第9話『Angel of the forest(森の天使)』 B Part
ローダ・ファルムーンは、超人的な治癒能力を用い自力で助かった。
これが司祭リイナに依る解説の一部始終。
またしてもローダ当人として寝耳に水な俄かに信じ難い話。
この島へ向かうと決めて以来、彼の理解を遥かに越えた出来事が余りに多大過ぎる。
執拗いが彼自分の意識下での行為でない為、納得する方が寧ろどうかしていると言わざるを得ない。
◇◇
世界の科学技術を独占した先進都市Forteza。
21世紀に存在しそうなビルで在りながら高所へ往く程細く尖る18世紀前後の塔も彷彿させる造り。
その最上階、金縁眼鏡の男が独り、フォルテザの街並みはおろか世界総てを見下ろす態度。
黒系のスーツを羽織り、背丈こそ高いがだいぶスラッとし過ぎてて、およそ戦う能力を秘めてる様には見えない風体。
「ふぅ……僕にはまるで判りませんねぇ。何故鍵が、あの様な力だけの下賤な男を選択したのか」
金髪を抱え『嘆かわしい』と言いたげに首振る男。300年も待ち望んだ代価にしては納得し兼ねる様子。
「ヴァロウズNo2、ドゥーウェン様ともあろう御方が力加減だけで物事を判断なされるのですか?」
『ドゥーウェン』と呼んだ線の細い男の背後に忍び寄る人を越えた人種の女性。
美しさを形容する言葉が当てはまる枠を超越した存在。
風の精霊達が勝手に遊戯し流れ往く金髪。歩む度に金色の星屑を散らし往く様。
耳長族の中でも特に悠久を生きると云われる至高の存在、ハイエルフ族の女性。
「フフッ……僕のベランドナ。笑ってくれても構わないよ。僕は子供の頃から頭に頼り切りで力の方は、からっきしだからね」
このハイエルフ『ベランドナ』が名前らしい。尤も寿命が不明瞭な存在なのだ。現在の名がそれに該当するだけかも知れぬ。
ドゥーウェンが自嘲しつつも『僕のベランドナ』と主張する。ハイエルフの女性を指し自分の所有を主張出来る男、かなり怪しげなる雰囲気を醸し出す。
「あの男、マーダ相手にキレて退けた上に死ななかった。それだけでもマスターの望んだ価値が有るのでは?」
No2のドゥーウェンを『主人』と呼称するからには、このベランドナとて暗黒神マーダの配下であるに相違ない。それにも拘わらず『マーダ』と斬って捨てる不敵な態度。
「いや、流石僕のベランドナ。もし彼が自然に例の力を取り込み自由に出来る存在なら正に相応しいのは事実だよ。──まあ高みの見物と洒落込もうじゃないか」
ドゥーウェンが『高みの見物』などと吐き出す自由自適ぶり。
やはりこの場から鍵なる女性と選んだ男を見通す力加減を匂わせた。
◇◇
ピリリッピリリッピリリッ……。
不意に無機質な音がルシア達の居る託児所内に響き渡る。
どうやらルシアの腕を着飾る腕輪が発信源。
この様子に驚くのはローダのみ。
同席してるリイナは微塵も動じない。
ピッ。
「はい、ルシアです。──え? 南の森側から犬人間の一団? ……了解、リーダーにも言伝します!」
ルシアがさも当然な様子で腕輪に触れ、緊張帯びた面持ちを以って誰かを相手に通話している。
またもやローダ独りが驚き置いて往かれる反復の様。
「リイナ、敵の一団らしき連中を周囲の見張りが見つけた! 悪いんだけど貴女は住民達の避難を優先して!」
「判りました! 終わり次第、私も森へ向かいます!」
急に物々しい雰囲気へ変わる託児所の先生二人。
視線で左右を往復しながら起きた事態を把握しようとするローダであるが要領を得ない有り様。
「ま、待ってくれ! 一体何が起きているんだ!?」
「え、だから敵が来たって……」
『何故判らない?』といった困惑の表情を返すルシアと『そうじゃないんだ』と平行線を辿るローダの泥沼。
「ルシア、君は一体何処と話をしていた!?」
「あ……嗚呼、そ、そか。君は携帯端末を知らないのね。ま、まあそれは追々……」
漸く相手の疑問を悟り、両手を広げ『まあまあ』といった具合に窘めるルシア。
この世界軸に於いて携帯端末に限らず、Network自体が300年以上昔に打ち上げた人工衛星を通じているのだ。
けれども電話すら無くした世界しか知らないローダなのだ。例え回線が生きていようが端末の知識が無ければ判る訳ないのが道理。
次いでだが電気の恩恵さえも未だ受けれない地域も多数を占める。
これが世界の文明を独占したForteza擁するこの島だけに赦された利便性なのだ。
されど現状、そんな些細を議論している場合ではない。
「兎も角私とガロウは森へ向かう!」
保育士だったルシアが途端に引き締まった戦士の顔へ様変わりした。
「──俺も征く」
「え? 君この間、剣折られたでしょ? 正直無理しないで欲しいけど……」
ルシア、幾ら怪我が完治したとはいえ、今のローダを戦地へ赴かせる気にはなれない。
或る意味マーダ居ればこそローダの異常なる力の発現であったに間違いないのだ。
正直足手まといになる上、万が一この間の力を具現化しようものなら今度こそ救えないかも知れぬ。
必然過ぎる思いでルシアは、彼を制止したいと心底願った。




