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第8話 『Everyday Happiness(日常過ぎる幸せ) 』A Part

 アドノス島・エドナ村に漁村の早い夜明けが訪れる。

 アドノス全土を混乱の渦に(おとしい)れた黒騎士マーダがこの村を襲撃後、4日目の朝に至る。


 前日の午後、陽が傾き掛けた頃。

 村を未曾有(みぞう)の危機から救った()()、ローダ・ファルムーンの意識が回復。


 鍵の女性、ルシア・ロットレンから自分の活躍を耳にした。

 俄か(にわか)に信じ難い内容であるものの、美麗な女性が自分を大いに称えてくれたのである。


 ローダ青年実の処、昨夜は一睡(いっすい)も出来てない。

 決して悪夢や不安を抱えた夜を迎えたのではない。


 ルシア・ロットレンと共に眺めた(ながめた)美し過ぎた夕陽と幸福で満たされた想い出。

 彼は彼女と触れ合った場所の残り()に興奮冷めやらぬ昂ぶり(たかぶり)を感じたまま、寝る処でいられなかった。


 もうひとつある気掛かり。

 彼が打ち払ったといわれる黒騎士マーダの容姿が自分に良く似てたという話。

 2年も兄の行方を追い求めた。本来ならもっと其方(そちら)側へ意識()かれるべきである。


 されど深入りするのが怖かった。寄って昨夜は追及するのを止めた。

 少なくとも今夜位、ルシアとの愉悦(ゆえつ)に入り浸っていたい。

 現実逃避(げんじつとうひ)してる自覚は勿論、彼の胸内に存在する。

 こんな二つの意識が未だ大人に成り切れない青年の脳裏をせめぎ合う一夜であった。


 コンコンッ。

 扉をノックする心地良き音がローダに与えられた部屋に木霊(こだま)する。


 窓を開け、白む(しらむ)朝焼けと涼しい風を(ほほ)に浴びせ、寝ぼけ(まなこ)を起こす中途なローダ青年。


 ──ルシアだ、()()()()()


 扉を叩かれた音だけでそんな勝手(妄想)搔き(かき)立てる。

 この教会、宿が無いResistance(民衆軍)の収容所を兼ねていた。だから知らぬ間にローダはルシアと(同じ境遇の両者同士)ひとつ屋根の下に居られる。


 黒騎士の襲撃以前なら、他にも似た様な境遇(きょうぐう)の戦士達が住んでいた。

 されど哀しきかな……マーダの前で尊い(とうとい)犠牲(ぎせい)へ転じた故、他にはリーダー格。髭面(ひげづら)のガロウ・チュウマを残すのみ。


 然もこの男、妻帯者(さいたいしゃ)らしき気回しで教会の離れへいそいそ()()

 若い男女の営みへ気を遣う(つかう)意外なる一面を見せた成り行き。


 少々回りくどくなったが、教会を宿代わりにしてるのはローダとルシアの二人だけ。

 何とも(たな)ぼた的な降って湧いた同居生活。

 寄ってノックの相手がルシアであるのは、ローダの単なる戯言(ざれごと)ではない。


「おはよ、眠れた? ふふ、その顔。どうやら余り眠れてないみたいね」


 (はず)んだ笑顔の御挨拶(ごあいさつ)

 紛う(まごう)ことなきルシアが朝食らしいものをトレイに載せ現れた。


 昨日と同じ部屋着だが、今はどうやら()()()()らしい。

 自分の何ともやらしい視線を恥ずべき行為と罵る(ののしる)純な感情と、『当然!』と胸張る男の本能が彼の脳裏で火花を散らす。


「み、3日も寝続けたからな。まるで眠気がなかった」


 さもそれらしいローダの言い訳。取り合えず食事を(うなが)され小さなテーブルに移る。

 テーブルの上に置かれたのは様々なる海産物盛り沢山なスープ。美味そうではあるが、朝食にはちと重過ぎる感じなメニュー。


「ごめんなさい、随分(かたよ)ったものばかりで。この村、襲われたばかりで他の街から入る食品が(とどこお)ってるの」


「あ、いや。良いんだ、気にしないでくれ……それよりこれって」

「これ? 嗚呼……ま、一応私がね。ただ塩()でしただけよ」


 ルシアの話は尤も(もっとも)である。逆を語れば漁村に於ける自給自足分なら存分行き届いてる。


 ローダは『いただきます』の挨拶はおろか、手も合わせず(さじ)ですくうと口まで運ぶ。


「……!」


「ど、どうしたの? 余り美味しくなかった?」


 一口だけで何故か固まるローダの動き。

 ルシアは、腐ったものでも混じってたのか気が気でならない。一応手料理なのだ。


 カシャカシャカシャカシャ!

 次は脇目も振らず食事に夢中。テーブルマナー? 何処吹く風な荒々しい食べ方。


 カランッ。一挙に食べ切ると(さじ)を皿へ無造作(むぞうさ)に投げ入れる。


 ──何か気に障る(さわる)ことでもしたかしら……。


 ローダの様子に懸念(けねん)募る(つのる)ルシアは、彼の様子を暫く(しばらく)注視する。


 ジワリ……。


「う、うぅ……んっ、ん……」

「え、ええ?」


 ローダ、これはいよいよどうした事か。嗚咽(おえつ)を漏らして泣き始めた。

 喜怒哀楽(きどあいらく)の温度差、余りに激し過ぎる。


 これには大層戸惑う(とまどう)ルシア、何て声を掛ければ良いのやら。

 ローダは自分の異常な様を驚くルシアに気付き、コップの水を一気に飲み干す。


「す、済まない。俺自身、まさかこんなに取り乱すと思わなかった」


 空になった皿へ穏やかな視線を落としてルシアへ()びた。

 家を飛び出して以来、食事はおろか寝るとこさえもなけなしの金を払うか、森や川で現地調達するより他ない営みを繰り返す寂し過ぎた彼の日々。


 日常で得られる無償、よもやこれ程自分の胸打つとは思いも寄らず。


「──いや、美味かった。御世辞じゃないんだ。こんな当たり前が尊い(とうとい)だなんて始めて知った」


 (そで)涙拭く(なみだふく)ローダへ笑顔をルシアが()()。さらに彼の背後へゆらりと移ると両肩へ白い手を静かに置いた。


「──?」

「そっか……そうだね。幸せってさ、日常過ぎると忘れるかも知れないね」


 不器用だけどそこはかとない幸福を受け止められる()()()()をローダに感じたルシアの微笑み。

 触れた肩を固いと感じ、慌てふためくローダを他所(よそ)にそのまま揉み(もみ)解して(ほぐして)「何これ凝り(こり)過ぎじゃない?」クスリッと幸せを口遊(くちずさ)んだ。

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