もんもんぐんぐん
あれは駅前に新しく出来たラーメン屋に、母と妹と私の3人で入った日の話。
その店は、フードコートのような作りになっていた。
長いテーブルが6つほどあり、客がラーメンをカウンターまで受け取りにいく。街のラーメン屋としては、あまり見ない形式だなと思った。
店内には豚骨系特有の匂いが漂っている。食欲をそそるいい匂いだ。
席につくと、母が難しい顔をしてメニューを見ている。
「どうしたの?」
「このラーメンには、もんもんぐんぐんが入ってる」
表情や口ぶりからすると、母はもんもんぐんぐんが嫌いなのだろう、と想像がついた。
「へえ、そうなんだ」
私は平静を装って答えを返したが、脳内で『もんもんぐんぐん』とは何か? と必死にラーメン知識を総動員させた。だが、我こそはと名乗り出るものはいない。
これでも私は、ラーメン屋にはよく通う方で、知識もそれなりにあると自負している。それなのに私はもんもんぐんぐんを知らない。母が当然のように話をしているのが悔しくて仕方がなかった。
ちらりと、横目で妹を見れば、うんうんと頷いている。妹も、もんもんぐんぐんが好きでは無いようだ。私と同じく知ったかぶりをしていなければ、だが。
メニュー表を食い入るように見る。だがその写真からは、特に変わった具材は見当たらない。
もんもんぐんぐんの是非について、母と妹が会話をしていると、斜め向かいに座っていた男性がこちらを振り向いた。彼もラーメンには一家言あるらしい。
「でも、ここのラーメンは、出汁をとる段階から、もんもんぐんぐんが入っていますからね」
ここに来て新情報。
もんもんぐんぐんは、具材ではなく出汁をとる素材ということか? それならば写真に写っていないのにも納得はいくが……母がメニューを見ただけで、どうしてもんもんぐんぐんが入っていると分かったのかという疑問は残る。
男性客と、母は初対面のはずだが、すっかり意気投合して話し合っている。もんもんぐんぐんが好きか嫌いかで立場が逆のはずだが、そこは争いの原因にはならないらしい。いや、母がコミュ力お化けなだけかも?
二人の会話をうっすら聞きながら、もんもんぐんぐんに想像を巡らせるが、それは分厚いヴェールの向こうに、佇んでいる。いくら呼びかけても、その声すら聞かせてはくれない。
その奥ゆかしさには恐れ入る。だが、それも時間の問題。私は心の中で、肉食獣の笑みを浮かべた。
私は一番ベーシックな『らぁめん』をチョイス。これならば確実にもんもんぐんぐんが入っているはずだ。
「おにい、いつもはマシマシで頼むのに珍しいね」
横でスマホをいじっていた妹が、話しかけてきた。もんもんぐんぐんと顔見知りだからか、態度には余裕が溢れている。
持つものと持たざるもの、私は忸怩たる思いを胸の奥底に隠し、笑みを泛べて見せた。
「初めてくる店だからね、基本の味をまず抑えておかないと」
「ふーん?」
ラーメン通ぶった私の意見に、妹は納得いっていないご様子。
……カンの良いガキは嫌いだよ。
そうこうしているうちにも、ラーメンは作られていたらしい。
まず、母がカウンターに受け取りに行った。
すぐに戻ってこない母に疑問を覚え、カウンターの方に目をやると、こちらに背を向けたまませっせと何かを選り分けている姿があった。
私は激怒した。
必ず、かの邪智暴虐の母を諭さなければならぬと決意した。私にはラーメンがわからぬ。私は、にわかのラーメン通である。ホラを吹き、知ったかぶりで暮して来た。けれどももんもんぐんぐんに対しては、人一倍に敏感であった。
◇
「おにい、だから言ったじゃない。早くその取り皿を渡して? おにいがもんもんぐんぐんを欲しがっている姿を、皆に見られるのが、たまらなく恥ずかしいの」
私は、ひどく赤面した。




