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第185話 ブアメードの血

 俺と博士が喋っている間、別世界の彼らも話し合っていた。

 響きだけでいうと、ドイツ語とラテン語が混ざったような感じだ。

 あくまで響きの話で、単語ひとつ拾うことはできないけれど。

 俺はともかく語学が堪能な博士ですら身振り手振りに頼らざるを得なかったことを考えると、やはりこの世界には存在しない言語なのだろう。


 その話し声がふと途切れる。

 俺は彼らを振り返った。

 困惑するようにこちらを見ているが、敵意は感じなくなっていた。

 きっと怪我を負っていた男性が取りなしてくれたのだろう。


 でも心を許すには至っていないようで、警戒心は依然高いままだ。

 それも当然のことだ。

 ほんの数分前まであれだけ派手にやり合っていたのだから。


 彼らはどんな判断を下すのだろう。

 言葉が通じないから、こちらからアプローチをかけることはできない。

 博士みたいに身振り手振りで意思疎通を試みることはできなくはないけれど——

 でもほぼ確実に裏目に出るだろう。


 なんせ友好関係を築こうと待ち構えていたら、なぜか激闘に発展してしまったのだから。

 俺は経験則から学んでいた。

 自分に期待すると痛い目を見ることを。


 だから俺は沙汰を待つ。

 もし相手がなおも敵対を選んだ場合、博士だけでも逃さなければ。

 そう覚悟を決めて。


「…………」


 見つめあったのは短い時間だ。

 フルメイルが唐突に大剣を地面に放った。

 どんと鈍い音が響く。


 ただでさえ馬鹿でかい剣なのに、見た目以上の重量があるようだ。

 もしかしたら、こちらの世界でいうミスリルとかオリハルコンみたいな、別世界の伝説上の鉱石でできているのかもしれない。

 カッチン鋼とかだろうか。


 驚く仲間たちにフルメイルが小声で何かを言い含める。

 不承不承といった様子だったけれど、彼らも武器を手放した。

 心底安堵しながら、俺も剣を放り捨てる。


「行きましょう、博士。早く顔の手当てしないと」

「だからお前のほうがよっぽど……」


 動こうとしない博士の顔を覗き込む。


「どうしたんですか?」

「……体ってどうやって動かすんだっけ」


 ショックで硬直してしまったようだ。

 俺の服をギュッと掴んでいなかったら、そのままぽてんと倒れてしまいそう。

 なんかオポッサムみたいだなと思いながら、


「あ、じゃあ背負うんで、俺の背中に……」


 と言いかけて、途中で言葉を切った。

 背負ったら、すぐ後ろにいる別世界の彼らに博士の体を晒すことになる。

 俺は少し迷ってから「すみません」と一声かけて、博士を抱き上げた。

 いわゆるお姫様抱っこというやつだ。


 それから別世界の彼らを一度だけ振り返る。

 付いてきてくれたらいいけれど、そこは彼らの判断に任せる。

 友好関係を築けたらとは思っても、さすがに博士の方が優先度が高い。


 俺は博士を抱えたままボス部屋を出て階段を下る。

 ゲートまでの長い通路を歩く。

 それにしても、と俺は思った。


(思ったより出血量が多いな……)


 さっきからボタボタと血が滴っている。

 全身傷だらけではあるけれど、どれも大した怪我ではない。

 博士を庇って受けた最後の一撃だけは、ちょっとマジでやばかったけれど、それも致命傷ってほどではないはずだ。


 でもあの時は必死で、アドレナリンもドバドバ出ていたと思うから、怪我の度合いを見誤ってしまったのかもしれない。

 実際、こうして大量出血しているわけだし。


(あ、なんか意識が遠のいてきた……)


 このままだと本当に失血死するかもしれない。

 というかまだ失血死していないのが不思議なほどだ。

 もうほとんど半身浴しているような感覚で、心地よくすらあるレベルなのだから。

 子供の長靴みたいに歩く度に、靴がぐっぽぐっぽと変な音を立てる。


 それでもかろうじて意識を保てているのは、傷口がじくじくと痛むからだ。

 特に出血の多い下半身が、まるで消毒液でもかけられたみたいに——


 そこまで考えて、俺はふと博士を見た。

 こちらの視線に気づいているだろうに、博士は顔を上げることなく、胎児にのように丸まっている。

 その小さな手は俺の服をギュッと掴んだままだ。 


「……すまん、安心したらつい」

「あー、いや全然。俺なんて顔にかけちゃったし。それにちょうどよかったですよ、傷口の消毒になって」

「…………」

「あ、あはは。でもあれです、もう少しでブアメードの血みたいになるとこでした。大量出血してるって思い込んで死んじゃうやつ」

「……だ、誰にも言うなよ、このこと」

「…………」

「おいっ、なんでそこで黙んだよっ。お前、まさか……」

「あ、いや、もちろん誰にも言いませんけど。でも……」


 俺は視線を上に向けた。

 つられるように博士もそちらを見る。

 そこには単眼の球体生物——

 もといドローンの姿があった。


「……カツドンってやつか」

「テンドンです」

「…………」

「…………」


”ジロー、大丈夫なんかな? あの血の量……”

”やば。石灰でライン引くやつみたいに、歩いたとこに線できてるやん”

”なんでこの出血量で普通に歩けるんや……”

”事前に輸血してたんちゃう?”

”いや薄暗くて分かりづらいけど、血じゃないんじゃない、あれ”

”あ、もしかして博士漏らしてる?”

”は? 嘘やろ? 踏んでもらっただけじゃなくておしっこまで?”

”ズルすぎるやろ。なんでこいつばっか……”

”もういいわマジで、やってられん。今から死にます”

”落ち着け。気持ちはわかるけど早まるな”

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博士また漏らしててよき
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