第177話 魔王
その答えに近づくためにも、別世界人とは友好的な関係を築かないといけない。
なんか思っていた以上に責任重大な気が……。
落ち着きなく異形の神の神殿を行ったり来たりしていると、球体ドローンが視界の端に入った。
(そっか、配信中なんだっけ)
考え込んだり何かに熱中していると、ついつい意識の外に行ってしまう。
特に今はオランダ政府の要望で配信しているだけだから、余計にそうだ。
アマンダも言っていたように、自発的な配信じゃないから、あまり気にしなくてもいいのかもしれないけれど……。
(でもまあ、説明くらいはするべきだよね)
そう考えて、俺はカメラに向けて話し始める。
俺が今何をしているのか、これから何をしようとしているのか。
話すことで気持ちを落ち着かせたいって思惑もあったんだけど、それに関しては完全に裏目に出る。
言葉にしてしまったことで、余計にプレッシャーが増した。
「ああ、なんかめっちゃ緊張してきた……」
”ジローのこういう姿、初めて見るかも”
”いつもは自由気ままにキャンプしてるだけだしな”
”ジローにはずっと好き勝手にキャンプしてて欲しい”
”わかる”
”でもこんな重大なこと、ジローにしか務まらんしな……”
”リラックス、リラックス!”
”大丈夫、お前には俺たち視聴者がついてるぞっ”
いつやってくるかもわからない別世界人に、俺は常に気を張って——いたのは最初だけだった。
別世界人は、一向にやってこなかったのだ。
ずいぶん慎重に攻略しているようだ。
いやまあそれが普通で、俺が爆速すぎただけかもしれないけれど。
(もしかして攻略を中断して引き返してたりして)
いやそれなら怪我人を置いて行ったりせず、連れ帰っているはずだ。
あそこに放置していたのは攻略を優先したからで……。
(いや、そうとも限らないのかな?)
モンスターに襲われて、怪我を負った仲間を見捨てて逃げ出す。
ソロキャンパーの俺には経験がないけれど、悲しいことに、ダンジョンではそういうこともよく起こるらしい。
でもあのフルメイルが、尻尾を巻いて逃げる姿なんて想像できない。
(ん? 待てよ)
勝手に『別世界の住人』で一括りにしちゃってるけど、あの男性がフルメイルのパーティメンバーとは限らないのだ。
俺たちの世界にも、たくさんのクランやパーティが存在する。
ダンジョン深層でソロキャンプする俺みたいなのもいる。
ならあの男性は、フルメイルとは無関係なのかも……。
(じゃあ本当に、逃げ帰った可能性もあるのか)
だとしたら俺が今ここで、こうして緊張しながら待ち構えているのは、めちゃくちゃ間抜けなことかもしれない。
とはいえだ。
やってくる可能性がゼロじゃない限り、俺はこの場を離れるわけにはいかないんだけど。
歴史を見ればわかる。
守る側よりも攻め込む側のほうが、圧倒的に有利なのだ。
やらなきゃやられる。
戦争の引き金を引くのは、いつだってその恐怖心だ。
そんなことを真剣に考えていたんだけど……。
俺は異形の神の神殿で、五度の食事と二度の睡眠を取る。
そうこうしているうちに、いつしか緊張感なんて失せていた。
退屈した俺は、その辺の瓦礫を両手に持ち、
「ヒューン! ガガガガン! ギィーン!」
勇者と魔王に見立てて戦闘らせ、暇を潰していた。
”ウソみたいだろ。アラサーなんだぜ、これで”
”そこまでリラックスしろとは言ってない”
”こんな重大なこと、ジローに務まるわけなかったんや……”
瓦礫を勢いよくぶつけると、勇者がバラバラに砕け散った。
これで魔王の三人抜きだ。
三勇者抜きだ。
「おぉ〜、この魔王、超ツエー」
瓦礫はそこら中に転がっている。
次の勇者を選ぼうと辺りを見回した時だった。
「あ、そういえばここって神殿なんだよな……」
あの恐ろしい異形の神の。
でも別世界では信仰の対象なのだ。
「神殿がこれだけ荒れてると、嫌な思いをさせちゃうかも」
俺が荒らしたわけじゃないんだけど。
というかやったのは多分、あのフルメイルだ。
異形の神との戦闘で——
「……あれ?」
考えてみたら別世界人たちは、あの異形の神を倒して俺たちの世界にやってきたのだ。
ということは信仰の対象というわけではないのかも……。
(でもなぁ……)
信仰する神がラスボスとして現れる、なんていうのも、それはそれでありそうな話だ。
それに次にやってくる別世界人が、フルメイル御一行とも限らないわけだし。
「まあ、片付けて悪いなんてことはないよな。なんなら祭壇を復元してみるか」
中央の祭壇は土台しか残っていない。
ユリスの配信を繰り返し観たけれど、祭壇には注目していなかった。
だからどこまで再現できるかわからないけれど。
「やれるだけやってみよう」
きっと誠意は伝わるはずだ。
”気遣いはちゃんとできるんだよなぁ……”
”それが余計に異常性を際立たせてるんやけどな”
”ただのイカレポンチじゃないところが最高にイカれてる”
”そこに痺れるけど憧れはしない”
とりあえずそこら中に散らばった瓦礫を祭壇の近くに集める。
それからあーでもない、こーでもないと試行錯誤し——
一時間後。
「ふぅ……」
祭壇を埋め立てるように、巨大な玉座が完成した。
”なんでやねん”
「おお、いいじゃんいいじゃん!」
自画自賛しながら、瓦礫の山と天辺の玉座を、色々な角度から眺める。
ただ瓦礫を適当に積んでいるだけに見えるかもしれないが、侮らないでいただきたい。
360度どの角度から見ても映えるように、完璧に計算し尽くしているのだ。
もちろんただの観賞用ではなく、強度もちゃんと確保していた。
俺はウッキウキで瓦礫の山を登り、玉座に腰掛けた。
そして俺こそが魔王だといわんばかりに踏ん反り返る。
そのタイミングで、別世界の住人がやってきた。




