第35話『Black Fang Unleashed(解き放たれし黒き牙)』A Part
「──30分! 時間を稼がなきゃ駄目なんだッ! フォルテザと皆の笑顔を守る為に!」
「大丈夫よローダ! 私が付いてる、決して貴方を独りにさせやしない!」
フォルテザ市の街並みが目端に入る数km離れた荒野。
背中合わせのローダ・ファルムーンとルシア・ロットレン。
巨大な黒猫『RaviNero』が真実の獣が如きしなやかな動きで砂埃巻き上げながら、戦慄の視線巡る二人を周回し続けていた。
◇◇
ローダ・ファルムーンとルシア・ロットレン──扉と鍵、文字面通りな抜け駆け決めて心を開き合った。
若過ぎる二人は、自分達の往き過ぎた行為を見つめる周囲の目を気に掛けた。
だが人が他人へ好意を寄せ合うのに刻も理由も要らぬもの。
確かに夜空の元、争いが初見。最底辺の出逢い。
されど二人は龍が空へ飛翔する勢いで堕天した。
また世間の波風は或る意味、この両者に冷たかった。
他人の恋話に華咲かせる程、皆は悠長しないのだ。それ程事態は切迫していた。
ただ……ひとつだけ確かな事柄。
アドノス島の平穏は、このふたりの掌に委ねられていた。
島ひとつならば、まだ救いはある。
なれど──。
この星そのものを支える柱となる運命さえも、二人の人生を大きく揺さぶろうとしていた。
全世界の先進技術を独占したFortezaの小賢しき長、ドゥーウェンは苦悩していた。
暗黒神が掻き回したアドノスをひとつに纏め上げる優先事項。
せめてマーダの居城であるフォルデノ王国以外は団結させねば、世界各地から迫る理不尽の鎌を振り翳した人を象った死神に対抗出来ぬのだ。
然しドゥーウェン=吉野亮一時代へ遡った処で政はおろか、業務上に於ける各種調整すらままならぬ凡庸な男だ。街ひとつを俯瞰で見る、そんな器用さ持ち合わせなど在り得ない。
『──ALERT! 熱源反応の接近を確認!』
不意にけたたましく近代的な砦の中へ鳴り響く無機質なる絶叫、AI探索機能が捉えた情報。
「な、何事ですか!?」
ドゥーウェンの扱うPC上にも浮かぶ真っ赤な警告。
コンピュータウイルスを発見したかのような胡散臭さ。持ち主が扱ってないウインドウが矢継ぎ早に開くのは気色悪い。
「Master?」
「ば、馬鹿な……い、幾ら何でも早過ぎる!」
敬愛する学者がこれ迄の付き合いで見た覚えない脅威を感ずる様に眉顰めるベランドナ。
フォルテザの中央電算装置が強制で送信した映像──。
それはAI稼働と思しき戦闘機とワイヤーで吊るされた巨大過ぎる黒猫。
ステルスを用いローマ上空を飛ぶ最中、ジェットエンジンの熱源反応をフォルテザの自衛機能が捉え、CGで予測望遠した姿形だ。
セスナではない、音速で空舞う相手だ。文字通り、あっと云う間にアドノス島へ到着果たす。
バルタバザルに於ける決起演説にて置物だと身勝手にも思い込んでた黒猫。
然も大胆にも単機、此処まで輸送を終えた戦闘機は黒猫をフォルテザ市から僅かに離れた地点へ降ろすと急反転、どうやら参戦しない模様。
ギュインッ!
漆黒だった黒猫の目が細胞が活性化した如き紅色の輝き帯びる。
この場にルシア辺りが居たならば狂戦士化したローダを彷彿させる緊張を生むに違いない。
「う、動くのですかアレは!? それに何故此処の防衛装置が作動しない!?」
酷く狼狽えるドゥーウェン──。
バルタバザル決起集会の折、雛壇の飾りと化してた巨大猫。MotorShowの参考出品車が如き適当な存在だと思い込んでいた。
ヴォンッ!
