【The Next Story】伝説の英雄の子供のお話。
別作品【Synchronicity】の前日譚です。
シークとシャルナクの息子「イース」の旅立ち前の様子を描きました。
【The Next Story】伝説の英雄の子供のお話。
英雄の子って立場は、色々と面倒臭い。
「イースくん、また明日ね!」
「うん」
「イース、俺達とパーティー組む件、考えておいてくれよな!」
「うん……」
「なあイース、お父さんの聖剣はもらえねえの?」
「う、うん……」
突然だけど、オレの両親は有名人だ。
どれくらい有名かというと、世界を滅ぼすと恐れられた「アークドラゴン」を討伐し、英雄と呼ばれているくらい。
あの伝説の夫婦の子供! となれば、みんながオレに注目する。
それは仕方ないし、受け入れてもいる。正直なところ、オレは両親のおかげでずいぶんと得をしてきたと思う。
でも、キツいなあと思う事もある。
「ただいま……あ、バルドル」
「おや、英雄の息子さんのお帰りだね」
「もう、バルドルまで言わないでくれよ。家の中まで英雄の息子、お利口なイースくんは演じたくない」
「おっと、これは失礼。演じ切れているかは判断しかねるけれど、お帰り、イース」
家に帰ると、父さんが扱う片刃の長剣「聖剣バルドル」がソファーの上に置かれていた。
バルドルは柄に特別な術式を刻まれている。武器なのに意思を持ち、喋ることが出来るんだ。ちなみに母さんは喋る弓「炎弓アルジュナ」を使ってる。
バルドルは父さんの事が大好きだ。父さんもバルドルの事をとても大切にしている。バルドルは父さん以外に扱われるつもりがないらしい。
「耳が垂れているけれど、また勧誘に遭ったのかい」
「いつもの通りだよ、みんな父さん母さんとのコネが欲しいのさ」
「僕が見るに、君もかなり上達したと思うのだけれど」
「ちょっと力が強いだけだよ。父さんは?」
「シークは僕をここに置いたままで、管理所に送る報告書を出しに行ったよ。僕をここに置いたままでね」
耳が猫や犬のように頭についてる人を「猫人族」や「犬人族」と呼ぶ。尻尾もあったりなかったり。
総称で獣人と呼ばれ、人族より運動が得意だ。オレは人族の父さんと猫人族の母さんの血を引いているんだけど、外見は猫人族。
問題なのは、だからどうした、ってこと。
オレは別に獣人の中で秀でているわけじゃない。力自慢の人族とアームレスリングをすれば、当然のように負ける。得意なことなんて、結局何もない。
「シークが心配していたけれど、君は学校を卒業したらどうするんだい」
「バスターになるよ。装備はまあ、母さんが用意してくれるって言ってくれたし」
「そうではなくてね。1人で旅立つのかい? と尋ねたつもりなのだけれど」
「うーん、今のままじゃそうなるかもね」
バスターというのは、モンスター討伐や世界の探索をする職業の総称だ。だいたいの同級生は、数人のパーティーを組む約束をしている。
でも、オレは誰とも約束していない。
一緒にやろうと言ってくれる奴はいるけど、父さん母さんとの繋がりが欲しいのがあからさま。友達はみんなこの村に残って家業を継ぐし。
「お前は楽勝だなとか、英雄の子供が凡人のはずないとか」
「えっと、イース」
「親の七光りでちやほやされるとか、アークドラゴンがいなくて残念だったなとか、俺も英雄の子に生まれたかったとか、働かなくてもいいんじゃねとか」
「イース、ちょっと」
「そうやって毎日毎日、まーいにち! その度にそんなことないよ、オレもみんなと一緒だよ、って笑顔で返すんだ! 父さん母さんが子育て間違えたって言われないように、お利口なイースくんを演じてんの! もうきつい、もうやだ!」
鞄を放り投げて、こうして机に突っ伏しても現実は変わらない。それも分かってる。
英雄の子供だからって、勝手にお前らが特別視してるんだろって言いたい。
なんだよ、イースくんなら出来て当たり前って。
先生まで試験が簡単過ぎるかもしれないね、ごめんねって何?
