↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
93/138

終焉の設計図(ラスト・ブループリント)、あるいは瓦礫の玉座で聴く「慈雨」の如き残響

パリの冬。その静謐は、鋭利な剃刀のように僕の肺胞を切り裂き、無機質な暴力となって降り積もる。


ル・マルレ・ジャズ・オーケストラの常任ディレクター。その椅子は、栄光の座などではない。伝統という名の錆びついた鎖でがんじがらめにされた、処刑台の特等席だ。僕がこの数ヶ月間で行ってきたことは、音楽の創造ではない。それは「古い血」を抜き取り、「新しい毒」を注入する凄惨な外科手術に他ならなかった。


昨夜の公演は、確かに成功だった。


だが、朝のコーヒーの前に届いたオクレールからの電話が、その達成感を一瞬で吹き飛ばした。


「メグ・ポッターのソロ・リサイタルを、六週間後に組んだ。ブルーノート・ワークショップの名前で、パリとニューヨークの批評家を呼ぶ。彼女の音を世界に届ける準備が整った」


電話を切り、僕はデスクのスコアを見つめた。


隣室でローズの音がしている。いつも通りのメグだ。だが、今朝だけはその音が、別の意味を持って聴こえていた。


「……ショーン。聞こえてましたか? オクレールさんの電話」


ドアが開き、メグが顔を出した。彼女の青い瞳は、いつものように静かだった。


「……聞いていた」


「どう思いますか」


「お前の才能にとって、必要な場だ」


「そうじゃなくて」


彼女は部屋に入り、Fender Rhodesの前に座った。


「キミが、どう思うかを聞いています」


「……僕には関係ない。お前のリサイタルだ」


「嘘つき」


彼女が、鍵盤の上で指を静止させた。


「キミはずっと、あたしの音が自分のものだと思っていた。あたしも、そう思っていた。でも——ステージに立った時、あたしは気づいたんです。音は、誰のものでもない。ただ、その瞬間に生まれて、消えるだけ。……キミの設計図の中だけじゃ、鳴らしきれない音が、あたしにはある」


その言葉が、僕の胸に、静かに深く刺さった。


「……分かっている」


「怒っていいですよ」


「怒っていない。——ただ」


「ただ?」


「お前がいない場所で、僕の音がどうなるのか。それだけが、分からない」


メグは、しばらく黙っていた。


それから、ローズの鍵盤を、そっと一音だけ鳴らした。Fの音。それはボストンで僕たちが最初に合わせた音だった。


「——それを見つけるのが、キミの次の仕事ですよ、ショーン」


窓の外では、パリの冬の雨が、静かに雪へと変わり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。