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路地裏の亡霊たち  作者: Nova
サブストーリー:Dialogues in the Lost City

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Mask & Label

カフェ&バー・マスカレイドが開く前の空白

第1部第1章ep14裏のサブストーリーです

―あんた、顔だけは本当にきれいね

―何の足しにもならないくせに、顔だけは

―私に似て、ほんっとうにきれいで……


「鬱陶しい……」

 マスカレイド二階の自室、ベッドの上に横たわっていたリンドウは、自分の寝言で目を覚ました。さっきまで何か嫌な夢を見ていたらしいがすぐに忘れた。上体を起こして、壁の時計を見ればまだ6時。窓からは薄ぼんやりとした光が入り込んでいる。解いていた長い髪が顔にかかるのも気にせずに、リンドウはわずかにため息をついた。自分はどれくらい眠っていたのかと計算すると、深夜2時過ぎに店を閉めてからおおよそ3時間くらいしか経っていない。


「……俺も、人のことは言えないな。」リンドウ自身にも自覚はあった。

 普段から睡眠をとろうとしないカワセミに対して、最低でも5時間は寝ろと言い含めてある。それは彼自身の心身を思えばこその助言ではあったが、自分がどうかといえばこのありさまだ、とリンドウは静かに自嘲した。

「……寝汗なんて久々だ……。」リンドウは少しだけ髪をかき上げると、自分のうなじや鎖骨部分がじんわりと湿っているのに触れて苦笑いした。


 開店準備をする前にシャワーを浴びよう。そう思ってリンドウはベッドを抜ける。少しだけ空腹を感じていたので、ベッドサイドに置いてあった自前のクッキーを一枚齧る。少しだけはしたないかなとは思ったものの、やらなければならないことが山積みなので仕方がないとリンドウは思った。

 シャワーを浴びる前に、自室のコンピュータへ近づくと、暗号化されたチャットの通知を確認する。すると、ちょうどおしゃべりな引きこもりギークからチャットが飛んできたところだった。


-BNY:よう、R。昨夜はよく眠れたかい?


 リンドウより少し年上だからか、やや気取ったような言い回しをしている点が毎回気にはなるものの、ネットにいる人間はみんなそうなのかと思い、深く掘ることはしなかった。


-R:おはよう、BNY(バニー)。今日も元気そうだね。

-BNY:そうかな?俺はいつも通りだけど。

-BNY:それよりも聞いてくれ。

-BNY:あんたが言ってた月影の医薬品倉庫についてだけど、外部からの侵入じゃなかったんだ。

-R:なんだって?


 リンドウはBNYから調査内容のレポートを受け取ると、部屋のカーテンを閉め、鍵をかけた。通信自体は暗号化されており、傍受される可能性は限りなく低い。それでも油断は禁物だ、とリンドウは理解していた。

 邪魔な髪を結い上げて、暗号化通信で送られてきたレポートをオフラインで展開し、サッと読み込んで内容を把握した。読み終えると同時に消去プログラムを実行。いつもの手順で痕跡が残らないことを確認すると、リンドウはようやく息を吐き出した。


-R:OK、把握した。報酬はいつも通り送金する。

-BNY:やったー!ありがとう!

-BNY:そうだR

-BNY:最近RYZが相手してくれなくて退屈なんだけど

-BNY:なんかでかい仕事任せてない?


 リンドウは唾を飲み込んだ。まったくなんでこいつときたら、こういつも微妙なところで鋭さを発揮するのか、とリンドウは思わず眉根を寄せた。


-R:さぁね、知りたければ本人に聞いて

-BNY:ちぇー、いけずー

-BNY:まぁいいや

-BNY:またなんかあったら連絡するねー!^ - ^

-R:OK、待ってるよ、いつも頼りにしてる

-BNY:d(^_^o)


 BNYのステータスがオフラインになったのを確認して、リンドウもチャットルームから退出し、接続を切った。他にも登録されているアドレスからメッセージを受信していないか確認する。

 しかし、BNY以外からの通知が特にないことを確かめると、リンドウはUSB認証キーを抜き、コンピュータをロックした。そもそも彼らの中でこの時間に起きてチャットを送ってくるのはBNYくらいのものだろうと、リンドウは小さくため息をついた。


