第3話『Black Knight(黒騎士)』 B Part
新月──月明かりを望めぬ夜空を舞台に風の精霊術で飛ぶ様に跳ねる女武術家のルシア。
エドナ村を襲来する黒の軍団の首領格。マーダの背後に迫るも後一歩の処で及ばず、避ける動作を余儀なくされた。
「女ッ! 貴様中々やるではないか。可憐なる花をこの我が直々捥ぐ前に名乗る権利を与えて進ぜよう!」
マーダ、未だ抜刀せず馬上から見下す視線と手招きと笑顔でルシアを煽る。
黒髪に黒い瞳。出会いの順にifは存在し得ない。だがこの島に渡らんとする青年の顔を見れば面影を感じても不思議ではない面構え。
「貴方に覚えられた処で全然嬉しくないけど。ルシア……『ルシア・ロットレン』よ」
その名を耳に入れた途端、この世の総てを卑下するマーダの顔色が変わりゆく。名乗りを挙げた女武術家に眉を顰め凝視、他には目もくれない。
「──ロットレン? 女ぁ……。貴様ぁ、ロットレンと抜かしたなぁ!?」
「それが何だって言うの……よッ!」
ルシアに取ってこの男とお喋りをする余裕は無論、楽しむ未練も全く皆無。会話しながら男の黒い騎馬へ、風の精霊を付与した足払いを入れつつ迫る。
マーダの騎乗する馬は大層屈強なれど所詮ただの馬。ルシアの鋭き足払いをまともに受け、憐れに嘶き脚を折られ崩れ落ちた。
マーダは馬上から砂地へ降り立つ。騎馬を失った事実を全く以って意に介さない。
そんな些細よりも目前の女が名乗ったロットレン姓へ過敏に反応。それこそ気張り過ぎな競争馬が如く苛立つ仕草を隠す気がなかった。
「我が暗黒神よ、その竜が如き爪を此処に示せ──『切り裂く爪』!」
女武術家と黒い剣士のやり取りを後ろで見聞きしてた女魔導士フォウ。敵の隙を見計らいすかさず詠唱。
折られた魔導の杖が赤く輝き、その光がルシアへ急速に伸びる。さながら赤き光の刃。
キンッ!
「何ィッ!?」
「はんっ! ばろうずの4番目が女子ば相手に不意打ちすっとか? ほんのこち呆るっど!」
腕組み鼻を鳴らすガロウ。何時の間にやら黒の軍団最深部まで押し迫っていた。
フォウ、爆炎を止められた痛恨の冷めやらぬ間に続く戦慄。
魔術で生成した刃を、髭面の剣士ガロウがただの刀で斬り伏せた並外れた行動。
──ただの刀が魔法と斬り結ぶ? この男まさかっ!?
先程のルシアですら炎の精霊術を以て相殺したのだ。
実体を持たぬ光の刃をただのイカレが斬って捨てられる道理がない。男の刃、よく見つめてみれば滾る鉄の如き色を帯びていた。
「男ッ! 貴様さては扉を開いた異能者だな!」
「ア"ッ!? 何を言っちょっかまるで判らん!?」
フォウの刃物より鋭き指摘の声。折られた杖でガロウを指す。
ガロウは刀の峰で己の肩を叩いて首を捻る。何を言っているか判らないのは寧ろ髭面の方だと云えた。
バシュッ! バシュッ!
マーダとフォウの足元へ暗闇の最中、何かが撃ち込まれ砂塵が舞う。あからさまな目潰しの攻勢。Resistanceは、ルシアとガロウだけではない存在感を指し示す。
ブォンッ!
ルシアが瞬間、マーダの背後に気配のみを散らして左脇から電撃を帯びた拳で迫る。全体重を載せた全力の拳でなく、左右の連打で攻める慎重なる動き。
ルシアの動きを予め知覚し切っていたかの如きガロウ、最上段から電光石火の振り下ろしをマーダに浴びせた。未だ周囲を囲う炎の壁が刃に映る。
フォウの存在を完全に無視した両者、文字面通り斬って捨てた。
ガロウの放つ赤い刀の切っ先。
ルシアが見舞う電撃の拳。
何れもマーダの首へ届くと、誰もが思う好機。
刀の切っ先が砂地に届き、砂埃が舞い上がる。
ルシアの文字通り、電光石火の拳が宙を切った。
二人が夜の闇に描いた互いの軌跡。真っ直ぐに真横へ伸びた金色の煌めきと、上方から地面へ叩き付けた赤い剣筋が美しき十字を成す。黒い帆布に映えた虚しさ。
──て、手応えがなかッ!?
──い、今のを躱すのッ!?
そうなのだ──。
黒い帆布に描かれたのは、あくまで二人の十字だけ。赤い絵の具飛び散る様子が全く見当たらない。何れも避けられた奇跡。
「下らぬ、地上を這う虫共。我は現人神である。星の重力さえ枷にはならん」
ルシアとガロウの背後、それも斜め上から小馬鹿にした声が聴こえる俄かに信じ難い様。
何とマーダ、2人分程の背丈に達する宙で静止。顎まで裂ける嗤いを浮かべた。
戦慄を通り抜け、純然たる脅威だけを感ずるルシアとガロウ。出来の悪い奇術の類を見せられた気分に堕ちた。
マーダが嘗ての敵から奪いし魔法。その名も『重力解放』文字面通り、まさしく重力の枷から逃れ、宙で好きに振舞える術式で浮いたのだ。
スゥッ……。
遂にマーダ、大本命が鞘から巨大な両手剣を抜いた。されどフォルデノ王国を夜襲した際の赤い歪な大剣とは異なる。
マーダ、冷笑しながら片手で両手剣を悠々握り、空いた手で己が刃をスッと撫でる。加えてガロウに対する当てつけが如く、蒼白く輝いた刃を最上段で構えた。
「虫共、地上から神の鉄槌を見上げ絶望に伏せるが良い! ──『輝く真空の刃』!」
斬る相手が何処にも無き夜空にて最上段からの振り下ろし。蒼白い大剣の剣筋が瞬時に存在しない三日月を錬成した。




