かけっこの話
10年ほど前、一度だけ書いてみた小説です。最近掘り出しました。わかりづらいところを修正して投稿していきます。
キャラクターの振る舞いや話の内容にやや拙いところがありますが、ご容赦ください。また童話の中身をうろ覚えで書いたので、設定の雑さなどは多めに見てください。
1
ウサギは亀に負けた。家へ帰るため、坂道を下り始めた。長い坂道はにんじん畑のあたりから少し急になり、ゴールの大きな木の下までずっと続いていた。後ろではまだわいわい騒いでいる。
ザリガニが亀に言う。
「よく頑張ったなあ。間一髪でゴールしたときには、なんだかおれまでうれしくなっちゃったよ。」
亀の友達らしい。亀は答える。
「最初は悔しかったんです。ウサギさんが寝てらっしゃって、まるで相手にされてないのがわかって。仕方ないですけど。でも、どんな形であれ、勝てるかもしれないって気づいたんです。そしたらなんだかやる気が出てきて」
ザリガニは、
「お前は本当にすごいよ」
亀は
「いいえ、運が良かったんです。ウサギさんが起きるのが少しでも早かったら、私は負けていました。それにしてもウサギさん、あの小さな体で信じられないくらい足が速いですよね。憧れます。」
そう、運が良かっただけだ。それにおれはまじめじゃなかった。普通にかけっこをしたらおれが負けるはずはない。そう考えると、ウサギはいくらか気がまぎれた。いつの間にか会話に聞き入っていた。冷たい風が吹いたのにはっとして、とにかくかえって暖まろうと、家をめざして歩き出した。
それからウサギは前ほどかけっこのトレーニングをしなくなった。寒くなってきたせいかもしれない。近く大会が行われることになっていた。コースは亀とかけっこをしたときの道のりと同じだった。しかしどうにもやる気が出ない。走る代わりに家で寝転がっていることが多くなった。
大会当日。ウサギがスタート地点に赴くと、入口近くでイタチや狐たちが集まって話していた。ちょうど誰かが冗談を言ったのか、一斉に笑い出したところだった。彼らのことがあまり好きではなかったので、気づかれないように横を通り過ぎようとした。大笑いしていたタヌキが大声を出した。
「おい、のろまが来たぞ!」
ウサギは何も言わなかった。だいたい狸はかけっこに参加しない。観戦に来ただけだ。狐は、足は速いが最近はあまり走らない。奴らの中で今日走るのはイタチだけだ。それから、亀もかけっこに出るらしかった。亀はこれまで大会に参加したことはなかった。そのことも物笑いの種になっているようだ。
2
それからしばらくの後に、鷹の合図でかけっこは始まった。亀はやっぱり遅かった。スタートしてから十秒もたたないうちに集団から取り残されている。ウサギは亀を見るのをやめると、今度はイタチが自分の前を走っているのが見えた。やけに張り切っている。しかしこれじゃ体力は最後まで保つまい。今日は後ろについていって、最後の坂で抜いてやろう。ウサギはそんなことを考えながら走る。
ふと、鷹がゴール地点に向かって飛んでいくのが見えた。先回りして走者がゴールにやってくるのを待ち、二人以上の走者が僅差でゴールしたときにはどっちが早かったか決めるのだ。鷹は速かった。ウサギは若く、もうずいぶんとかけっこで負けたことはなかったが、鷹の速さはそれとは桁違いだった。
小さい頃、ウサギは鳥みたいに空を飛びたいと思っていた。地面を走るのに比べてとても自由な感じがしたし、風を掴んで空を飛び回るのはどんなに気持ちいいだろうと思った。
ウサギは大鷲に憧れていた。大きな両翼を広げ、頭上を行き過ぎる姿は雄大だった。
ウサギは大鷲に会うたびに、背中に乗せてくれとせがんだ。残念なことに、なかなかのせてくれなかった。しつこく頼み続けると、大鷲は飛んで逃げた。ウサギはしばしば走って追いかけてみたが、速すぎてとても追いつけなかった。大鷲はウサギといるとき基本的に無口で、あまり話をしたがらなかった。
二十回目の拒否を受けたときにウサギはたまらなくなって、訳を聞かせてほしいと申し出た。
「どうして乗せてくれないのですか。あなたはそんなに大きくて立派でいらっしゃるのに、たかがウサギ一匹がどうして駄目なのでしょうか。」
そうしたら、大鷲はうんざりした様子で答えた。
「俺は俺一人で飛ぶので精一杯だってもう何度も言ったはずだ。」
ウサギはしつこく食い下がる。
「それがどうしても信じられないのです。だってあなたは狩りで捕まえた獲物を持ったまま飛んでいるじゃないですか。」
大鷲は
「あれはすごく疲れるんだ。食べられないものを運ぶなんてまっぴらごめんだ。信じる信じないは自由だが、お前を乗せてやれねえのは変わらねえ。じゃあな。」
それだけ言って大鷲は飛び去っていった。そのときは追いかけなかった。大鷲の飛んでいく様はとても優雅だった。ウサギは、
「ずるい」
とこぼした。
記念すべき百回目の拒否を受けた次の日、ウサギはかけっこに初めて参加した。大鷲を追いかけるウサギを見た鷹に、是非かけっこに参加してみないかと誘われたのだった。参加してみると、あっさり優勝てしまった。いい気分だった。それからかけっこに参加するようになり、だんだんかけっこが好きになっていった。
ところで、鷹にも背中に乗せてもらうように頼んだが、やはり断られてしまった。いまではすっかりそのことをあきらめてしまった。おかげて大鷲の接し方は優しくなり、時にはおしゃべりをしたりするようになっていた。
亀に勝負を挑んだ日の一ヶ月ほど前、大きな大会が開かれた。ウサギはやはり優勝した。ここいらで一番速いと言われていた北の森のオオカミも参加した大会だった。そのせいでここ最近は浮かれていたのだった。
だからイタチなんかに負ける道理はない、それ以外も話にならない。普通に走れば勝てる、とウサギは思っていた。
3
ウサギは負けた。にんじん畑を過ぎたところでイタチを追い抜こうとしたのだが、抜けないままゴールしてしまった。イタチが思ったより粘リ強かった。イタチは以前より速くなっていたし、持久力もかなり増したみたいだった。
でもオオカミほどじゃない。最近走るのをさぼっていたせいだ。そうじゃなかったら負けるはずがない。負けるはずがないのだ。イタチたちと関わるのは面倒だ。早く帰ろう。ウサギはそそくさと会場を後にした。
狸が、
「亀のくせにかけっこにでるなんて、てんでおかしいや」
というのが聞こえた。
4
その日の夜、ウサギは暖炉の火をぼんやり見つめていた。かけっこはもういいんじゃないか?これまでオレは十分な成績を残してきた。いろんな大会にでて、ほぼ全てで優勝した。確かに今日負けたのは悔しかったし、狸の態度はしゃくに触った。ただ、いままでイタチに負けたことはないし、イタチがオオカミに勝つとも思えない。オレはそのオオカミに勝ったのだ。もう満足だろう。それに寒いし。
「負けるのが嫌な訳じゃない」
ウサギはそうつぶやいた。火は何か言いたげに、ぱちぱちっと音を立てて体をくねらせた。
それからというもの、ウサギはかけっこをすっかりしなくなった。




