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デュアル・フィールド  作者: 太刀河ユイ(飛竜院在九)
第三章・怪盗ナイトレディとの因縁
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薫と涙子

 それからはあっと言う間だった。

 警察のヘリがナイトレディの投げたワイヤーでビルに固定され、身動きが取れなくなった。

 そのわずかな隙でナイトレディは逃走した。

 涙子さんの言った通り、あしらわれるように警察のヘリが敗北した瞬間だった。

 その光景はビルの屋上で眺めているしかできなかった僕だが、最後の仕事があった。

 葵さんを宥める事だ。

 柵に登ろうとするわ、手錠をナイトレディのヘリに引っ掻けて追おうとするわ、最後は叫ぶわでもう抑えるのには骨が折れた。

 涙子さんは笑いながらそれを見ていたが、少しは宥めるのを手伝ってほしいと言う思いでその笑い声を聞いていた。

 金庫に閉じ込められていた警部達は直後に源次郎さんが解放してくれた。

 ナイトレディとの話が終わるまで邪魔が入らないようにするはずだったんだそうだ。

 で、その源次郎さんがどうなったかと言うと、結論から言ってしまえばお咎めはなかった。

 金庫に幽閉した事は「ナイトレディが仕組んだ罠」だと京介さんが言い出して、源次郎さんはそれに合わせた。

 裏では、黙っている代わりにもう月島の能力を狙わないと言う条件を出していたようである。

 そして、社長室にはこんな手紙が残されていた。


『パパへ。これはついでにもらって行きますね。怪盗ナイトレディより』


 と、そこにはいつか見た巨大真珠とナイトレディのツーショット写真が同封されていた。

 京介さん、源次郎さん、そして葵さんは三人揃って頭を抱え、してやられたな、と項垂れていた。そう、あの巨大真珠は既に盗まれていたのだ。

 いつかはわからないが、本格的な警備が始まる前だろう。でなければ写真は用意できない。涙子さん曰く、


『確かに私の眼を取り返しに参上するとは予告したが、他に何も盗まないとは言ってない。と言うことだろう……してやられたな』


 涙子さんも同じく項垂れていたが、何がおかしいのか終始口の端が上がっていた。

 その後は京介さんへの説教だ。

 涙子さんは小一時間、この十年間のどういう気持ちでいたのかを問い正していたらしい。


「いや、空ちゃんが涙子の目を取った時は、そりゃ驚いたさ! お義父さんに追われていたのを知ったのはつい最近だし、空ちゃんと協力したのは今回が初めてだって! 全部お義父さんから涙子の目を取り返す為! 別に涙子を騙していた訳じゃ――」

「……はあ」


 涙子さんを溺愛している京介さんは、それはもう猛烈な言い訳タイムに入った。

 涙子さんの目を抉ったのは、涙子さんの『完全な失明』を防ぐ為だ。そのままでいたら能力を失い、両目の光も失っていた。

 涙子さんは冷静だ。ただすべてを問い正したかっただけなのだ。京介さんは慌てながらそれを説明していくと「ああ、わかっているよ」とだけ返して自分の部屋に戻って行った。

 京介さんと言えば、雪絵は騒動の最中まだあのビルにいたらしい。

 僕に頼まれてビルの中に入る事に協力した事をあっさりと話したと本人の口から聞いた時には、なるほどね、と思わず呟いた。

 それなら京介さんが僕が社長室にいても驚かなかった訳だ。

 そして、ナイトレディ。月島夜空の行方はわかっていない。あのまま逃げおおせたのだろう。

 ニュースでは巨大真珠はナイトレディによって盗まれてしまった、と報道された。

 もちろん、涙子さんの事も『瓶に保存された目』なんて単語は出る事はなかった。

 不思議だとは思うが、特に気にする事もないと京介さんは言う。月島家の情報操作って奴なんだろうか。……少し怖くなってきたぞ。

 あれからここでは仕事らしい仕事をしていない。たまに京介さんに呼ばれて、書類の整理を頼まれている程度だ。

 そして、丁度予告の日から一週間が経った頃だ。


「ん?」


書類を整理していると、ナイトレディが残した手紙を見つけた。同封されていた巨大真珠とのツーショット写真も込みだ。

 ああ、憎たらしい。

 あそこでどういう風に追い詰めていれば、あの人を捕まえられたんだろう。

 イライラしながら手紙に目をやると、なんとなく端が気になった。


「あれ、これ捲れるな」


 時間が経って剥がれたのだろうか。今京介さんは留守だし、涙子さんは今部屋に籠っている。あれから、ルークの散歩の時くらいにしか顔を見せないし、あまり口を効いてくれなくなった。少し気まずかったが、部屋まで行ってみよう。


