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シンジケート  作者: Tohna
東京・千葉
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第9話 エニグマ

Sonoda!(園田) ça fait(久しぶりだな)gtemps!

 ジャックは羽田空港に今朝のエールフランスの便で到着し、リムジンバスで海浜幕張駅までやって来て、WBCワールドビジネスセンター南棟にあるガビアータ幕張の事務所で出迎えた園田に人懐っこい表情を見せた。


 ガビアータは「カモメ」の意味を持つスペイン語だ。

 このチームの前身は千葉県最大の企業である川島製鉄の社会人チームで、プロリーグであるジャパン・サッカー・リーグが創設されて以来30年近く降格することなくJSL-A(一部)の地位を維持してきた。


 しかしタイトルには無縁で30年間JSL-Aにいる、それだけのチームである。


Comment(調子はどうだ) vas-tu? Jacques(ジャック)

 園田は長年フランスで活躍してきただけにフランス語でのやり取りは全く問題ない。


「ところでジャック、そちらさんは?」


「ああ、すまない。友人のヴァンサンだ」


「ヴァンサン、園田宏だ。ソノダとジャックには言われているけど、ヒロシってフランス人には発音しにくいみたいだね」

 H(アッシュ)を発音しないため、ジャックやほかのフランス人選手はみんなソノダと呼んでいた。 


「イロシ、って呼んだらこいつ怒るんだ」

 と、横からジャックが茶々を入れる。


「ヴァンサン・バイヤールです、よろしく、園田さん」

 印象を良くしようと、ヴァンサンは丁寧に挨拶をした。 


「あなたもサッカー関係者かな?」

 

「いえ、私はパリ警視庁の警部です」

 園田は驚いた。


「警部さんがどうして?」


「いやあ、休暇で日本に来たんですよ。ジャックと日程がたまたま合ったのでここにもお邪魔させていただきました。」


「そうでしたか。さあ、立ち話も何ですからあちらの応接室へどうぞ」

 そう促されると、二人は園田に続いて応接室へ歩いて行った。


(ヴァンサン、君の奥さんは放っておいていいのかい?)

 小声でペリーヌの心配をするジャック。


(いや、ジャックの奥さんが居たら一緒に東京観光でもしてもらおうと思っていたんだが…君がヤモメじゃ仕方ない)

 ジャックは一度結婚したが二年と持たずに離婚した。それ以来独り者を貫いている。子供はいない。


(まあペリーヌはあいつとうまくやっているだろう)

 あいつとはニコラのことだ。


 昨日、シャルルドゴール空港から羽田への直行便に搭乗して席についていると同僚刑事のニコラが通路を歩いてきたのだった。


(ヴァンサンのやり方を習得したってわけだな。ははは!)

 ジャックの冗談には笑い事じゃない、と少しむくれるヴァンサン。


 ヴァンサンが日本行きを提案したときに小躍りしたように、ペリーヌは日本へ一度どうしても来てみたかったようだ。


 ペリーヌはわずか一週間で様々な情報を調べ上げて、どこを観光し、土産物は何を買うか完璧なプランを立てていた。

 

 それでも初めての国で言葉も通じない日本では心細かろうと、ニコラはペリーヌのチェックイン手伝いを済ませたらこちらに合流すると言っていた。

 パーフェクトなサポートだった。


 応接室に通されると、スタッフの若い女性が冷たいお茶を持ってきた。


 そして園田と一緒にリザーブチームの監督、高橋を伴って入って来たのだった。


「ジャック、今回は君に申し訳ないことをしたね」

 そう園田が切り出すと、


「ソノダ、まあこんなことは滅多にあることじゃない。しかしサルペートリアルFCへの移籍は白紙になったのはこちらには責任はない。補償を求めさせてもらう」

 と、ジャックは極めてビジネスライクに応えた。


「優吾は犯罪に巻き込まれたんだ。我々ガビアータに落ち度があるとも言えないだろう?」

 園田の反論も真っ当なものだ。


 ジャックはそれでも強い態度で迫る。

「しかし、ユウゴに必要なサポートをおろそかにした誹りは免れんぞ。フランスにいた君だ。そんなことも分からない訳はないだろう?」

 

「何が望みなんだ」

 園田はある程度の落としどころを用意しているように見えた。


「回復したら、ユウゴをオレたちに預けてくれ」


「いや、それは断る」

 

「断る? まさか! ソノダにそれを口にする権利はないはずだ」

 暫し沈黙が流れた。グラスの中の氷が解けて、カラン、と音を立てた。


「少なくとも、優吾の意向は聞いて欲しい。アイツだってプレーする場所が必要だ」

 園田は沈黙を破りそう言ったが、


「おいおい、昇格やリザーブチームでの試合の出場機会を奪っているのは、君と高橋さんだって話だ。そんな話、まったく筋が通っていない!」

 ジャックはそう切り返した。


 高橋が口を開いた。

「確かに優吾はチームの構想から外れていました。しかし……」


「ユウゴは21歳だ。経験を上積みすることでクレバーな選手になる事は出来るが、彼の身体能力は今がピークだと思う。それを飼い殺しにするなんて、バカげては居ないか?」

 ジャックはそう言いつつ腕組みしてソファに深く反り返るように座りなおした。


「才能の無駄遣いも甚だしい!」

 ジャックは最後にはそう吐き捨てた。


「昨日、優吾にも酷いことを言われたよ。オレも高橋さんも、優吾の使い方が分からなくなっていたんだ。フロントとして辛かった」

 園田が厳しい表情で正直な気持ちを吐露した。

 これで優吾のガビアータへの復帰は無くなった、そう解釈してよい。


「今日ユウゴに会えるか?」

 

「ああ、オレが病院に電話をしておいてやるよ。英語でよければチームの通訳を同行させる」


「それは助かる」

 ジャックは礼を言ってヴァンサンと、チーム通訳の柳田を連れ立って海浜幕張駅に向かった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 欧米において、「23」の数字は、23エニグマとして23が特別かつ特殊な重要性を持つという思想がある。


 世界共通の摂理や、世界で起こる様々な事件、災害などはすべて23に関連している、という思想だ。


 -ヒトの染色体は23ずつ父母からもらい受ける。

 -ラテン語は23文字で構成されている

 -テンプル騎士団の団長は23人

 -ユリウス・シーザーは23の刺し傷で暗殺された


 などがその根拠らしいが、陰謀説好きな欧米人には支持され、そして忌み嫌われている「13」に次ぐ忌み数である。


 ミュンヘンのエングリッシェ・ガルテン英国庭園でトルコ系サッカー選手、ケマルを射殺し、自らも存在を消されたオットーが属していた「23」という裏社会の組織の名はそこから来ている。


 旧東ベルリン地区で有名なナイトクラブ「ベルクハイン」の近くのビルの一角が「23」の魔窟アジトであった。


 オットーを射殺したマイヤー・クーンハイムは事の顛末をウンター・シェフ=下層の責任者へ報告したところだった。


「マイヤー、新たにターゲットのリクルートが必要になったな」


「ええ。近々必ず」

 マイヤーはそう言ってドアを開けて去っていった。

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