 シャワーを浴びてしまおう、とリンドウは思った。着替えの衣服を手に持つと、自室のドアを開け、シャワールームへと移動する。汗で湿っていたはずの服はもうすっかり乾いていたが、リンドウは迷わず脱いで洗濯機へと投げ入れた。

 リンドウは髪紐を解いて、少し熱めのお湯を出す。シャワーを浴びるのが好きだった。皮膚が赤くなるぐらいまで浴び続けると、短時間ではあるものの、自分をうまくリセットできる時間のように思えたからだ。


「……はぁ。」リンドウは頭からシャワーを浴びたまま下を向き、自分の体を伝ったお湯が排水口へと流れていくのを黙って見つめる。

 今回ばかりはシャワーの熱ですら、リンドウの気分を救いはしなかった。やはり寝覚めが最悪だったせいだろうかと、リンドウはぼんやりと考えていた。気を取り直して髪と体を洗い、シャワールームから脱衣所へと出る。長い髪や熱った皮膚から、清潔なタオルで丁寧に水気を吸い取ると、リンドウはマスターの服に身を包む。鏡の前に立つと、いつも通りの美しい顔がそこにはあった。


「……。」リンドウはドライヤーで手早く髪を乾かし、また高いところで結い上げると、鏡に向かってニコリと笑いかける。

「そろそろカナリアさんが来る頃ですね。」リンドウはまたいつものように穏やかに呟いた。

 仕込み前に、脱衣所で携帯端末を確認すれば、7:30を少し過ぎている。少し急がなければいけないとリンドウは気を引き締めつつ、タイを結んだ。


 ―ルルルルル、ルルルルル……


 携帯端末が振動している。リンドウは、端末を手に取り着信元を確認すると、非通知だった。リンドウの端末が経由しているネットワークは、BNYによって暗号化された裏の通信経路を利用している。つまり着信元は、誰が誰に連絡を取ったかという痕跡を警戒しているということだ。


「……はい。こちらR。」リンドウが通話を開始すると、スピーカーから聞き慣れた声がした。

「……私だ。R、情報提供を頼みたい。」ややくぐもった重みのある声がする。

「……あらあら、こんな朝早くからお仕事ですか?大変ですね。……昨夜の報告でしたら秘密経路で送信しましたが、いかがでしたか?」リンドウはやや揶揄うように笑いながら会話を続ける。

「あぁ、それに関してはご苦労だった。……そちらも随分と疲れているようだな。……いつもと調子が違うようだが。」声の主は息を多めに含んだようなしっとりとした声でリンドウに告げる。

「……それで、君はどこまで把握している?彼女のことはどうなった?」序盤の馴れ合いからは打って変わって、引き締まった重みのある声で相手はリンドウを問い詰める。


「……正規ルートではありませんよね?……大丈夫です、滞りなく。彼女のことならあなたの部下に聞いているでしょう?結局のところ、一番収まりのいいポジションだったと思っていますが。」

「……ふむ、それが、彼女の家が燃えたらしい。」

「……なんですって?……初耳です……悔しいですが。火災が起きたとは聞いていましたけど。」

「あぁ、なるほど、この件に君が絡んでいないことは理解した。……把握していないのであれば、こちらと別ルートでの調査を頼みたい。」言い方には少し引っ掛かりを覚えたものの、これはいつも通りの展開だ、とリンドウは思った。


「承知しました。期待には応えてみせますよ。」リンドウは皮肉混じりに微笑んだ。

「……ふっ。やはり君は疲れているらしい。お互い様だが……。では、ぜひともよろしく頼む。」そう言って声の主は通話を終えた。

 端末に着信の履歴が残っていないことを確認すると、リンドウはポケットに端末を仕舞い込んだ。通話の終了とともに端末内のデータはバッファも含めて消去されているだろうが、音声データはすでに別経路でBNYのサーバに流れているはずだった。


「……ふぅ、本当に朝からやることが多いですね。」リンドウは、先ほど声の主に指摘された言葉を脳内で反芻していた。

「……疲れているつもりなど、ありませんでしたが……。」それはほんのわずかな強がりとして吐き出された、まだ湿気のこもった脱衣所の中での呟きだった。

 リンドウはまた静かにため息をつくと、端末で時間を確認することなく、すみやかに店へと降りていった。


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