※03話 王子様のお茶会に砂糖はいらない
この王国には、13歳から18歳までの貴族の子女達が通う王立フラワーガーデン学院がある。
15歳までが中等学院で、そこまでで卒業する者もいるが、その先は各々の資質や希望により、高等学院の中にある魔術科・騎士科・文官科に分かれて進学する。
勉学に専念するためという建前のもと、大抵の者が、婚約者を決めてからここに入学するのだ。
この国の第一王子は、今年13歳──このお茶会は王子の婚約者を決めるために催されたのだろう。
テーブルについた少女達が急にざわつき始めたのを感じ、アリエンナはいっせいに彼女達の視線が向かった方向に顔を向ける。
薔薇庭園の奥に設えられた薔薇のアーチをくぐって、三人の少年が現れた。
真ん中の少年が胸元に手を当て、優雅な所作で挨拶をする。
「ようこそ。この薔薇庭園の花々にも負けない、美しいご令嬢方。わたしがこの国の第一王子、アレクシス・チャーミング・ラブラブドリームだ」
肩口で切り揃えられた金髪は、ムラのでない黄味がかった金色だ。眩くキラキラと輝いている。真夏の空のような真っ青な瞳。浮かべた微笑は、若葉を揺らす風のように爽やかで、乙女の心を惹きつける。
(でたな。プリンス・チャーミング!)
アリエンナは目に力を込めて、第一王子をカッと見つめた。
「わたしは王子の友人で、近衛騎士団・団長の息子の……」
王子の左手側の燃えるような赤髪の美少年が、挨拶を始めるが、アリエンナは気にも止めず王子だけを見つめ続ける。
プリンス・チャーミング──前世でまだ若かりしOL時代、よく遊びに来ていた小学校低学年の従妹に、無理矢理付き合わされてやった乙女ゲーム──
『乙女の夢が咲き乱れる・花畑へようこそ♡ラブラブドリーム』通称 『花ラブ』
そこに登場する攻略対象だ。
主人公はその容姿と才能に目を付けられ、男爵家の養女となった元平民の少女。高等学院1年から、魔術科に入学する。そこで始まる恋愛ゲーム。
攻略対象は王子をはじめ、騎士団長の息子や魔術師団長の息子など、高位貴族の子息達の他、中等学院の美少年やら、教師やら、幼なじみやら、果ては無駄に美形な用務員のおじさんまで、攻略対象が多いのが売りのゲームだった。
エフェクトを使った華美なスチールの数々。脳みそや歯が溶けそうなセリフを吐く、花のような美青年、美少年達(プラス美おじさん)
「考えるな!感じるんだ!」と言わんばかりの選択肢。ご老人のリハビリ用か?と疑問を抱かせるミニゲーム。
まさに『バカのバカによる〈ピーッ〉のためのゲーム』であった。
この客層を狙うとは!と驚愕と共に妙な感心をしてしまったのは、懐かしい?思い出である。しみじみしていると、王子の右手側にいた緑髪の美少年が何やら喋り始める。
「わたしも殿下の友人で、宮廷魔術師団・団長の長男……」
アリエンナの関心は、真ん中で高貴な美形オーラを放ちながら、微笑んでいる王子にのみ向けられている。はっきり言って、左右の赤髪・緑髪少年はどうでもよかった。
よく聞こえない何かを喋っていた緑髪の少年が黙ると、三人の少年の視線が、いっせいにアリエンナのいるテーブルの方を向いた。こちらの方に歩いてくる。
順番に令嬢達のいるテーブルを回るつもりでいるのはわかったが、どうやらこのテーブルが最初のようだ。
横並びで近づいてくる、信号機のような少年達を見つめながらアリエンナは焦っていた。王子に集中していた彼女は、他の二人の名前を聞きそびれていた。
高位貴族の令嬢として、他の貴族の名前、ましてや第一王子の側近候補の名前は、事前に知っていなければならないことだったが、前世を思い出した混乱と何も考えないでやった乙女ゲームの影響で、自分に直接関わってくる王子の名前以外、聞かされても頭に残らないようになっていた。
(騎士団のキッちゃん、魔術師団のマーくん)
たくさんいる攻略対象の中、小学生の従妹は確かそう呼んでいたが、さすがにそれでは不味いのはわかっている。
ため息をつく気配。身動ぐ気配。
ハッと左右の少女達に気づいて、アリエンナは安心する。
自分以外にも二人もいるのだ。なんとかなる。
このテーブルにやって来た三人の少年達と、立ち上がって挨拶を交わす。
アリエンナの左隣、ドウデモー侯爵令嬢との間にアレクシス王子。右隣、トーイデー辺境伯令嬢との間にキッちゃん。侯爵令嬢と辺境伯令嬢との間にマーくんが座った。
全員が着席すると、綺麗にアップされた頭に白い幅広のブリムを付け、黒のワンピースにフリルのついた白いエプロンを身に付けた、気品のある綺麗なメイドがお茶やお菓子をのせたワゴンを押しながら現れた。
音をたてずに、各々の目の前に香り高いお茶が置かれる。気づけば、テーブルの上には、色々な種類の美味しそうなお菓子ののった皿が幾つも置かれていた。
どうやら、他のテーブルにもお茶やお菓子が配られたようで、少女達の嬉しそうにざわめく声がする。
「ああ、君たちの美しさに、庭園の薔薇も褪せて見えるよ。さあ、その可憐な声をもっとわたしに聞かせてくれないか」
プリンス・チャーミングとの会話が始まった。
素で恥ずかしくなく、言えるから王子なんですね。