第15話『Exciting thoughts(心躍る想い)』 B Part
戦いの傷を癒すべくアマンを下山途中のローダ一行。
合流したジェリド・アルベェラータを含む5名を、鮮明な生配信で観ている者が世界に数人存在する脅威。
ローダ達の上空に昆虫程の大きさしかないドローンを飛ばし、それ経由でモニターを見つめる二人が世界水準の技術力を欲しいままに残したフォルテザに居を構えている。
「──ローダ君でしたか? まさか鍵を救出すべく能力を支配下に置くとはいやはや……これは驚きました」
金髪金縁眼鏡の男性が自身の頭を平手で小突いて認識の甘さを自己指摘しながら苦笑。
フォルテザを仕切るヴァロウズNo2の学者、ドゥーウェンの反応である。
「Master、愛とは人を動かす要因の内、最大手に近しいのではありませんか?」
同じ映像を視聴中、長耳族の最高位──ハイエルフの女性ベランドナが掛け替えなき笑顔で促す。
「愛……愛ですか。私残念ながらその手の報酬に天で疎いんですよ」
愛と報酬を同価値に捉え苦笑いする学者の浅慮。要は無償を欲する虚ろな愛なぞ最初から度外視している。
「ま、兎も角あの候補者について俄然興味が湧きました。ベランドナ、貴女の言う通り力の根源を再精査したくなりました」
ほくそ笑むドゥーウェン。
主人の発言に笑顔を絶やさぬベランドナの余裕。
随分気になる物言い加減。ローダ達の敵役だけでない裏が在りそうな態度。
「──が、とは言え此処を私が死守するのに何ら変更ありませんよ。何しろ気にすべき相手はResistanceだけではないのですから。然し先生はどうなされるつもりやら……」
これまた怪し過ぎる言い回し。
敵の所在はアドノス島内部のみに非ず、彼は明確に気安く告げた。
外から来た存在、興味あれど手放しで味方と判定するには情報が未だ足らないのだ。
加えて『先生』とは一体誰を指しての意味であろうか。
◇◇
アマンの森からエドナ村付近へ随分戻ったローダ一行。
「大丈夫、もう術の圏外です。此処なら治癒の奇跡が行使出来ます」
リイナ・アルベェラータが緩んだ表情で自分が仕掛けた術式の跡地を覗き見る。「ふぅ……」と溜息ついたのは全身継ぎ接ぎだらけのガロウ・チュウマだ。
そこら辺の見てくれだけなら彼が斬り裂いたダークエルフに似通ってしまった皮肉。出血こそ止まり掛けたが全身を駆け巡る苦痛は未だ引かない。
髭面の侍風情をジェリドが優しく地面に置いた。流石に『ガハハッ』と笑い飛ばす酷い遊戯をする気はない。
戦の女神に仕えし法衣姿のリイナが寝かしたガロウの上でさも意味あり気な印を切る。僧侶が死人を葬送する憐れな儀式に見えなくもない。
「戦の女神よ、この者にどうぞ貴女様の御慈悲を。湧き出よ──『生命之泉』」
印を結んだ右手をガロウの胸元へ静かに置く神の代行者。エディウス神を自分に降ろして代わりに奇跡を行使するリイナ。
少女の掌から温かな何かが注がれる気分にガロウが浸る。術式の名称通り、命の泉がリイナから滾々と湧き出す様な錯覚に陥る。
生命之泉とは術を掛けられた当人の生命力を引き出す切欠に過ぎない。ガロウ全身の細胞達に投げ掛け、分裂の超活性を引き起こす空恐ろしい御業なのだ。
「おおっ!」
相も変わらず愛想不足な顔で遠巻きに見ていたローダさえも驚きの声を上げずにおれない。
致命傷と殆ど同義なガロウの外傷が瞬く間に塞がるのだ。素面でいられる訳がなかった。
──リイナ、生命之泉を使ったの? 誰に?
未だ眠り姫を演じるルシア、例え目を閉じたままでも状況から憶測するのは如何にか熟せる。
されどガロウが重傷を負ったのは彼女が気絶した後の話だ。
然し恐らくガロウがそれを受けてる、想像足り得る部品は在るのだ。何しろ自分を運んだのは紛うことなきローダである。
ならば自ずと消去法を用いるだけ。今なら自分が不意に起きても誰も大して気にも留めぬ筈。
「……ンッ」
我ながら白々しい寝起きの声を上げてみた。さも眠たげにゆるりとルシアが目を開いた。
「──ッ!?」
「起きたかルシア」
待ち構えていた様なローダの黒い瞳孔と視線がかち合う辱め。
然もあろうことか自分が空寝してたのを見透かしたが如き心の声を伝えた者が『起きたかルシア』とは如何にも解せない。
「な、何だか妙に騒がしかったから」
赤い顔を逸らしてルシアが嘯く。
我が言ながら片腹痛い。目覚ましの切欠はそこら中に転がってたのだ。
抱かれても赤ん坊の様にスヤスヤ寝ていた自分が恥ずかしい事この上ない。
「……」
「え……」
ひたすらルシアを見つめ続けるローダ固まる。起きたのだから言わずもがな、汲んで欲しい思いがあるのだ。
「あ、あの……お、降ろして欲しいんですけど」
「あ、嗚呼……済まない」
文句を伝えようやくローダの呪縛から解放され両脚で地面に降り立つルシアが何とも気まずい。『有難う』を伝え切れないもどかしさ。
「あ、ルシア御姉様。ようやく御目覚めですね」
託児所での結婚詐欺に続いて、またもや含み笑いを絶やさず近寄って来た妹分。
一応気遣いなのか想い人に聴かれぬよう、ルシアの金髪を手で押し退け小さな声で耳打ちし始める。
「随分気持ち良さそうに寝てましたねぇ……。ローダさん、御姉様を助けるためすっごく凄く頑張ったんですよ。全身ボロボロなのに」
──っ!?
思わず再びローダの方を見やるルシアの驚く様。
ローダはルシア達を気に留めない感じで完治したガロウの身体を物珍しそうな顔で覗き込むだけ。
「えっ?」
「えっ、じゃないですよ」
全く以って白々しい態度を押し通すルシアの下手な演技。
そう……重々承知の筈だ。鍵の女とて薄れ逝きそな意識の中で、決死に動いた候補者を忘れる訳がないのだ。




