている。


「よし、火傷の方は、特に問題なさそうだな。で、そっちの腕は。」ジゼルは嫌そうに顔を顰めるカワセミに対して、右の上腕を見せるように促した。


「ほぉ、かなり綺麗に巻かれてるな……。ここで外すのが惜しいくらいだ。」自分でやったのか?とジゼルが聞くと、カワセミは「カナリア。」とだけ小さく答えた。

「なるほどな。ちょっと外すぜ。」ジゼルが手際よく包帯を外すと、縫合した裂傷跡が現れる。


 ほんの数日前にジゼルが処置した傷なのだが、ほぼ閉じ掛けていた傷が、少しだけ開いて血が滲んでいた。


「お前な……。」おそらく先の廃校舎での喧嘩の際に、傷口が開いたのだろうと見当はつくが、カワセミが痛み一つ訴えないことにジゼルは少し呆れたような顔をした。

「あの状況では、仕方がない。」ジゼルの顔色を察したのか、カワセミが苦し紛れの弁明をする。


「全く……、お前らときたら、仕方のない連中だな。」こういう患者は医者の言うことを聞かないものだ、とジゼルはその経験上、嫌なほどよく知っていた。


「まぁいい、傷口はほとんど塞がっている。今は表面のあたりが少し開いただけだろう。抜糸しても、固定していればすぐに治る。」ジゼルはそう言うと医療用のツールボックスから抜糸用のハサミとピンセットを取り出して、カワセミの傷口から糸を取ってやる。


 そのあと軽く消毒して傷口の血を拭いてやり、また元のようにガーゼを当てて、包帯で固定する。カワセミはその間、少しの身じろぎもすることなく腕を固定して立っていた。


「よし、これでいいだろ。」ジゼルは大きく息を吐き出すと、カワセミに服を着るよう促した。


 カワセミが服を着ている間に、ジゼルは胸ポケットからタバコのケースを取り出し、一本取って火をつけた。数時間ぶりのタバコの煙が、ジゼルの肺に染み渡る。そうしているうちにカワセミはさっさと衣服を身につけ、ぼーっとしたように虚空を見ている。


「ところでだ、お前はどういう経緯であのエミリア・バートンと一緒にいるんだ?」ジゼルの質問に対し、カワセミはすぐに短く返した。

「リンドウに頼まれたから。」カワセミは多くを語らなかったが、その回答だけでも大体の因果関係は推測できる。


 Colorsの子供たちと知り合ったのがどういう経緯かは知らないが、そことリンドウが繋がっているのは知っている。エミリアが月影の関係者ならば、あの顔に似合わず抜け目ない月影局長が、エミリアをリンドウの元へと差し向けたのだろう、とジゼルは思った。


「ふん、なるほどな。……で、お前から見て、エミリア・バートンはどう見える?」ジゼルの追加の質問に対し、カワセミは少しだけ考えるように眉を顰めた。

「そんなの別に……、見たまんまでしょ。」カワセミは素っ気ない口調でそう言った。


 確かに人物評として、見たまんまという回答はいささか雑だが、彼らのような裏稼業の人間が、見たまんまであると言うことそのものに意味がある。ジゼルは会ったばかりのエミリアに対して、警戒心よりも少しばかり好奇心が上回るのを感じていた。


「ドクター・ジゼル?そろそろ皆さんのもとに戻りませんか?」部屋の外からマドニアが声を掛けている。

「あぁ、今行く。」ジゼルはまだ随分と長さの残っているタバコの火を、携帯灰皿にもみ消して入れると、カワセミと連れ立って患者のいる部屋を後にした。


第2章のサブストーリーは、今回で終了となります。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。


第3章は、1週間ほどお休みをいただいた後に開始予定です。

再開後は、期間限定で毎日更新を予定しております。

引き続きお付き合いいただけますと幸いです。

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