第72話 特殊ダンジョン
オランダのダンジョン制度は、少し変わっている。
ダンジョン安全管理局、通称KVBという行政組織が存在するのだ。
読んで字の如く、ダンジョンの安全を管理する組織だ。
日本を含む大多数の国では、ダンジョンは冒険者の自由攻略に任せている。
でもオランダではまず、KVBの管理官がダンジョンに潜り、フロアの安全を調査してから、民間の冒険者に解放される仕組みなのだ。
この制度には、多くの批判が寄せられていた。
「国民の安全を守るのが国の勤め」だなんて綺麗事を並べても、やっていることはただのいいとこ取りだ。
荒らされる前のダンジョンに国の職員を派遣して、希少なアイテムを独占しているだけだった。
実際、管理官の存在意義は、冒険者と変わらない。
装備を揃えて、ダンジョンを攻略する。
本来彼らの仕事は、魔物や生態系の調査、それから罠の処理などが主だ。
でもそれらの責務を放棄して、アイテムの横領に精を出す管理官も多かった。
税金から高給を得ているにも関わらず。
オランダ政府は「ダンジョンでの死者数が、他国に比べて群を抜いて少ない。それはKVBのおかげだ」と主張していた。
それは確かに事実なのだが、「KVBのせいで他国に比べてダンジョン攻略が遅れているだけだろ」という手痛い指摘もあって……。
とにかくKVBは、冒険者たちから蛇蝎の如く嫌われていた。
現地では管理官のことを「ヴェイル」と呼ぶらしい。
「安全」を意味する単語を縮めたものだが、そこには侮蔑のニュアンスが含まれているとか。
さすがに制度が改正されて、管理官には全員ボディカメラが付けられ、ダンジョン配信が義務付けられた。
それによって汚職は激減し、期せずしてオランダはダンジョン配信大国になったのだが……。
その費用は全て税金から賄われているわけで。
結果的に、全員が損と嫌な思いをし、利権に関わる一部の者だけが甘い汁を吸うという……。
まぁ、よくあるやつだった。
田舎の牧草地にゲートが出現し、百人近い管理官が派遣された。
近くの町の名前をとって、ヴェルクホーフダンジョンと名付けられる。
管理官たちは、一様にモチベーションが低かった。
彼らが美味しい思いをできていたのは、昔の話だ。
今じゃアメリカの警官のように、ボディカメラまでつけられてしまっている。
名目上はダンジョンの様子を周知し、安全管理に役立てるため、ということになっているが、どう考えても不正防止目的だった。
給与は減る一方だし、冒険者たちからは嫌われ見下されてさえいる。
一応国家公務員という扱いなのだが、所属する安全管理局そのものが、いつ解体されてもおかしくないのだ。
そんな状況でモチベーションを維持しろという方が無茶だった。
集められた管理官は班分けされる。
要するにパーティ編成だ。
ただし国が勝手に決めた班なので、仲間意識もクソもない。
とにかくもう、完全に形骸化してしまっている制度なのだ。
午後二時十三分。
第一班がゲートを超えて、ダンジョンに足を踏み入れた。
ダンジョンとはいえ、上層階では大した危険はない。
日数がかかればかかるだけ、遠征手当がつく。
だからサボっていると批判されない程度に適当に働こうと——
そんなふうに考えていた彼らの目に、思いもよらない光景が飛び込んでくる。
ゲートを超えた先には、広い空間があるのが通例だ。
大体がそこに、ダンジョンパークが作られる。
岩壁が剥き出しになっていて、まさに天然の洞窟といった様子だ。
地面は平らだから、そういう意味では天然からはほど遠いんだけど……。
とにかく本来なら、彼らを待ち受けているのは、岩が剥き出しの広い空間のはずだった。
それなのに……。
ゲートを超えた先にあったのは、人工的な通路だった。
床も壁も、綺麗に切り出された石が敷き詰められている。
天井は目視できないほどに高い。
それどころか、壁には等間隔に照明まで設置されていて——
ガス灯のような淡い光が灯っていた。
それなのに、通路は黒い濃霧に覆われたように暗かった。
ダンジョンによって、身体能力だけじゃなく視力まで強化されているはずなのに……。
彼らは十メートル先を見通すこともできなかったのだ。
確かにダンジョンを深く潜れば、人工物がちらほらと目につくようになる。
朽ち果てた遺跡のような、まるで文明の名残が。
世間では「ダンジョン文明」と呼ばれて、研究の対象にもなっているのだが……。
これは遺跡なんてものじゃない。
まるで今まさに栄華を極める、王城の地下通路のような——
呆然と立ち尽くしていると、第二班がゲートを超えてくる。
押し出されるように、第一班は通路を進んだ。
それからもすぐに第三班、第四班と続いてきて……。
通路の幅は五メートルほどあったが、すぐに人でいっぱいになった。
この中にリーダーシップを発揮する者がいれば、引き返そうという話になっていただろう。
でも彼らは公務員で、自主性も意欲も、とにかく低かった。
それに——
彼ら自身、現状に強い不満を持っていたのだ。
タスク化された、自主性のない仕事。
過酷な割に見返りは少ないし、評判もすこぶる悪い。
ダンジョン攻略ですら、お役所仕事になると退屈に感じるという、変わった事例だった。
そんな彼らは、このイレギュラーな状況に、恐怖よりも高揚感を覚えていた。
久しく忘れていた、初めてダンジョンに足を踏み入れた時の興奮。
その間にも、どんどん後続が入ってきて——
第一班が先頭に立ち、彼らは通路を進み始めた。
魔物の姿どころか、気配すらない。
本当にただ、通路がまっすぐ伸びているだけだった。
そして、通路の突き当たりに辿り着き——
第一班の面々は、恐慌に陥った。
興奮も高揚感も消し飛び、慌てて逃げ出そうとする。
でもその時には通路は人でいっぱいで……。
「戻れ! 戻れぇ!!!」
彼らのパニックが全体に伝染し、集団ヒステリーにまで発展する。
我先に逃げ出そうとして、将棋倒しになった。
それをさらに踏み越え、ゲートへと……。
幸い、彼らはみな、管理官になるための試験を突破した、屈強な人たちだ。
冒険者なら最低でもC級上位には入る。
だから死者は一人も出なかったものの、大勢の怪我人が出てしまった。
しかもその光景が、その場の全員の視点から配信されていたのだ。
当然、世界中で大騒動になった。
一体、先行していた第一班の面々は、なにを見たのか……。
それは——
階段だった。
普通の、ただの階段。
凶悪な魔物が待ち構えていたわけでも、ダンジョンエラーが起きたわけでもない。
本当に、通路の突き当たりには、ただ階段があっただけだった。
次の階層に行くための、冒険者も管理官も、見慣れているはずの……。
ただし——
その階段は、上へと続く階段だった。




