第91話 野次馬、アトラクション
外がにわかに騒がしくなる。
なにかあったんだろうかと思っていると、ヘンドリックさんが拠点を訪ねてきた。
「申し訳ありません。皆様がここにおられることが、どこかから漏れてしまったようで……」
どうやら野次馬が集まってきてしまったらしい。
遠くから争うような声が聞こえてくる。
かなり剣呑な様子だ。
オランダ語だから意味はわからないけれど、罵詈雑言であることは語調から察せられる。
ヘンドリックさんが恥入るように視線を伏せた。
私はちょっとしたカルチャーショックを受ける。
ビビられまくっている日本や、アマンダさんの管轄下であるラストヘイブンでは、こんなことはまず起きない。
ここが遠い異国であることを強く意識する。
「皆様にご迷惑のかからぬよう、最善を尽くします。本当に申し訳ございません」
ヘンドリックさんはそう言い残して、拠点を出て行った。
「面倒ですね……。ここは開けた場所だから、抑えるのも大変だろうし」
私の言葉に、
「そうだね」
とアマンダさんが応える。
「まあでも仕方がないさ。オランダには私のアンチが大勢いるからね」
「そうなんですか?」
「管理局がUDを阻むために、ネガティブキャンペーンを行ったんだ。私はオランダでは極悪人だ」
「……なのにこうして、わざわざオランダまで出向いたんですか?」
「それとこれとは話が別だから」
器が大きすぎる。
しかも最後に、
「なにより、ジローの頼みだからね」
と冗談めかすことも忘れない。
「黙らせてきましょうか?」
ギンがそんなことを言った。
表には出していないけれど、かなり苛立っているのがわかる。
「ボスの敵は、オレの敵ですから」
「ありがとう。でも大丈夫、彼らに任せよう」
「そうですか……」
ギンは不満そうだ。
垂れた耳や尻尾を幻視してしまう。
そんなギンの頭を、アマンダさんは愛しむように撫でた。
「ギンは本当にいい子だね」
「いえ、オレは、ただ……」
「ジローもそう思うだろう?」
「え? あ、うん」
話を振られると思っていなかったのか、お兄さんは驚いたような声を出す。
「じゃあジローも褒めてあげないと」
「褒める?」
「ほら」
アマンダさんがギンの背中を押す。
「撫でてあげて」
「ちょ、ボスっ?」
ギンが赤面して、あたふたとする。
「これは命令です。ジローに頭を撫でてもらいなさい」
アマンダさんにそう言われては、ギンは逆らえない。
お兄さんに、おずおずと頭を差し出した。
「え? いや、ちょっと」
「ボスの命令だから……」
「そんなこと言われても」
「命令だからっ」
ギンの剣幕に押されるように、お兄さんはギンの頭の上に手を置いた。
割れ物にでも触れるように、ぎこちなく手を動かす。
それがある瞬間、ふと何かを思い出したみたいに、お兄さんの体から強張りが抜けた。
それはギンも同様だった。
さっきまであれだけ赤面していたのに、今はただただ心地よさそうに目を細めている。
私の知らない、二人が共有した時間。
甘い風邪薬のような気持ちが、体を重くする。
タイミングを見計らったように、アマンダさんが手を叩いた。
「いい子なのは、ギンだけじゃないけどね。アンリも春奈も、ジローのために遠路はるばるここまできたんだから。彼女たちのことも褒めてあげないと、フェアじゃない」
ほらほら並んだ並んだ、と私たちをギンの後ろに並ばせる。
私はアマンダさんの思惑に気付き、嘆息した。
この流れで自分も頭を撫でてもらうつもりなのだな、と。
(やれやれ。色々と世話になってるし、マンダさんの思惑に乗ってあげるか……)
なんて余裕ぶっていると、スマートウォッチが異常な心拍数を検知してアラートが鳴り出した。
速攻でオフにしてポケットにしまう。
仕方ないのだ。
初のボディタッチがなでなではハードルが高い。
とはいえこんなチャンスを無駄にするわけにもいかなかった。
お兄さんは身持ちが固いから、こんなことでもないと体に触れさせてくれないのだ。
「いや、アトラクションじゃないんだから……」
というお兄さんのツッコミは全員に無視された。
お兄さんはフェアな人だから、アマンダさんが言った通り、「ギンだけ褒めて他は褒めない」ということができない。
ギンが終われば次はアンリだ。
ここは兄妹だから、多少の気まずさだけで済んだ。
問題は私だ。
妹の友達という微妙な距離感。
しかも私は身長が高いから、撫でる対象として適切ではない。
……だからこそ、実は昔からなでなでに憧れがあったりするのだが。
ともかくそれも乗り越えて、これで終わりかと思えば、
「ギンっ。なんで並び直してんのっ!?」
二週目に突入だった。
結局、六週目が終わったところで、アトラクション側が音を上げて終了となった。
途中からは、ほとんど悪ノリだったから不満はない。
むしろ大満足だ。
ただ意外だったのが、アマンダさんがこのノリに参加してこなかったことだ。
てっきり自分が頭を撫でてもらうための策略だとばかり思っていたのだが……。
「アマンダさんも褒めてもらったらどうですか?」
そうトスを上げたりもしたのだが。
「私はいいよ。そういう歳でもないしね」
頭を撫でられるのが苦手な女性もいるのは知っているが……。
でもそれならなにが目的で、このノリを始めたのかもわからない。
本当に不思議な人だった。
申し訳ありません!
ようやく落ち着きました!




