第83話『A Deliciously Dangerous Risk † 心躍るリスク †』 A Part
マーダに付き従うべき三者が火花散らす激しき睨み合い。
日本刀の大太刀よりさらに巨大な倭刀──青い両目に似た水を滴らせた剣を振るうトレノ。
髪も眼も滾る魂が如き赤を燃やす肉体美──その実、目に映りしものを捉えて離さぬ異能が取り柄の女格闘家ティン・クェン。
独り未成年の少女──蒼さ際立つ長いツインテールを自らの異能が創り出す風に靡かせたザラレノ・ウィニゲスタ。
鈍った身体をほぐす運動の建前──うっかりが命を奪い合う危険な香り漂う戦闘が始まった。
地面を蹴り砕く勢い以て飛び出したかに思えたティン・クェン。砂埃を撒き散らす。
大気に自らの身体を預け、宙に浮きながらティンの後に続いたザラレノ。
やられる気分を全く損ねた黒服の剣士トレノは、得意の片手下段。微動だにせず最も有利な後の先を狙う構え。
──あ、あれれ?
ティンの背後に続く気楽な様子見を気取るつもりだったザラレノ。何時の間にやらティンより前へ突出していた己に気づく。
──フフッ……可愛らしい御嬢ちゃん。一番乗り、譲ってやんよ。
猪突猛進に見せ掛けたティンがほんのり切り替えた気取り屋。地面を駆ける足元をより自在に転じ優位に運ぶ。敢えてザラレノを前に出す──大気使いの背後に回った。
「くぅ!? なんて汚い大人ぁ!」
風に乗ったザラレノ、扱う武器も同様。風に運ばせる針などの小物を飛ばし敵の隙を突く。トレノの振るう倭刀と挨拶交せる得物はないのだ。
上半身は藍染の軍服に近しいフード付きのコートをベルトで絞めるが短いスカートは女の子らしい洒落の効いた様相。両肩のベルトで括り付けた戦闘の意思。
胸元で結んだ赤いリボン、彼女の狼狽を示すが如く揺れ動く。愛しのマーダ様のため手入れを欠かさぬ伸びたツインテが好い香りを風に流す。
けれども硬派な剣士トレノには無用の長物。峰打ちと云えど情け無用の刃を振り上げる。
キャシャーンッ!
「なっ!?」
「こ、こんなの僕のスタイルじゃないのにぃ!」
硬い何かとトレノの剣先がぶつかり合う音が鳴り響く。在り得ぬ音に驚き抱いたトレノの日開かれた黒目。
紅色の瞳を歪めたザラレノの悔しみ。
トレノの間合いへ届く直前、右脚を振り上げた苦し紛れな奥の手。短いスカートが捲れ覗かす見せて構わぬモノ。
大気使いの剣術──かまいたち。
かまいたちと云っても真空を斬り裂く訳ではなかった。
例えば今の場合、ザラレノの靴裏に付いた石ころ等を大量の鋭い空気を用いて宙に描いた太刀筋の様な誤魔化しに過ぎなかった。
兎も角周りを前衛に泳がせ自分は後衛で糸張る『楽な仕事』が彼女の信条。開始早々やりたい自分を捻曲げられ、いきり立つザラレノ。
隠したい本音、風使いがかまいたちだなんて芸が無さ過ぎる。
羞恥に染まる気分へ堕ちつつ、その身を翻しフローラルの香りだけを残した。
ガンッ!
トレノの倭刀が昇り切った頂点、女の子の背後に身を隠したティンの鍛え抜かれた両拳が剣を左右から挟み込む。
宙に浮いたザラレノに引っ張られたお陰──やはり闘争に於ける立ち合いならば全身を武器をしたひりつく争いを幾度も潜り抜けたティンの方が数枚上手な様相。
ティンの凄まじき戦意はザラレノを囮と成した事柄だけに非ず。
トレノの刃に滴る硫酸。焼けた素手の拳を用いて挟み込んだにも関わらず、涼しげな顔を寄せ煽りゆくのだ。
またしても生身と討ち合ったとは思えぬ嫌な音がトレノの鼓膜を揺らした。
「フッ、この程度じゃ折れんか」
「舐めるなよティン、お前が小娘の後ろに回ってたのは読んでいた」
剣と拳と交えるトレノとティン・クェンの必然。普段の両者は良き戦友──互いに手の内は知り尽くしていた。
ブワァァァッ!
