第46話『A Petal Becoming(和らぎの”華娩”)』 B Part
翌朝──。
黒騎士マーダ時代、アドノス島から奪われた自由。取り戻すべく静かだが着実な一歩を勇者達が歩み始めた。
先ず戦之女神の司祭級、リイナ・アルベェラータとヴァロウズNo2の学者ドゥーウェンの付添人、ハイエルフのベランドナがFortezaから出立した。
この両者、普段の出で立ちで堂々街道のど真ん中、肩で風切るが如く歩き始めた。
森の天使と呼ばれるリイナと毎度ながら流麗過ぎるベランドナの凸凹コンビが道歩けば、擦れ違う者達の視線を釘付けする必然が始まり往く。
目指すエドル神殿跡は、マーダが手の内。具体的には不明だが他の地域と比較しても完膚無きまでに蹂躙されたのだ。それは正直止むを得ない結実。
エドルは嘗てレヴァーラ・ガン・イルッゾから異能を得たディスラドが築いた神殿跡以外、観るべき場所在らずな寂しき場所。
人口も減少の一途を辿り、若い世代は隣接した神の御旗掲げたロッギオネへ職を求め移住した。
然もディスラドがエトナ火山を噴き飛ばす、およそ人災とは呼べぬ天変地異を起こしたとはいえ、未だ火山の余韻燻り続ける危険地帯。
他の地域でマーダの占領下にされた所には必ず砦が建造された。
だがこの地域に至っては『要らぬ』とでも云うのだろうか見当たらないのだ。エドル神殿跡を砦代わりにしているという噂もあるが真意の程は定かでない。
マーダの膝元、ヴァロウズNo2のドゥーウェンが事実を知らぬ不敵な場所。ひょっとすると占領下に置く価値なしと切り捨てたやも知れない。
二人の出立から数時間後、馬車や馬上の者など様々な民衆達が行き交う最中、1台の荷馬車が紛れるようにゆるりとFortezaを後にした。丁度、商人辺りに扮装した体である。
これがロッギオネ奪還に向けた英雄二人を運ぶ存在。
ついこの間、英雄と持ち上げられた者共とは思えぬ実に寂しさ漂う旅立ちの図式であった。
さて、先んじたリイナとベランドナである。
徒歩の旅とはいえど、目指すエドルはFortezaの南の端。実は隣接した場所。
故に旅とはいえ邪魔立てする者さえ出現しなければ随分気楽なものだ。
然し旅往く二人の気分は反比例。
初対面こそ初めましてな人類最強種ハイエルフにゾッコンであったリイナだが、ドゥーウェンに普段から付きっ切りな相手。会話を交したことなどなく、同じ女性とはいえ弾めずにいた。
それはベランドナとて同様。
彼女は特にその辺り、事務的な言葉しか交わした事がなく、殊更それで良しとしているきらいがある。
だが──そんな気分を察したのか。或いは単純にドーナツを食べたい欲が先行しただけの偶然なのか。
ルシアが前日、4人でドーナツ屋を訪れ空気読まずに会話成したことで一応の楔を打つ形が出来た。
──やっぱり綺麗な人、でもルシア御姉様と重なる処がある。
背丈も高く、歩きも速いベランドナ。自然、リイナは後ろを往く。金色の髪、スラリと伸びた背格好。脚運ぶ都度、金色が光の精霊達を連れ添い、風達も囁くのが聴こえそうな錯覚呼び込む。
──ハイエルフと云えば……。
リイナ、気掛かりな内容を思い切って伺う決心固めた。やはり昨日の雑談、極僅かといえ溶け合う切欠成した。少し早足でベランドナに追い縋る。
「あ、あのベランドナ…さん」
「ん? 何か御用でしょうか?」
リイナ、少し言い淀み胸元跳ねながらも、自由と好奇心抱く思い馳せ、ベランドナを呼び止める勇気整えた。
歩みを止めずに普段通りの事務的な応対を貫くベランドナである。
「る、ルシア御姉様の(躰の)こと、知ってらっしゃるんですか?」
ピクリッ──。
完全に歩みを止めた訳ではない。されど明らかにベランドナ周囲の空気、変化する様子が滲み出た。
「ええ、何しろサイガン様へ余命幾許もない同胞を紹介したのは、誰でもないこの私ですから……」
美麗過ぎて人形の様なベランドナの顔色、僅かに曇り空を帯びる人間味を引き出した。
◇◇
一方、凡庸な商人扮した馬車。陽が陰り出した頃合い。
馬車のみエドルへ向かう道を辿り、普段と異なる庶民の旅装姿で馬車から降りた英雄二人。
目指すロッギオネは辺境エドルを南へ横断した先にあるのだ。
漸く本来の目的、そしてファルムーン一家と語って差し支えない水入らずな旅路が始まった。
徒歩で暗がり増す道を進むは愚の骨頂。だがルシアには例の瞳孔を自由に変化させ夜目を効かす術がある。とはいえ未だ往来ある最中、夜道を進めば危うき強行に映らなくもない。
そこで一旦歩みを止め、旅行者が夕食を取る姿を半ば偽装すると決めた。往来途切れる夜中を待つ算段を取るのだ。
ローダ、バックパックから取り出したのは固形燃料を主とした簡易的なコンロ。手際鮮やかに食料等も取り出す。流石独りでハイデルベルクから独り旅を続けただけのことはある。
なお、二人が羽織る迷彩色のマントも彼の発案。
軽量かつ雨風凌げる材質であり、ロープで樹々と結べば簡易テントになる優れもの。
品物自体、特段凄いものではないが、選択肢と扱いの手慣れた様は2年間もの最中、野営し尽くした経験値を存分活かしていた。
ルシアの分まで駄賃とばかりにシェラカップと珈琲を用意した。未来の旦那様、頼り甲斐ある様子にルシアは惚れ惚れした。
簡単な夕飯と淹れて貰った珈琲を飲みつつ人心地、馬車に揺られ凝り固まった身体を揺すり解したルシア。心の方も幾分晴れやかに滑る。
心地良き虫の鳴き声、灯油ランプの灯りが僅かな風で揺れ動く。頼れる彼氏のお陰で、夜の静寂と何処までも拡がりみせる星空が自由を授けてくれた気分に浸れた。
もし自分独りきりだったなら──守る壁さえなき22歳の女の子らしい不安が、自由を呑み干す暗闇へ化け、目の前に広がる絶望感で包み込まれたやも知れぬ。
一度は掌から零れ落ちた願い。ヒビキと取り戻せた幸福に胸膨らむ気分、夜空の星々へ気持ち手向けた。
「焚火じゃないんだ?」
「目立つからな、それに火起こしの跡を消すのは面倒だし手間が掛かる」
ローダには、自由と身勝手を履き違えぬ理想がある。
それは、彼の旅と選択に根差している信念であり、焚火を避ける判断にもその芯が見え隠れした
野営経験がないルシア──否、ルシア・ロットレンとして意識持ち得た頃合いの経験値。実の処、あらゆる分野が欠落していた。
だからこそ、初体験を大好きなローダと経験値へ転嫁出来る喜びが滲んでいた。ラオで戦士達を葬送した折、彼氏が語った焚火と星々の神話を思い出した。
──が、ベランドナと二人きりでエドル神殿跡へ向かった妹分、リイナの方へ気を回した。
自分の躰は元来ハイエルフ、人間に限りなく近しい亜人族だ。
ルシア自身が語らなかった事柄をリイナが聞く状況、透けて見える気がした。




