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エピローグ

「んでさぁ? 結局あたしら、あんたの気持ちを聞いてないんだよねぇ」


 放課後の手芸部にて、面談でも行われているような配置で僕らは座っていた。

 共有スペースにあるソファーに座らされた僕と、その対面に座る詩由、望月、坂ノ下。

 なぜか説教をされている気分である僕の背筋はビンと反り立っていた。


「はは。いやぁ、三人の気持ちを聞いてからまだあんまり時間経ってないし、僕としては考える時間が欲しいな~なんて」

「兄さん。そういう男が優柔不断だと、世間一般では言われているのですよ?」


 コーヒーカップに口をつけ、優雅にキツイことを言ってくる詩由。


「そうそう。今弦二君が下校中に後ろから刺されたって、何も文句言えないわよね」


 腕を組みながらうんうんと、難しい顔で頷いている望月。


「えっ? なんで望月、あんた上乃のこと下の名前で呼んでんの?」


 僕を責めている立場だったのに、急にうろたえ始めた坂ノ下。


「別にいいじゃないの。もう知らない間柄でもないわけだし、弦二君もいいわよね?」

「まあ、僕はあんまり気にしないから構わないよ」

「じゃ、じゃああたしも弦二って呼ぶから! あんたもあたしのこと、夏って呼んで」

「ちょっと坂ノ下さん! 何を便乗したついでに抜け駆けしようとしてるのよ。弦二君? 私のことも名前で呼んでいいからね?」

「はぁ……こんな低レベルな争いをしている方たちが私の恋敵だなんて」


 一人高みの見物をしている詩由が、言い争っている二人を見て溜息を吐く。それを見た二人が今度は詩由を標的にしてにらみを利かせ始めた。

 しかしこの状況……本当にどうしたらいいんだ?

 この近日中に僕の中でいろんなことが起きたのだが、結果的に三人の女の子から好意を抱かれるようになってしまった。やはり一人の男として好意を抱かれるのはもちろん嬉しい限りではあるのだけれど、こうもいっぺんにとなるとどう収拾をつければいいのか、今の僕には見当もつかない。


「そういえばおまえら妙に仲良くなってるよな? 僕の部屋で起きてから」


 あの時の僕は随分と長い間眠っていたらしい。どうしてそんなに長い間寝ていたのか、そんなに楽しい夢でも見ていたのか、僕には思い出せない。

 僕は朝から夜中の九時過ぎまでずっと眠っていたようだった。目を覚ました時、心配そうに僕の顔を覗き込む三人が目の前にいて、とりあえずなぜ三人が僕の部屋にいるのかと驚いた。こんな時間にどうして女の子三人が僕の部屋にいるのかと。

 そんなことがあってから数日の経った今、僕の睡眠時間は至って普通の長さとなっている。それと、起きた直後に何かを忘れてしまったような、何かがスッポリと抜け落ちる感覚も今ではもうない。あの感覚の正体が一体何だったのか――今はもう知る由もなかった。

 もしかすると、変な夢でも見ていたのかもしれないな。何も思い出せないけど、いつか記憶の底から浮かび上がってきたりするんじゃないだろうか?

 何かに導かれたり、記憶を掘り起こされるような感覚も、今ではもう起きない。もしかすれば、いつからか何かが始まり、そして既に終わりを告げたのだろうかと、そんな推測を立ててみるけれど、根拠も何もないただの僕の想像だ。

 しかしそのおかげでこんな……いや、嬉しいんだけども、この中から誰か一人を選べと言われても、それは困る。

 そこで僕はある一つの選択肢を、目の前で睨みあっている三人に提示した。


「ちょっと考えたんだけどさ、その……まずは仲のいい友達からってのは……?」


 ギンッ! と、一瞬だけ六つの目が僕の身体を突き刺したように見えたのだが、


「……でも、確かにそうですね。今となっては兄弟の垣根を越えて恋愛に発展させるというのも、少々性急すぎたかもしれません」

「私も……とりあえず弦二君のことをもっともっとよく知りたい。そもそも私はそこまで会話したこともなかったから、友達からでもありかなってちょっと考えてたの」


 詩由と望月は賛同してくれるようだ。だが、妹から友達って……どうなんだ?


「あ、あたしもその……ってか、これまであたしって仲のいい友達の部類には入ってなかったの?」


 モジモジしてからまた急に僕を責めるような目で睨みつけてくる坂ノ下。まあ確かにこいつとは元々仲良かったしな。


「なんていうかさ、その……下心が全くないってわけじゃないんだけど、僕たち四人だったらもっと絆を深められるような気がするんだ。僕が言うなんて烏滸がましいけど、いずれ僕はお前らの誰かと付き合ったりするかもしれない。でもさ、僕ら四人が繋がっている今の関係なら、その先にある幸せを四人で探せるんじゃないか?」


 なんだか恥ずかしいことを言っているような気がして、顔が熱くなるのを感じた。


「はは、どうかな? ちょっとだけ寄り道してみないか? 今この瞬間にしかない幸せを探しにさ」


 柄にもない僕の熱弁に、三人は面食らった顔をしていたが、誰かがぶふっ、と噴き出した。


「今この瞬間にしかない幸せ……ですか。確かに、四人でなら見つけられるかもしれないですね」

「きっとあるわ。私たちになら見つけられる。そんな予感がする」

「あたし……こんなにワクワクするの初めてかも。あんまり友達いなかったからかな?」


 望月に告白してからというもの、時の流れがあっという間に過ぎ去っていくような感覚でいた。だけどこれからはそれがゆっくりと、穏やかに流れていくのだろう。

 僕たちはまだまだこれからいろんな世界を見続けていく。いろんな景色を見て回り、様々な感情を共有して、ありふれた幸福を分かち合う。

 そしていつかはそれぞれの道を歩み始めようと、過去を思い出に置き換える。

 その時、僕の隣には誰が歩いているのだろう?


「そういえば涼音さんは元気なの?」

「ああ。今度遊園地に一緒に行きませんか? って誘われた」

「す、涼音さんが? さすがに涼音さん相手となると手ごわいですね……」

「いやいや、おまえはいったい誰を相手にしようとしてるんだよ」

「いえ……それもないとは言い切れないわね。涼音さん、公民館でいっつも弦二君の話しかしないんだから」

「涼音さんかぁ。綺麗だったもんなー」

「それはないから、安心してくれよ」

「えっ? 今のだれに言ったの? ねぇっ!」


 もう少しだけ、僕は彼女らの境界にいたい。

 境界線に立ち、彼女らが自分の人生を煌めかせる瞬間を、僕はまだ見ていたいんだ。


「それにしてもおまえらって、いつ仲直りしたんだ? 僕が言うのもなんだが、お互いに闇討ちでもしそうなくらいギスギスしてただろ」

「そうねえ? なんでだったかしら?」

「はて…………そういえば兄さんの部屋で目覚めたら、妙にあなたたちに親近感が湧いていたのですよね……」

「うん。なんだか、誰かに導かれたみたいだったよね」


 顔を見合わせ首を捻る三人。真剣に悩みだした三人が無性におもしろくって、僕はつい笑ってしまった。


「ははっ、もしかすれば、だけど」


 だから、こんな単純な言葉が出てきたんだ。


「幸せな夢でも、一緒に見ていたんじゃないか?」


これにて終わりです。

ここまで読んでいただいた方、本当にありがとうございました。

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