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もうひとりのアンジェラ

今までおつきあいいただきありがとうございました!!

これで完結です!!

ここは、(いにしえ)の戦士ゴグマが、母のもとに還り、アンジェラたちが名残惜しげに立ち去って、静寂が訪れた波打ち際。霧がふきとばされ、空には三日月が煌々と輝いていた。

 

廃墟から跳躍し、月を背に舞い降りてくる人影があった。

体重を持たぬような人外の身のこなし。

漆黒の衣をなびかせ、世にもおそろしい鬼面をかぶっていた。


凄まじい異形なのに、蒼白い月を背後に跳ぶその姿は、まるで一枚の墨絵のように美しかった。

羽毛のように、ふわりと地面に降り立ち、その人物は鬼面を取り外した。


「ふう」


軽く振った髪が夜に流れる。


警備隊の皆がこの場にいたら驚きで金縛りになったろう。


アンジェラと瓜二つの顔が、興味深そうに、ゴグマとアンジェラの死闘あとを眺めていたからだ。


「ふうん、そっかあ。今の子がぼくの片割れなんだ。でも、がっかりだなあ。あんな相手にあそこまで手古摺るなんて。いくら龍気しか使えないって言ってもさ」


ふくれっつらで呟くと自然体でかまえをとる。


「……ボクならここで、こうかわすでしょ。それから、こうかなあ。えい、やっ!!」


アンジェラが目撃したら、それがゴグマ戦のシュミレーションだとすぐに気づいたろう。


可愛らしい小さな掛け声とともに、その肩から先がかき消えた。

まるで高速回転する刃が見えなくなったかのようだ。

ぶううんっという唸りとともに、その手が再びあらわれたとき、手刀を振り下ろした形を取っていた。

むう、と形のいい眉をしかめる。


「あー !! もう!! むかつくったら。こんなんじゃ、一発で終わらせられやしない。今日は絶不調!!」


不貞腐れて頭の後ろで手を組み、ぷいっと海に背を向けてしまう。

その台詞がなにを意味するか、アンジェラが知ったら顔色が変わったろう。

それは、ゴグマを仕留めるのに必要な攻撃回数だった。


そして、それは自惚れではなかった。背後でばあんっと波飛沫があがった。


魔法のように、海面がまっぷたつに裂けていく。


この佳人の手刀の一閃は、その延長戦上の海を叩きわり、海底の砂地をむき出しにした。

一拍おくれ、雷のような爆発音が轟き、海を割る衝撃波が沖に走り抜けてく。

出現した水の壁の果ては見えなかった。

まるで神話の雲つく巨人が力尽くで海水を押し開いたような異常な光景だ。

その威力は、アンジェラの渾身の奥義〝星屑(ほしくず)〟をも凌駕するものだった。


「ぷえっ!! 潮と砂でべとべとする!! 気持ち悪い!! だから、海の近くは嫌いなんだ。ぼくの絶不調も海のせいだよ」


海水の飛沫が大量に混じった風をまともに浴びてしまい、顔をしかめる。

体にはりついた黒衣のシルエットが、未成熟だが女性であると示していた。

アンジェラの全身全霊の一撃に匹敵する技にもさしたる感慨はなく、ただ肌がべとつくことの不平不満しか頭にない。

価値観も力も人界を大きく逸脱した怪物だった。


「ねえっ、ムウムウ!! 君も海なんか嫌いだよね! 隠れてないで出ておいでよ」


無邪気な声で同意を求め、くるっと振り向く。 

男女を超越したその中性的な美しさは、天使としか例えようがなかった。

立ち振る舞いまで華があった。


だが、見る人が見れば、その美の危険性に戦慄したはずだ。

彼女はその超越性をもって、男女を問わず、正気を失わせるおぞましい存在だと。

魅了された人間達は、彼女の気まぐれに一喜一憂し、その歓心を買う為に、人殺しも辞さなくなるだろう。 


傾国という呼び名がふさわしいこの少女は、人智を超えた戦闘能力と、奔放な(さが)を併せ持つ、破滅の爆弾そのものだった。


「みいつけた。ほぉら、ムウムウ出ておいで」


くすくす笑いながら、とんっと軽くつま先で廃墟の一角を蹴る。

どぱんっと音がして、建物丸々ひとつがが一瞬で砂状になって崩れ落ちた。


切り裂くのでも、叩き潰すでもない。アンジェラの武術の数段上をいく、物質の結合破壊だ。蹴りの威力を完璧に対象に叩き込めてはじめて成しうる神業(かみわざ)だった。


砂山がぼこぼこっと盛り上がり、もじゃもじゃ頭の小男が這い出してきた。


「む、むう」

 

ぶはっと口に入った砂を吐き出すさまを見て、少女は笑い転げた。


「あはははは!! ムウムウ、ひつどい顔。モグラみたいだ。面白い!!」


「ミ……ミシュエラざま!! ごめんなざい!! ワズ、大切な駒をひとづ無駄にしでしまっだ」


ムウムウと呼ばれた小男は、砂山から転がり落ちるやいなや土下座した。

フードに入り込んでいた砂を、頭からざばあっとかぶってしまう。


ミシュエラと呼ばれた少女が大爆笑した。

まるで道化のようだが、ムウムウ本人は悲壮そのものの顔をしている。


「ワズ、ミシュエラさまにあわぜる顔がない。だがら、ごごに隠れてだ」

 

