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シンジケート  作者: Tohna
フィレンツェ・ボローニャ
19/36

第19話 売り込み

 ブローニュの森にほど近いマルボー通りに面したアパルトマンの3階の一室がジャックの自宅だ。


 100㎡ほどの広さに、2つのベッドルームと広いリビングがある。


 賃料が高騰して久しいパリ市内としてはかなり贅沢な空間だ。


 


 ジャックによると、彼はオランダのチームとの訴訟に負けて負債を抱えているとの話だが、この部屋は現役時代に手に入れたものらしく影響はないようだ。




 優吾と共にこのアパルトマンに帰って来たのが代官町のテロ事件のあった日から10日後で、優吾の所属チームが決まるまではベッドルームの1つを優吾のために割り当てた。




 ジャックは現役を退いたとはいえ未だに毎日のトレーニングは欠かさない。




 優吾に割り当てた部屋はベッドは置いてあるものの、ウエイト・トレーニングの機材もいくつかある殺風景な部屋だった。




 滞在費はもちろんの事、食事や移動費などはジャックが「仮払い」する約束だ。


 


 もっとも、田中弁護士に作ってもらった契約書にはそのようなことは一つも記載されてはいなかった。




「口約束は破られる」




 そんなことは先刻承知で、優吾からはそれらの費用を支払ってもらうことはあまり考えていなかったのだった。




 それ故に部屋については優吾は文句も言えまい。




 アパルトマンから少し歩けば、Monoprixやカルフール・シティなどのスーパーマーケットがあるので食事を自ら作るジャックには便利な環境だ。


 


 またもう少し足を伸ばせば、エトワール凱旋門も十分徒歩圏内である。




 海外渡航経験がほとんどなかった優吾は、見るもの触るものすべてが新鮮であり、感動を覚えるのであった。




 例えば、なんの変哲もない街角のブーランジェリーで買ったクロワッサンは20年少し生きてきた中で最も美味だった。


 


 しかし一方では自分がこの先どうなっていくのか、不安が期待に勝っている。




 自分はサッカーをしに来たのだ。旅行者ではない。




 被害者とはいえ大規模なテロ事件に異母兄弟が関わっている。


 本当に海外でサッカーを続けることができるのか、自分の運命を呪った。




 フィジカルのトレーニングは出来るが、ボールを使ったトレーニングはブローニュの森の中にある、シェイクスピア庭園の芝生の上でカラーコーンを置いてドリブルの練習をしたり、ジャックが少しパスの相手をしてくれることもあるくらいで十分とは言い難い状況だ。




 優吾自身も、電気自動車内での監禁が祟ってフィジカルは万全とは言えなかったため、良いリハビリ期間だと自分を納得させていたのだった。




 もっとも、ジャックの練習で繰り出すパスは魔法のようだった。


 


 本当に現役を退いて10年以上も経っているようには見えない。




 ジャックのキックは正確で、強さもあり、もしここにゴールがあれば自分が最高の形でフィニッシュするのに、と何度も考えたがその度に優吾は虚しくなった。




 2週間も経った頃だろうか。




 シェイクスピア庭園でシャトルランを何本もこなしてもあがった息の回復が早くなってきた。




 漸く本格的なトレーニングにも耐えられる体力がついてきた証拠だ。




 同時に、移籍の話がないかどうか気になって仕方がなくなった。




 ジャックは今のところ何も話してくれない。




 いくら滞在費はジャックが負担しているとはいえ、本来の目的とは違うこの状況を何とかしてもらわねばならない。




 優吾は思い切ってジャックに尋ねた。




「ジャック、移籍の話なんだけど」


 ジャックは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、




「お前、えらく勘が良いな」


 と言った。




「え、どういうこと?」




「ああ、フィレンツェから丁度返事をもらったところだ」


 優吾は驚いた。フィレンツェはかつてアルゼンチンのスーパースターが所属していた名門中の名門チームだったからだ。




「本当に? そのBチームとかだよね?」


 優吾の疑心暗鬼も無理はない。




「いや、トップチームだよ」


 


「信じられないよ。だって、フランス代表だったリベリーノとか化け物みたいなストライカーがいるだろう?」




「おいおい、リベリーノは今何歳だ? そうだ。奴は38歳だよ。化け物もいつかは引退する日がやってくるのさ」




「あ、ああ。それはそうなんだろうだけど、俺なんかがその後継候補になるなんて」




「お前さんはもちろん、現時点では単なる候補の一人に過ぎない。ただ、そこにたどり着けるかどうかは簡単ではないんだよ」




「どういうこと?」




「フランシスが13歳でオレのいたリールの下部組織に入って来た訳なんだが」




「マジか! まさかジャックはリベリーノの師匠だったとか?」




「ハハハ! まさかな。奴はあっという間にワールドクラスになって、ミュンヘンBVに移籍して行ったよ。その後の活躍はお前さんも知っての通りさ」




「なんだ。期待して損したよ。でもなんでフィレンツェが?」




 「フィリップスには貸しが有るのさ」


 どんな貸しが……と言いかけたが聞かない方が良いと感じて優吾は言い止まった。




「明日からフィレンツェに入るぞ」


 そう聞くと、優吾は身が引き締まる思いがした。




「ああ、このチャンスは絶対にモノにしてみせるよ」


 力強く優吾はそう言った。




「ああ。頼むぜ。フィリップスがお前に与えるチャンスはそう多くないだろう。その限られたチャンスにお前の全てをぶつけるんだ」


 優しい顔をしてジャックは言った。

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