第24話 秘密の告白
後日、私は仕事帰りの水瀬先輩を誘い、街角の静かな喫茶店に入った。
バッグの奥底から取り出したのは、この間買ったばかりの「桜色のノート」だ。これまで自分の内側を隠すように抱えていた古い黒いノートとは違い、この一冊は、私自身が選んだ「未来」の記録だ。
これを見せることは、私の希望を、他者の目にさらすことでもある。
……否定されるのではないか。夢見がちだと言われるのではないか。心臓が早鐘を打ち、指先がかすかに震える。けれど、今の私には、この計画を誰かに「現実」として共有する必要があった。
私は意を決して、ノートを広げ、先輩の前に差し出した。
「……これ、見ていただけますか。私、どうしても今の家を出たくて。……これが、私の計画なんです」
私の声は小さく、祈るようだった。
ノートには、家賃の予算から、生活費のシミュレーション、そして理想の部屋の切り抜きまで、私の未来が鮮やかに描き出されている。水瀬先輩は黙ってページをめくり、時折小さく頷きながら、一文字ずつ丁寧に目を通していく。
先輩があるページで動きを止めた。そこには、私が選んだオレンジ色の照明と、小さなテーブルのある部屋が貼られている。母の影も、支配の毒もない、純粋な「私の希望」だけがそこに詰まっていた。
先輩が顔を上げた。その瞳には驚きと、それ以上に温かい、静かな称賛の色があった。
「咲希さん、これ……すごいわね。自分でここまで考えてたんだ」
私の心の中に、じわりと温かいものが広がる。
「……はい。自分なりに、できる限り現実的な数字を書き出してみたんです。でも、どうしても……どこか抜けているんじゃないか、夢物語なんじゃないかって、自信がなくて」
すると先輩は、ふわりと目を細めて微笑んだ。
「自信なんてなくて当たり前よ。でもね、今のあなた、すごくいい顔で話してるわ。自分の未来のことを話す人って、こんなに輝くんだなって、見ていて嬉しくなった」
その言葉を聞いた瞬間、私の視界が熱く滲んだ。
いい顔をしている――。母に「あなたは一人じゃ何もできない」と言われ続け、佐藤さんに否定され続けてきた私が、他者にそんなふうに言ってもらえる日が来るなんて。私の計画は、単なる紙の上の数字ではなく、確かに私の人生を照らす希望として認められたのだ。
「……ありがとうございます」
言葉が震えて、それ以上出てこない。先輩はコーヒーを一口飲み、頼もしい声で言った。
「いいわよ、私でよければ協力する。週末、不動産屋に行きましょう。一緒に物件探し、付き合うわ」
先輩の力強い言葉に、私の心は決まった。
ようやく、私は私自身の人生を歩き出すための、最初の「共犯者」を見つけた。
母の支配という名の鎖を、一緒に断ち切るために。私はノートを閉じる。表紙の桜色が、カフェの暖かな照明を受けて、まるで春を待つ蕾のように輝いていた。




