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亀の話 part2 / ウサギの話


 「私の描いた作品の中では、図書館の2枚の絵は最高傑作なんです。結構大きなコンクールで賞をとったんですよ。しかも金賞と銀賞。良い絵だと、素晴らしい絵だと、皆さんがほめてくださるんです。私自身としても納得の出来です。いや、実力以上に良い絵が描けたというべきかもしれません。

 子供の頃の私は、いつも絵を描いていました。夢中でした。家でも学校でも、紙と鉛筆があるとついつい描いてしまうんです。頭の中に思い浮かんだ形や光景を紙の上に描き出すことに喜びを感じていました。将来は画家になりたいと、なんとなく思っていました。それがどういうことか、ちゃんと考えたことはありませんでしたけどね。

 学校を卒業して自立してからも、やっぱり絵を描いていました。楽しくて仕方がないんです。ご飯を食べて、仕事に行き、寝る、それ以外の時間をすべて、絵を描くことにあてていました。絵の具やキャンバスとかってこだわると結構高いので、仕事を掛け持ちしていました。この時もまだ、どうやったら画家になれるのかよくわかっていませんでした。しかしとにかく他人に絵を見てもらう必要があるって気づき始めたんです。それでコンクールに応募し始めました。気づくのが遅すぎておかしいですよね。」

亀はクスクス笑った。

 「ウサギさんは図書館の絵がどんなだったか、覚えていますか。」

「覚えています。ひとつはヒマワリでもうひとつは夜の田舎道だったと思います。」

「当たりです。もしかしすると、どちらかといえばヒマワリの絵の方がお好きじゃないですか?」

ウサギはうなづいた。

「ヒマワリの絵の方がウケがいいんです。絵柄が明るくて華やかなのが良いのでしょう。反対に田舎道の絵は暗くてパッとしないんですよね。コンクールに応募し始めてから田舎道の方の絵で賞をとるまで、私はそんな感じの絵ばかり描いていました。多分性格が暗いせいなんでしょうね。賞をとってからは、ヒマワリの絵みたいな絵柄にも挑戦するようになりました。初めて自分の絵が評価されたことで嬉しくなって、世界が輝いて見えて、そういうのを表現したくなったんです。そうして次の年にはヒマワリの絵で賞をもらいました。」


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 「その頃、絵を売ってくれないかと言う者が私のもとに現れました。彼は仲介屋として私の絵を買い取り、いろんな客を相手に商売をすることを申し出たんです。それまで私は自分の絵が売れるなどと考えもしませんでした。最初は少し疑っていたのですが、試しに絵を一枚売ってみました。すると、思いがけない大金が転がり込んできたんです。私はすっかり舞い上がってしまいました。今まで描いてきた割に良い出来の絵も、全部売り払ってしまいました。あの二枚の絵を図書館に寄贈しておいてよかったと、つくづく思います。

 私の生活は一変しました。まず仕事を止めました。掛け持ちしていた二、三の仕事を全部。なにせどの仕事を続けるよりも絵を描いている方が断然儲かりますからね。一つくらい続けておけばよかったなと、今では思います。次に自分で狩りをしなくなりました。全部の食料を店で調達するようになったんです。お金は腐るほどあった上、自分で食べ物を探すよりずいぶん楽でしたからね。それから新しい家も建てました。石造の二階建てで、シャンデリアなんかもついている豪華な家でした。ふかふかしたベッドも買いました。欲しいと思った画材は何でも買って使ったし、お菓子も沢山食べるようになりました。

 商売は順調に続きました。仲介屋さんはそれなりに良い出来の絵であればほぼ必ず買い取ってくれました。ただし、絵の特徴と値段にはある程度の法則性がありました。構図は大胆であるほど良いとか、絵自体の大きさは大きすぎず小さすぎないのが良いとか、色は明るい方が良いとか。特に顕著だったのが、”ヒマワリの絵に雰囲気が近いこと”でした。それでだんだんと私も似たような絵ばかり描くようになっていきました。


