第5話『White Berserker(白い狂戦士)』 A Part
『ローダ・ファルムーン。貴方は私達の恩人なの、もし貴方が駆けつけてくれなかったら今頃どうなってたか判らないよ』
無我夢中でディンの船を飛び出したローダを待っていた者。美しくも何処か神秘的な雰囲気漂う金髪の女性、ルシア・ロットレンの優しみ。
ローダ相手に初対面とは思えぬ愛情と他人には決して抱かぬ感情を注ぎながら、彼が3日前に成し得た奇跡の物語を紡ぎ始める。
──そう……。彼女はずっとこの日を待っていた。
◇◇
ガロウ・チュウマが暗黒神マーダからの大振りな大剣を受け切れず、左鎖骨をへし折られた時間軸へ話を戻す。
ドカッ!
「──ぐわッ!!」
「ガロウォッ!!」
マーダ、既に倒れ込んだガロウの左肩を黒いブーツで蹴り飛ばす情け無用。左鎖骨が折れてるを恐らく見抜いた上での行為。
痛々しい悲鳴を上げ痛みに顔を顰め突き飛ばされるガロウ。
辛辣過ぎる光景を視界で追いながらルシアも悲痛な叫びを上げる。
「ククッ! 女ゥ……。貴様はまだ殺さぬ、後で聞きたい事が山ほどあるからなァッ!」
マーダ、突き飛ばした侍風情を尻目に、その場で崩れ落ちてるルシアを嫌らしい目つきで見下す。
「あ、アンタなんかに聞かれたって何も答えやしないッ!」
「良い女が強がる様……悪くない眺めだ。何、城へ連行すれば時間など腐る程あるッ!」
目を背け最低限の抵抗を試みるルシアの顎をクィッと持ち上げマーダが凄む。
ルシアの嫌悪感が頂点に達し、精霊帯びてないただの左拳を憎き敵の顔へ叩き込む猫を噛んだ窮鼠。
されどまるで鉄でも殴った様な痛みが拳に走る。
無論、マーダの頬には掠り傷一つ付かない。
「……フンッ! まあ良い。先ずはそこの髭面にトドメを刺してくれる。精々じっくり拝むのだな。味方の最期を」
砂を全身に被り死に際の虫が如く蠢くガロウ。
黒騎士が冷笑湛えて両手剣を片手で握り悠々と歩み寄る。
ガロウも如何にか反撃に転じたい。刀を杖代わりに立ち上がろうと決死で動くが余りに絶望的過ぎる絵面。
「死ねぇッ!!」
「──ッ!」
ガロウへ断罪の大剣が振り下ろされる。
ルシア、流石に直視出来ず歯を喰い縛り視線を逸らす。
カシャンッ!
あからさまに人の肉を斬った音源ではないものが辺りに響く。
在り得ない手応えを睨み付けるマーダの不快。
何時の間にやらガロウとマーダに割って入った片手剣を握った男。
敵であるマーダはおろか、ガロウとルシアでさえも全く以って見知らぬ容姿である。
「──ッ!?」
「な、何だ?」
「き、貴様ァ……邪魔をしおって。一体何処から湧いて来たこのクソ虫ッ!」
状況が飲み込めず凝視する以外の選択肢がないルシアとガロウ。
神として断罪する愉悦を何処ぞな馬の骨に妨害された。謎の男へ大いにキレ散らかすマーダ。
「フゥゥ……」
男の態度、全く以って返答に値しない。瞳孔が全部赤、黒い短髪で白いコートを羽織った服装。黒い剣士より僅かに低い背丈。
息が白む様な季節ではないにも関わらず、荒くれ者の吐く空気が、煙が如く見える気のする錯覚。
「ウガァァッ!!」
「──ッ!? は、速いッ!」
迂闊にも男の醸し出す圧に押され真正面からの突貫を許してしまうマーダ。剣同士で斬り結ぶしかない屈辱。
その後も謎の男が剣を叩き込む番が暫く続いた。
──い、一体ないじゃあんわろ。
──か、彼はもしや……。
例え命を拾えたとはいえ、素性が知れぬ男をガロウは警戒せずにいられない。
得体が知れない意味ではルシアとて同じ事。なれど彼女には心当たりがあるらしい。
然しそれでも味方や助っ人を見る余裕を帯びた様子では決してなかった。
「あ、暗黒神の使いのりゅ……」
「させる訳なぁぁいッ!」
脇で見ていたフォウ・クワットロが神聖術の詠唱へ動いたのに勘づき、咄嗟にルシアが躰を滑らせ真横からの肘を叩き込む。
「カハッ!」
「……黙って見てなさい」
鳩尾に入った肘打ちで吐血しながら砂地へ崩れるフォウ。
ルシアが見下す。何とも妖しい台詞を吐き付ける。
「ウガァァッ!!」
「な、舐めるなァァッ!!」
謎の男、片手剣の剣筋は、力押しばかりで何とも幼稚だとマーダには思える。
いっそ僅かに身体を引いて突っ込ませ剣先の行方を失わせれば、自分が背中を取れると図ったマーダ。潜った修羅場の数と剣の練度が違い過ぎる。
マーダの思うがまま、敵が突っ込み過ぎて転びそうになる。楽々背後を取れたと感じたマーダが両手剣の柄を用いて相手の後頭部へ叩き込む。
黒騎士の剣、刃で斬るのは間合いが余りに短か過ぎた。
ガツンッ!!
それでも両手剣の柄である。然もよろめいた頭へ叩き込めれば致命傷になるのが必然。
勝ちを確信し緩むマーダ、負け確に絶望するガロウ。
それでもルシア・ロットレンは、まるで動じる様子が皆無。既に謎の存在では無くなった男──ローダ・ファルムーンの凄味を信じ抜くのだ。