「──ッ!?」
『やあ……初めまして、覗き好きな趣味悪い男。嗚呼……その眼鏡も似合ってないな』
突如PCモニターに割り込む三つ編み黒髪の少女と小馬鹿にした声。紛う事なきルヴァエルの語り口。
操縦席で肘つき、機械仕掛けの脚組み口角上げる余裕面。
操縦桿等が見当たらない。試作機とは思えぬ柔軟な動きで荒野を勝手に駆ける兵器じみた黒猫。
Hacking──ハックする方は息吸うが如く手慣れた亮一、なれど乗っ取られたのはこれが初体験の屈辱。
『ククッ……驚きで声も出ない。君、色々落伍者なんだ。その街を築いたのは一体誰? 私はね創設者の友人と繋がりあるのさ』
元々陽当たり嫌う白い肌のドゥーウェン、さらに逸して蒼白。息も途端に荒くなる。
──ま、まさかハッキング処かそもそも此方側、筒抜けだった!? ……ならば探知機能は敢えて残した? ば、馬鹿にしてぇぇ……!
普段真顔が素面な男が歯軋りした上、眉間に皺寄せ腸煮えくり返る仕草。
何度も語るが吉野亮一は21世紀初頭から冷凍睡眠で次元を超えた人間。
自分を生み育んだ世紀よりも先歩くこの街の技術力に胡坐を掻き過ぎていた。
セキュリティ対策は扱う自分達がUpdateすべきもの。己の成した所業に苛立ち越え、憎悪に至る。
長過ぎた眠り──日進月歩で歩まなくては即時裏切られる技術。亮一が本来決して望まぬ慢心を呼び込んだ結果。
『その顔……どうやら気付いたらしいね自分の愚かしさに。直接街へ落下する無粋はしないさ、創設者レヴァーラ・ガン・イルッゾの意志を私が蹂躙する馬鹿はしない』
フォルテザ市を森の女神ファウナと創設した折、『民草の命は守る』と誓った初代様の意志に背くが故、空から兵器を街へ落しはしない。己が信ずる女神へ語るルヴァエル。
なれど本意は怪しい処。
黒猫の鍵爪付いた脚で街へ繰り出す阿鼻叫喚の地獄絵図を実は望む。
「だ、だがその機体何故動くのです!? 試作機は嘘!?」
過ぎた失敗を悔やみ続けた処で何も始まらぬ。早速新たな防衛手段を構築すべくキーボードを壊れる勢いで叩くドゥーウェン。
ニタァ……。
ルヴァエルの口角がさらに上がる、半身機械の様な姿の少女、人間の可動域を越えたかにみえる顎関節の動き。見る者共へ錯覚と怖気を植え付ける。
『いや……真実だよ。でもね、覚醒したんだよこの可愛いRaviNeroは。抑制装置はたった今、この場で外れたんだ。候補者を狩るべく牙と爪の枷は解かれた』
ルヴァエルの愉悦と歪むドゥーウェンの顔が交錯した。
「──ッ!?」
「グッ!? こ、此方から呼び込んだと云うのか悪魔をッ!」
ベランドナとドゥーウェンの脳裏に浮かぶ若い英雄の姿形。
鍵なる女性に依って拓かれた扉抱いたローダ・ファルムーンに相違ない。
『さらにこの島の裏側で隠れ潜む黒騎士──ルイス・ファルムーン! RaviNeroは嘗て異能者を狩るべく具現化された黒豹の云わば眷属!』
ルヴァエルが暗黒神の裏に潜む意識をルイスと仄めかす。一体何処迄知り得ているのか。
Raviとは旧サンスクリット語で『太陽』の意。
陽の光が自ずと落とす黒影、加えて黒猫の真祖を模した立ち姿。旧イタリア語の『猫』がNero。
『RaviNeroは貴様が最も軽視する隷属なるただのAI! 3つ以上の異能抱く輩をすべからず狩り尽くす。……それにあくまで試作機、真実なる審判者はこれから生まれるッ!』
操縦せずとも勝手に動く黒猫の正体をひけらかすルヴァエルの昂然。
黒猫横切る場所、人を超越する愚劣な同類を世界から排除せしめる不吉を匂わせた。