「──ッ!?」
「か、風ぇッ!」
大きなティンの背中を強烈に押した突風。剣を重ねたトレノ毎薙ぎ倒した。
「へっへぇ……これこれ。これぞ僕の楽な仕事」
先輩二人をたった人風起こして屈服させたザラレノの得意げ。さらに胸元から取り出した次の悪手を握る。
チャッ!
少女が胸倉から取り出した自動小銃。
銃声を届け忘れた背中からの狙撃。
狙撃音と銃弾が届く位置だけ真空状態に包み込むラオの戦いでもみせた音無しの脅威。無邪気が過ぎる子供の恐慌。水鉄砲でも撃つ狂気の手軽さ。
ブンッ! キンッキンッ!
「ハァッ!? じ、銃弾を全部弾いたぁ!?」
次はトレノの剣筋がザラレノの驚きを引き出す出番。
銃声では追撃出来ぬザラレノが撃った弾。トレノは太刀を振り水を飛ばしただけに過ぎぬ。
硫酸だった水分が瞬時に硬質化。散らした物を銃弾に悠々ぶつけた。『所詮児戯』そんな仕草を匂わした。
ダンッ!
銃弾を全て叩かれ隙が生まれたザラレノの懐へたった一歩で潜り込み、腹を右拳で突き上げたティンからの贈り物。
三人中最軽量な上、宙に浮いたザラレノの身体がくの字に曲がり空へ吹き飛んだ。
「ザラレノ……ワザと吹き飛んでんじゃねえぞ」
ザラレノのボディを殴った瞬間、手応えが無さ過ぎたのを咄嗟に理解出来るティンの抜け目なさ。
「チッ……流石にバレたか。処で三番目を練習相手にするんじゃないの?」
ティンが拳の条件反射を以て知り得た通り。ザラレノは、殴られた瞬間、自ら後方へ身体毎盛大に吹き飛ぶ絵空事を成していた。
ダンッ! ブンッ!
「くッ! 今度は風を盾に使うか。ザラレノ……手前の方が余程抜け目ねえな」
鉄の拳を風でいなした次は風を目前に巻いたバリアを張り巡らしティンの鉄拳を防いだザラレノの変幻自在。
「今の拳が返答代わり?」
「へッ! そういうこった。手前確か鍵の女と1対1でやり合ったんだよな?」
大人が繰り出す本気の片鱗溢れる拳を正面から切って捨てたザラレノ本気の片割れ。
ティン・クェンが語るのはラオの海岸付近にて不死の巨人相手。
ザラレノに近しいやり口──風の精霊術を駆使しながらサシの勝負を最後まで熟したルシアの話だ。
鍵の女と直にやり合ったザラレノ──。
実の処、あくまで風の操り手としてルシアと対等に渡り合えたに過ぎない。
然もルシア・ロットレンは、味方をザラレノから護り抜く為、自らへ注意を惹き付けるべく本腰入れてたか怪しかったのだ。
ティン・クェンが求める格闘術の練習試合をこのザラレノに求めるのは土台無理な理屈。
「……」
ザラレノの言葉交わさぬ返事。
彼女的にはこんな脳筋に目をつけられ辟易していた。然もこの流れ、ヴァロウズの5番目と3番目を同時にあしらう必要がある。
──ハァ……楽どころか面倒な仕事だよこれ。
心中だけ溜息吐いたザラレノ。彼女の憂鬱を散らしたツインテールの垂れ具合。先祖代々裏手へ回る危険背負わぬ彼女の血に沁みた本質。
「へッ! 判った判った遊んでやんよ先輩方!」
「……!」
「はんッ! 餓鬼が調子づきやがった!」
戦慄走り抜けたトレノとティン・クェン──大人の背筋。
ヴァロウズ7番目のザラレノが心とは裏腹滲んだ口角上げる。
武者震い──敢えて主戦に転じた歓喜。空から年上二人を見下げて嗤った。