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 しかし何事にも限りはあって、二、三年も経つと私の絵はあまり売れなくなってしまいました。絵が売れないと分かると、とたんに仲介屋は途端に取引を渋るようになりました。次第に連絡も取れなくなっていきました。絵の他に収入のない私は困りました。私はどうしようか悩んだあげく、またコンクールに応募することにしました。

 それからは、今まで積み上げてきた貯蓄を食いつぶす日々でした。コンクールでは全く賞が取れませんでした。絵の買い手なども現れません。それでも私はそれまでと同じような生活を続けていました。なんて愚かだったんでしょう。でも抽象画なんて、あんな訳の分からないものが流行ったんですから、運が悪かったとも思うんです。どんな絵が入賞しやすいか、入賞作品をみて自分なりに分析してみたりもしました。結果は変わりませんでしたが。

 何年か経つと、貯金は底をつき始めました。家にある高級な家具や食器、使っていない絵描きの道具などを売り払うようになりました。売るときって大体、元値よりずっと安いのが、わかってても悲しいですよね。そうして得たお金も、生活や絵の活動によってどんどん減っていきます。やがて売るものもなくなりました。そしてとうとう、家を売ることにしました。」


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 「家を引き払う前の日、私は家で個展を開きました。家を売る契約を済ませたあと、寂しくなってしまいまして。最後に何か思い出を作ろうと思ったんです。バザーみたいな感じで、絵にはそれぞれ値札を付けました。値段はこどものお小遣いで買えるくらい安くしました。ほとんどの絵はどっちにしろ処分するつもりでした。家以外にしまう場所はありませんでしたから。また、通りかかった人に興味を持ってもらえるように家の前に看板を立てたり、チラシを作って街の掲示板に貼らせてもらったりしました。

 当日、お昼前までには何人か見に来てくれました。家が人通りの多いところに面していたせいかもしれません。ほとんどのお客さんはうまいですねとか、あったかくていいですねとか、ほめて下さいました。とても嬉しかったし、自分の絵に対する反応を聞くのが久々で、新鮮でした。私はお昼頃にはすっかり上機嫌になりました。ひょっとしたら一枚くらいは売れるかもしれないな、と思ったりもしました。

 ところがおやつ時になって子供が一人入ってきたんです。その子は辺りをきょろきょろと見回していました。ちょうど他のお客さんがいなかったときだったので、私達は二人きりでした。私はその子が迷い込んできたのかもしれないと思い、話しかけようとしました。ところがその子は私には目もくれずに絵の方に走りよって行きました。彼女は一番端から順番に絵を眺め始めました。何かを探しているようでした。絵の真正面に立って十秒間ほど食い入るように見つめたかと思うと、今度は次の絵の方に走って行き、また同じことを規則的に繰り返ました。まるで機械みたいでした。彼女の表情は、見えた範囲では微動だにしませんでした。私は反応が楽しみでした。彼女がその日来た初めての子供だったからです。でも彼女は最後の絵を見終わると一言、

『つまんない絵』

とつぶやいたんです。

 彼女が去ったあとすぐ、私は展示会を中止しました。看板をしまって、掲示板の広告も破り取りました。そしてそれらを絵と一緒に暖炉で焼きました。」


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 「それから私は絵の道具を持って新しい住居を探しました。そうしてここを見つけたんです。当時私がここでやることと言えば寝て、食べて、たまに食料を買い足して、あとは真っ白なキャンバスの前に座り続けることでした。絵を描こうとしてもアイデアが全く浮かびません。どういう絵を描けばいいのかわかりませんでした。思い返してみると、それまでに私が描いて来た絵はどれも似たり寄ったりでした。たまに違うのがあっても、それは誰かのまねをしていただけでした。また昔みたいに、純粋に自分の描きたい絵を描けばいいんじゃないかとも考えました。でも”自分の描きたい絵”が思い浮かびません。

