表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
29/30

もんもんぐんぐん

「ヒャッハー!」

 

 夜明け前、髑髏の旗がはためく巨大な城に、野太い雄叫びが響き渡った。

 悪の軍団を率いる巨体の大帝王――もんもん。

 その隣で、静かに腕を組み、佇む影がある。

 闇の聖帝――ぐんぐん。

 二人が並び立てば、世界中の村が震え上がる。その名を聞けば赤子も黙る――はずだった。

 巨大な戦槌を掲げ、部下たちは歓声を上げる。

 

「オレ様たちの城は今日は平和だぜ! ヒャッハー!」

 

 城は平和だった。

 

「まずは洗濯物をぶちこむぜ……ヒャッハー……ってもんよぉ……」

 

 洗濯場に、もんもんは立っていた。

 

「もんもん。声が大きい。」

 

 背後から、抑揚のない声が飛ぶ。

 闇の聖帝ぐんぐんは、腕を組んだまま洗濯機の型番を睨んでいた。

 

「聖帝様も手伝えよ! ヒャッハー!」

「帝王は畳まぬ、洗わぬ、乾かさぬ」

「口だけかよ!」

「効率を最適化しているのだ、もんもん。無駄な雄叫びは水道代の無駄でもある」

「細けぇこと言うない!」

 

 もんもんは巨大な体で洗濯機の蓋を開ける。

 

「ガラッ」

 

 放り込まれるのは、返り血に染まったシャツや、泥まみれのズボン。返り血の由来は誰も聞かない。聞くと長くなるからだ。

 

「ドラム式じゃねーから気をつけな!」

 

 横で家事担当の部下が忠告する。

 

「前に爆発させたもんな……」

「あれは敵の爆弾が入ってただけだ! ヒャッハー!」

「敵の爆弾を洗濯かごに放置していたことこそ問題だと思うが」

 

 ぐんぐんが静かに指摘する。

 部下たちは何も言えなかった。正論だったからだ。

 棚から取り出したのは、禍々しい紫色の洗剤。

『デスウォッシュ 極悪の香り』

 

「汚れも敵も、これで地獄へ落としてやるぜ!」

 

 豪快に洗剤を投入。

 

「規定量の三倍だ、もんもん」

「気合いは正義だろうが!」

「気合いで洗浄力は変わらぬぞ」

 

 洗濯機はゴウンゴウンと唸り始めた。心なしか苦しそうだった。

 

「ヒャッハー!」

 

 なぜか拍手が起こる。

 家事ですら、悪の軍団ではイベント扱いだった。

 

「柔軟剤……?」

 

 棚に置かれたピンク色のボトルを見て、もんもんは腕を組む。

 

「使うか迷うぜぇ……」

「使え」

 

 即答したのはぐんぐんだった。

 

「聖帝様が言うなら間違いねぇな!」

「静電気は聖帝の威厳を損なう。マントが髪にまとわりつくのは看過できない」

 

 もんもんは少しだけ栓を開け、香りを嗅ぐ。

 

「……いいニオイだな」

 

 ふわり。

 甘い花の香りが鼻をくすぐる。

 

「いい匂いにしたら、部下どもにモテちまうかもしれねぇしな……」

 

 その想像だけで顔がにやけた。

 背後では部下たちが勝手に妄想して盛り上がっている。

 

「総帥! 今日なんかいいニオイっす!」

「ヒャッハー!」

「抱いてください!」

「ヒャッハー!」

「聖帝様もいい香りっすね!」

「私はもとより無臭を心掛けている。気配を絶つのも支配者の嗜みだ」

 

 もちろん、もんもんの妄想は全部想像だった。ぐんぐんの発言だけは本気だった。

 

「……よし、半分だけ入れるか」

 

 悪にも節度はある。

 

 青空の下、洗い終えた服を物干し竿へ掛けていく。

 

「天日干しだ!」

 

 太陽の力で嫌なニオイも吹き飛ぶ。

 風に揺れる黒いシャツ。

 髑髏のマーク入りタンクトップ。

 トゲ付きベスト。

 そして、やたらと裾の長い漆黒のマント。

 

