第90話 作戦
「さて」
口火を切ったのはアマンダさんだった。
「まず最初に、ジローに確認しておきたいことがある」
一拍の間を置いて、
「このメンツでも、倒せないのかい?」
その問いは、この場の全員の胸中を代弁するものだった。
お兄さんは「俺じゃ、とても倒せない」と言っていた。
でもそれはソロを想定しての話だろう。
私を除いたこのメンツは、まず間違いなく世界最強のパーティだ。
Sランク冒険者の中でも強さに差があって、ギンは最強というわけではないけれど、連携を考えたらギン以上の存在はいない。
このメンツであれば、あの悪意に満ちた異形の神が相手でも……。
「いや」
そんな甘い考えは、簡単に否定されてしまう。
「まず無理だろうね」
「春奈の援護があっても?」
アマンダさんは当たり前のように、私を戦力としてカウントする。
それだけで、腹の底がじんと熱くなる。
天然なのか狙ってやっているのか——
それとも、本心からそう思ってくれているのか。
なんにしても、人たらしであることに変わりはない。
関われば関わるほど、彼女のことを好きになっていってしまう。
「とても心強いけど……」
お兄さんは申し訳なさそうに言う。
「それでどうこうできるレベルではないと思う」
「そんなに?」
「俺があと五人いる」
その言葉は、私たちの心を挫くには十分すぎた。
おそらくそれが、お兄さんの狙いなのだろう。
間違っても立ち向かわないように。
万が一にも勝てるなんて思い上がらないように。
「そうか」
アマンダさんは、特に衝撃を受けた様子もなく頷いた。
「ジローは少しネガティブなところがあるからね。仮に話半分に聞いたとしても……。それでもジローが三人必要なことになる。討伐は諦めて、当初の予定通り、遺体回収に終始すべきだ。二人も、異論はないね?」
アンリとギンが、硬い表情で頷いた。
(そうか。アマンダさんは最初から、二人に釘を刺すために、お兄さんに尋ねたんだ……)
血気盛んな二人には、きつく言い聞かせるよりも、ずっと効果的だ。
それは彼女たちの表情を見ればわかる。
「じゃあ作戦を練ろうか」
アマンダさんの言葉に、全員が頷く。
事前に方向性を明確にしたことで、話し合いはスムーズに進んだ。
まずは偵察として、私のドローンが先行する。
撃墜されても構わない。
深層階なら取り返しがつかないが、特殊ダンジョンならすぐに二機、三機と送り出せる。
実質、残機は無限にあると言ってもいい。
とにかく相手の敵対心を煽らず、内部の状況を把握する。
それから可能であれば、異形の神の興味を引く。
十分に安全を確認できてから、お兄さんとアマンダさんがボス部屋に入る。
遺体の回収はアマンダさんが務める。
ボス部屋の外に運び、そこでギンが納体袋に入れ、アンリが外にまで運び出す。
お兄さんの役目は、異形の神の牽制だ。
もし戦闘になったら、みんなの撤退が完了するまで時間を稼ぐ。
倒すことはできなくても、それくらいならできると請け負ってくれた。
もともと一度で全ての遺体を回収することは不可能だ。
扉が閉まるまでの猶予は数分しかない。
安全マージンを考えると、動けるのは一分程度だろう。
それを何回も繰り返す。
何日かかっても。
何週間かかっても。
その覚悟は全員にあった。
ただお兄さんは、この作戦にあまり乗り気じゃない様子だった。
その理由はわかる。
アンリやギンのような少女に、遺体を運搬させることに抵抗があるのだ。
いやそれ以前に、二人が特殊ダンジョンに立ち入ることにさえ、忌避感があるのかもしれない。
(その中には、私やアマンダさんも含まれてるのかな……)
本当なら、誰も巻き込まず、全部自分でやってしまいたいのだろう。
リスクも責任も、一人で背負い込んで。
でもお兄さんは、それを口にはしなかった。
アンリもギンも、生半可な覚悟で付いてきたわけではないのだ。
彼女たちは強者だ。
特殊ダンジョンの危険性は、誰よりも理解している。
そんな彼女たちを気遣うのは、二人の覚悟を嘲笑うに等しい。
お兄さんもそのことは、よくわかっているのだろう。
葛藤の末に、お兄さんはただ一言、
「みんな、ありがとう」
とだけ言った。
私たちには、それだけで十分だった。
でも……。
私たちが立てた作戦は、なに一つ役に立たなかった。