砂まみれの顔は、悔し涙でだんだら模様になっていた。まるでピエロの出来損ないであり、それがいっそうミシュエラの笑いを誘ったが、ムウムウはそれどころではなかった。


「ワズ、あのゴグマを完全に蘇らせだのに!! あんにゃろう、ミシュエラざまと戦うよう命令じだら、いきなりワズの乗った小船を沈めやがっだ!! あんな゛沖にまで地脈が移動ざえじでなけりゃ…!!」


ミシュエラの前で恥をかかされ、悲憤のあまり地面を叩いて号泣するムウムウに対し、ミシュエラはいたく嗜虐心をそそられた。わざと悲しい顔をつくり、睫毛を伏せる。


「うん。ゴグマ君って強かったって聞いてたからさ。ぼくも対戦楽しみにしてたのに、がっかりだよ……。さすがムウムウって期待してたのになあ」


その言葉にムウムウは悲鳴をあげ、ミシュエラのほっそりした脚に必死にしがみいて懇願した。


「ワズを見捨てないで!! ミシュエラざま!  罰を! どうか罰を与えでぐだせぇ!! ワズがミシュエラさまの愚かな奴隷だというあかしの傷を…!!」


ふつうの感覚だと、え、こいつ何言ってんの? と眉をひそめる願いだったが、ミシュエラ的には満点の反応だった。


「ふうん、そんなに罰が欲しいの?」


ミシュエラは唇の端を三日月のように歪め、足元でうずくまって泣き喚くムウムウを見下ろした。

その冷たい眼差しを受け、期待に全身をふくらませ、ムウムウが絶叫する。


「ほ、欲じいでず!!」


「いいよ。じゃあ、特別に奥まで……入れてあげる」


ミシュエラがちろりと舌先で唇をなめ、ムウムウが涎を流さんばかりにそれ見惚れたとたん、彼の額がぱっくり裂けた。白い骨が傷口の奥に見えた。まるで最初からそこに切り目があったかのような超絶の武技だった。目にも止まらぬ蹴りをかすめさせたのだ。


驚いたようにようやく血玉がぽつぽつ膨らむその額の傷口に、ミシュエラはほっそりした指をめりこませた。がりがりと容赦なく引っかくと、驚くほど大量の血飛沫が飛び散った。


「うふふ、ムウムウの頭蓋骨にボクの名前彫っちゃった」


「~っ!!! 」


声にならぬ叫びをあげ、ムウムウは痙攣した。

業火の痛みと悦楽で瞬く間に絶頂に達した。


ムウムウの血をわざと受け、ミシュエラが艶然と笑う。

その微笑は蟲惑。人を狂わす猛毒。


「あ~あ、ムウムウの血で、ボク、こんなに(けが)されちゃったよ。責任取ってよね」


そして、指先についたムウムウの血を舐め、自らの唇に紅をひいた。


「……も゛、もっだいない!! ワズの血でミシュエラざまがお化粧を!! ヴっ!!」


感激のあまりついにムウムウは失神した。

白目をむき、びくんびくんと身をふるわす。


ミシュエラがくすくす笑いながら、しゃがみこみ、その痴態をじいっと観察する。


「おもしろいから、ムウムウの恥ずかしいとこ、全部見ててあげる」


この世のものとは思えぬ残酷な美しい笑顔が、頬杖をつき、息のかかる距離でささやく。


「ミ、ミシュエラざま……!!」


最低のぶざまを晒している恥辱と興奮で、ムウムウは幾度も桃源郷を彷徨った。

ミシュエラの視線を独り占めしているこの至福が、永遠に続けばいいのに……。


「……あ、でも、あんまり仮面はずしてると、メディア様に怒られちゃうからね。はい、ここまで」


「あ……」


あっさりとミシュエラは再び鬼面をつけ、素顔を隠した。

ムウムウが落胆のあまり、涙を浮かべるさまを愉しそうに眺める。


「心配しないでも、ムウムウにはまた素顔を見せてあげるよ」


ミシュエラは鬼面をずらし、美貌をわざと半分のぞかせてほほえんだ。

雲間からのぞくまっさおな月のように、それはムウムウの心奥に、ぞっとするほど深く突き刺さった。


「だから、ムウムウ。これからも、ぼくに力を貸してよねっ。君の死霊術にはほんとに期待してるんだから」


差し伸べられるその白い手。

それは天使の誘いか。あるいは悪魔の罠か。

ムウムウは両手でおしいただいて感涙した。


「ワズの命にがえでも !! 目星をづけでいる死人どもは、まだまだ無数だにございまず!!」


「楽しみだなあ。次は剣士とか八つ裂きにしてみたいなあ」


夢見る乙女のようにほうっと上気した頬で、かぐわしい息をつくミシュエラ。

だが、台詞は物騒極まりない。


伝説級の戦士たちをよみがえらせる目的は、ミシュエラに屠らせるためだった。彼女を究極の怪物に成長させ、やがて地上最強の今代の聖女ホワイトを打倒できるようにと……。


そして、この無邪気な魔性のミシュエラとアンジェラはいずれ雌雄を決する運命にある。


同じ顔を持つ対極の二人。


その激突がいつなのか、勝者はどちらになるのか、それは夜空を寒々と照らす月にも、天蓋に張りつく無数の星屑達にもわからない。そして、ミシュエラの背後には、人の生死すら弄ぶ、宇宙の深淵の大魔女メディアがいる。


宿命の戦いの歯車は、まだ回り始めたばかりだ。

お読みいただき感謝です!!

念願の完結済みマークがやっとつけられます。

ありがとうございました!!

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