 そして一枚も絵が完成しないままお金の方が尽きてしまいました。それから三日間、私は何も食べませんでした。四日目の朝、私は餓死してしまうのだろうかという考えがよぎりしました。もう絵どころの話ではありませんでした。食べ物を得るには狩りをするか店で買うしかありません。ところが狩りをする体力なんて残っていませんでしたし、少しのお金もありませんでした。そこで私は質屋に行って筆、絵の具、パレット、架台、白紙のキャンバスその他諸々の絵描きの道具を全て売ってしまったんです。そうして私は画家を辞めました。

 結局のところ、いろいろと気づくのが遅すぎたんですよね。それからはいい狩り場と新しい仕事を探すことに専念しました。冬がやって来るというのにお金も食料も全く蓄えがないので大慌てでした。幸い、狩り場の方はすぐに解決しました。そこの川に水草が沢山生えているんですよ。仕事の方は苦労しました。絵ばかり描いていたので、人並みに働けるのか、なかなか信頼を得ることができませんでした。結局、以前勤めていた仕事場に何度も頼み込んで、雇ってもらいました。それまでに一ヶ月はかかりました。給料は前よりちょっと少なくなりました。仕事をもらえるだけでもとてもありがたいことなんですけどね。以前に経験した仕事なのに、慣れるのにも時間がかかりました。そうして少しずつ貯めたお金で家具など必要なものを買いそろえました。今のように生活が安定するのに一年くらいかかりました。その頃には絵のことはすっかりあきらめていました。」


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 「そんなときでした。かけっこの大会を見に行かないかと、ザリガニさんに誘われました。私は最初断ろうとしました。かけっこは好きじゃなかったんです。かけっこの速さってほとんど体格で決まるじゃないですか。細身で足が長くてしなやかな筋肉を持っている、例えば馬とかが速いですよね。私なんか正反対の体型だから、ご存じの通り足が遅くて。

 でもその日は暇だったので、気まぐれについていくことにしたんです。会場に着くと予想外に賑わっていました。コースが見える位置まで見物客をかき分けて行くのが大変でしたよ。私はゴール手前のところにいました。コースはゴール手前で長い直線になっていました。遠くの方で歓声がわくのが聞こえました。歓声はだんだんとこちらに近づいてきました。そして先頭の走者が直線に現れた瞬間、周囲からもワッと歓声がわきました。後ろの客に押されてコースにはみ出ないようにするのが大変でした。

 大接戦でした。先頭はオオカミ、それにチーター、トナカイが続きました。そしてそのすぐ後ろに、白くて小さい塊が見えました。ウサギです。私はその光景が信じられませんでした。ウサギはどんどん加速してチーターやトナカイを抜き去り、ついにオオカミと並びました。そのウサギは他の選手よりずっと小柄でありながら、低い姿勢で人一倍足を速く回転させていました。黒く輝く目でゴールだけをしっかり見据えて、まるで白い弾丸みたいに風を切ってコースを駆け抜けるんです。そしてとうとう、ウサギはゴール前でオオカミまで抜いて、一着でゴールしてしまいました。」


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 「平気な顔で体格差をはねのけて、ライバルたちをごぼう抜きにするあなたの姿を見たら、なんだか私にまで希望が湧いてくるように感じられて。私はそのあとすぐ画材屋に行ってスケッチブックと鉛筆を買いに行ったんです。それならまだ安く済みますからね。今はあの時の光景を絵にしたくて、下書きを描いて構図を試してみたり、色使いやタッチをどうするかとかいろいろ構想を練ったりしています。その他にもこの村の風景や草花をスケッチしたりしているんす。」