「涙子、さん?」


 ノックを二回。はっきりと。寝ていなければ涙子さんは聞き逃す事はないだろう。音には敏感なのだ。


「薫か?」

「はい。ちょっと、いいですか?」

「構わんよ。入るといい」


 そういえば、涙子さんの部屋は初めて入るな。


「失礼します」


 緊張しつつ、扉を開けた。中はそんなに広くない。

物も少ない。やっぱり、目が見えない人にとっては物が少ない方がいいんだろうな。つまづくと危ないし。それに掃除は京介さんが細目にしているそうだ。

 代わりに、音楽プレイヤーが一台だけ机の上に置いてある。それがこの部屋の主役のようだ。


「君がここに来るのは珍しいな。それで、用があるんだろう?」

「はい。えと、この手紙なんですけど」

「……手紙。母さんのふざけた手紙か」


 あ。やばい、怒らせちゃったかな。それもそうか。この一週間気にしていたみたいだし。


「そ、そうなんですけど。これ続きがあって」

「君が音読してくれ。そんな事で力を使いほどじゃないだろう」

「で、では。えっと、涙子へ。首輪の裏を確認してね……以上です」

あれ、これだけ?

「それだけ、か?」

「は、はい」

「首輪と言えば、ルークか。これから散歩の時間だし、仕方ない。確認してから一緒に付き合ってくれないか?」

「わかりました」


 そして、僕らはリビングに降りた。

 何度か見た光景だ。涙子さんが落ちないように僕が先に降りて、涙子さんはゆっくりと階段を下ってくる。

 それに反応して、どこからともなくルークが現れる。今日は玄関にいたようだ。到着が早い。


「よう、ルーク」

「しかし、なぜあの女がルークの事を知っているのかな。こいつはほんの三年前、この家に来たと言うのに」

「そういえば、ルークって名前は誰が?」

「ルークは父さんがもらってきた犬でな。知り合いの調教師が付けたらしいんだが……意味は確か『光をもたらす者』だったかな」

「盲導犬にピッタリな名前ですね」

「私もそう思う」

「で、首輪の裏ですか」


 ルークは大人しい。涙子さんのピンチらしいピンチ以外は吠えないし、そんな事ないものだから吠えたところを見たことがない。怖がることはない。


「ごめんなー、ルーク。ちょっと首輪を拝借」

「わふ」


 小さく鳴いたルークは、簡単に首輪を外させてくれた。


「ん?」

「どうした?」

「いえ、裏に文字が彫ってあるようです」


 触った感覚で、何かが書いているのはわかった。なんだろう。

 軽い気持ちで裏返してみると、そこに彫ってあった書体はどこかで見たものだった。

 ナイトレディの予告状。それとまったく同じ書体だ。

 書かれていた文字は――


『月の涙に愛を込めて』


 さらに裏返す。

 そこには『ルーク』の名前が彫られていた。いつも使われているのはコチラ側だ。


「はは……」


 読み上げるのは無粋だろう。涙子さんは見ていたらしい。


「なんだかな、あの人には振り回されてばかりだ。はははは」


 乾いた笑い声だ。


「薫、私は何をしていたんだろうな」

「えっ?」


 涙子さんは、泣いていた。だが、それを悟られないように指でそれを拭う。

 見られてないと思っているのだろう。涙子さんはそのまま続けた。


「いや、なに。私は母親を確かに恨んでいた。だが、私の目を抉ったのは完全に光を見失う事を防ぐ為にやった事だった」

「……そうですね」

「そのふざけた写真を見る限り、怪盗業は好きでやっているようだがな。それでもだ。私は、母親の人生を奪ってしまったのかもしれない」

「夜空さんの人生を?」

「だって、そうだろう。私の目を抉る必要さえなければ、怪盗になる事もなかった。実の父親である源次郎に追われる事もありえなかった。何もかもそのままだ。盗作疑惑も曲が発表されれば覆っていたかもしれない」

「そんなの、僕にはわかりませんよ」


 ああ、無責任な返し方かな。


「私にもわからん。だが、なぜかな。不意にそう思ってしまったのだ。私がいなければ、あの親馬鹿夫婦は幸せだったんじゃないかって」

「それだと僕が困ります」

「なぜだ?」

「ファンでしたから。それに、ルークの名前」

「光をもたらす者か? ……そうだな、これは盲導犬のルークと言うだけの意味ではないよ。私の失明は必然だった。だが、この能力を失わなかったおかげで葵や君に会えた。皮肉だが、私にとっての光だよ……あの憎たらしい怪盗はな」

「そうかもしれませんね」


 盲目の探偵は、ずっと迷っていたのかも知れない。

 自分の目を奪われて、母親を恨んでいた。でも、そのおかげで失わなかった光があった。

 それには気付かなかったようだけど、そうしたからこそ僕らは出会えた。

怪盗様様だ。今度あったら絶対捕まえてやる。


「あの」

「なんだ?」

「一つだけ、はっきりさせようかなと」

「急だな」

「……これからも、あなたの助手をしてもいいですか?」


 彼女はただ笑っていた。

 目の端は微かに濡れたように見えたが、それを隠すように掌でおでこを覆って、彼女はいつものように低めの声でこういうのだ。


「ああ。これからもよろしく頼む」

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