「聖帝様のマント、干すのめんどくせぇんだよ。長すぎだろ」

「威厳とは長さに比例する」

「洗濯物としては迷惑なんだよ!」

「では見ていろ、もんもん」

 

 ぐんぐんが物干し竿を静かに手に取る。

 

「……? 何すんだよ?」

 

 次の瞬間。

 

「――『闇風車・乾(あんぷうしゃ・かん)』」

 

 低く呟いた声とともに、ぐんぐんは物干し竿を大きく振りかぶった。

 ブンッ、と空気が唸る。

 竿は目にも留まらぬ速さで回転を始め、干された服という服が一斉にはためいた。

 

「うおおおっ!?」

 

 もんもんが吹き飛ばされそうになる。

 黒いシャツが太鼓のようにバサバサと音を立て、トゲ付きベストが遠心力でギシギシと軋む。

 部下たちの帽子が次々と宙を舞った。

 

「聖帝様ぁ! 髪型が!」

「威厳の風だ。耐えろ」

 

 竜巻のような風が渦を巻き、洗濯物という洗濯物から水分が弾き飛んでいく。

 わずか数十秒。

 ぐんぐんが竿の動きをぴたりと止めると、辺りは嘘のように静まり返った。

 

「……乾いてる!?」

 

 もんもんが慌ててシャツに触れる。

 パリッと乾いた感触。生乾きの気配すらない。

 

「聖帝様、これ何の技だよ!?」

「闇の力で大気中の分子運動を加速させ、水分の気化を早めているだけだ。大した技ではない」

「めちゃくちゃすごいだろ!? 毎回それやれよ!」

「毎回使えば有難みがなくなる。それに――」

 

 ぐんぐんは物干し竿を肩に担ぎ直す。

 

「――威厳ある技を安売りするものではない」

「結局かっこつけたいだけかよ!」

 

 部下たちが遠巻きに拍手を送る。

 

「聖帝様ー! もう一回見せてくださいー!」

「乾いたものにはもう使わない。無駄だ」

「ケチくせぇ!」


 結局、二人で全部干した。片方はただ竿を振っただけだったが。


 乾いた洗濯物を丁寧に畳む。

 四角く。

 角を合わせ。

 きっちり重ねる。

 

「たたむのはめんどくせぇけどな……」

「もんもん、そこは三つ折りだ。二つ折りでは型崩れする。」

「うるせぇ細かいんだよ聖帝様は!」

「大帝王、お前の畳み方は雑という名の個性だ」

「褒めてねぇだろそれ!」

 

 しかし積み上がる服を見ると、不思議と気分が良かった。

 

「ちゃんとやらねぇと、城が汚くなるからな」

「城の秩序は、支配の基本だ」

 

 部下たちも真似をして畳み始める。


 湯気の立つ黒いマグカップを両手で包み、もんもんは静かに窓の外を眺める。

 隣には、同じように紅茶のカップを持つぐんぐんの姿。

 城の中は、どこも整頓されていた。

 洗い立ての服。

 掃除された廊下。

 磨かれた鎧。

 

「清潔な城は健康にもつながるし……」

 

 もんもんが一口飲む。

 

「……いい気分だぜ」

「同意する」

 

 珍しく、ぐんぐんも短く頷いた。

 

「たまには洗濯も悪くねぇな、聖帝様。あの技、本当便利だよな」

「便利さのために技があるわけではない。悪の帝王として、たまには己を律するのも一興、というだけだ」

「難しい言い方すんなよ」

 

 部下たちは、その夜も宴会で大騒ぎしていた。


 世界中の人々は知らない。


 恐れられる悪の帝王たちが、明日の天気を気にしながら洗濯物を取り込む毎日を送っていることを。


 悪の城は、今日も平和だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ヒャッハー! 城はまとめて消毒だーー! ヒャッハー! 洗濯物もまとめ洗いだーー! ヒャッハー! 脱水乾燥(物理)だーー! ヒャッハー! 土日はアイロンがけもしっかりやるぜーー! これは、もんもんぐん…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