ちょっといいですか、と亀はタンスの一番上の段を引いて開け、中からスケッチブックを取り出した。ウサギは亀からそれを受け取ってページをめくった。ウサギがオオカミ達を抜いてゴールするシーンの絵がいくつかあった。川や水草や、雪で埋まったトンネル(ただしウサギがよく見ていたのとは反対の方向から描かれていた)、仕事場、ウサギの食い荒らしたニンジン畑なども描かれているページもあった。亀はまた、

「そういう訳で確かに私は画家を辞めましたが、今はまた絵を描き始めたんです。ねえ、私はウサギさんのファンなんです。あなたの方こそどうしてかけっこを止めてしまったんですか。」

と言った。ウサギは大鷲に対してしたのと同じ答えを繰り返した。

「かけっこが楽しくなくなってしまったんです。」

すると亀はこんなことを言った。

「そうですか、私たちは案外似た者同士なのかもしれませんね。」



 ウサギの話


 亀と話をしてから数日経過した。今日はかけっこの大会が行われる日だった。年二回、春と秋の初め頃に行われる規模の大きい大会だ。毎年ウサギたちの村だけでなく遠方からも多数の参加者が集っていた。あと半時間ほどで選手たちがスタートする時刻だった。ところがウサギはやっぱりコースとは反対の方向に走り出した。ウサギはわからず屋だった。走りには身が入る訳もなく、ウサギは昔のことを思い出していた。

 ウサギは友達を作るのが下手だったので、子供の頃はいつも一人で野山を走り回ったり、探検したりしていた。またウサギは常々鳥を見ては自分も空を飛びたいと思っていた。そこである日ウサギは葉っぱで羽を作って、崖から飛び降りたことがあった。幸い崖はそれほど高くなく、崖下にうっそう茂った草がクッションになったため骨折はせず擦り傷程度で済んだのだが、ウサギが一生懸命に作った羽はぼろぼろになってしまった。そこでウサギが思いついたのが、大きな鳥の背中に乗せてもらうことだった。だから初めて大鷲を見た時は運命を感じたほどだった。

 そう考えるとウサギにとってかけっこは妥協に妥協を重ねて得た舞台だった。それでも一等賞を取った時はいつも嬉しかったのをウサギは思い出した。結局、ウサギは友達がほしかったし、空を飛んでみたかったし、かけっこでも勝ちたかったのだ。

 ウサギはいつの間にか立ち止まっていた。眼前にはトンネルがあり、空気をゆっくりと、しかし確実に吸い込んでは向こう側へ吐き出していた。ウサギは何かに思い当たったようで、

「そうか、そういうことか」

とつぶやくとトンネルに背を向けた。一歩、二歩と歩き始め、それは早歩きになり、走りになり、ウサギは気がつくと全力疾走していた。ウサギはそのまま家の前を通り過ぎ、会場の入口までたどり着いた。

 が、ついにレースには間に合わなかった。ちょうど鷹がスタートの合図をした直後だったようで、選手たちがウサギと十数メートル離れたところで走っているのが見えた。一瞬オオカミが振り向いた気がした。亀は相変わらず遅かったが、前よりは幾分か速くなっていた。ウサギが現れると、会場がいつもと少し違った感じにざわつき出した。これでも前回の優勝者なのだ。何とも間抜けな話だった。ウサギは息も絶え絶え、原っぱの方へ歩いて行き、地べたに寝転がった。

 そこへ大鷲の声がした。

「ウサギお前、大丈夫か。」

「ええ。」

今日は良く晴れた、かけっこにはもってこいの日だ。空は青く、どこまでも高く、雲はひとつも見えない。遠くに鷹が飛んでいるのが見える。どんなに頑張ってもウサギには手の届かない場所だ。

「まぶしいなあ。」

ウサギはそう言って、腕で目を覆った。


2024/12/31

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

良いお年を。

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― 新着の感想 ―
ウサギと亀を人に置き換えたら、netflixとかprime videoとかで2時間ドラマを作れそうだなぁと思ってしまいました。 シリアスに展開するとこんなに格好良いお話になるのですねー。
2025/02/07 23:29 退会済み
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