父さんと母さんの事は大好きだ。胸を張って言えるよ、うちの親は世界一だってね。威張らないし、むしろ称えられるのが苦手。
そんな2人が胸を張って誇れる息子になりたかった。
でも、オレは父さん母さんほど優秀じゃなかった。魔法の才能も村の子供達と大差ない。
両親を足して2で割った容姿。茶色の髪は父親譲りで、猫のような耳やしっぽは母親譲り。顔は父親似だけど、笑うと母親似らしい。
両親そっくりと言われるのに、中身、つまり才能は受け継いでいないなんて。
「君は時々シークに似ているね。褒められると落ち込むんだ」
「見た目も似てるけどね」
「シークも褒め殺されそうになる、よく褒められているからいつ死んじゃうか心配だ」
「えっと、褒め殺すって、本当に死ぬわけじゃないんだけど」
ため息をつきながら頭を上げ、放り投げた鞄を拾ったところで玄関の扉が開いた。木製の一枚板の蝶番が軋んで、聞き慣れた足具の踵の音が鳴る。母さんだ。
「あー恥ずかしい! ああ、イース。お帰り、もう戻ってたんだね」
「ただいま。お帰りなさい」
「ハァ、鹿を1頭狩るだけで大勢が付いてくるもんだから。皆、わたしが失敗するのを待っているかのようだ」
「ぼ、ボクのせいでシャルナクが失敗して笑われちゃったら、どうしよう……」
「アルジュナが仕留め損なったことなどないだろう。わたしの誇りだ」
母さんは100メルテ先の的を狙って外さない凄腕の持ち主。アルジュナのお陰でもあるけどね。
気弱な発言をしたのが喋る武器「炎弓アルジュナ」だ。
「母さんも1度くらい失敗してみたら気が楽になるんじゃない?」
「アルジュナに恥はかかせられない。それにイース、失敗を恐れてはいけないけれど、失敗に慣れてもいけないからね」
「ぼ、ボク……頑張って失敗した方がいい?」
「失敗を頑張るより、成功した方がいいだろう。わたしは成功以外へ目を向けていないつもりだ」
母さんが言う事はオレも理解できている。だけど、オレは成功したなんて思えた事がない。
一体、成功って誰と比べて判断するんだろう。
学校を留年なく17歳で卒業出来るのだって、父さん母さんの存在があるからだと思ってる。
「イース?」
「……うん、分かった。出来る所まで頑張ってみる」
「自信の根拠は後で作ればいいんだ。わたしもシークもイースの事を誇りに思っている、イースの才能ではなく、イース自身をね」
「うん」
少しだけ、部屋の中が温かくなった気がした。オレの頬が少し赤くなったからかもしれない。勝手に動く尻尾もうるさい。
オレが照れて何も言えずにいると、また玄関の扉が開いた。
「そうだぞイース。俺達がイースを誇らしく思うのは勝手だ。お前は好きな事を、ささやかでも後ろめたくないことをやれ」
「父さん? って、外で聞いてたのか」
「玄関扉の前で話してちゃ、丸聞こえだよ」
「僕を置いて出かけておきながら、後ろめたくない行動を説くとは恐れ入ったよ、シーク」
「ごめんってばバルドル」
まったく。2人とも称えられるとそそくさ逃げてしまうのに、オレには自信を持てと言うんだよな。
そりゃ誇れるなら誇りたいさ。
「例えば……そうだね、シークがオレンジ等級だった頃かな。僕達は知り合いの子を、ホワイト等級のバスターに助けてもらった事がある」
「ああ、あったね。ミラの事だ」
「え、オレンジよりホワイトの方が等級は下だよね?」
バスターは許可制で、武器を扱い、猛獣やモンスターを狩る事が出来る。
等級区分は駆け出しから順に、グレー、ホワイト、ブルー、オレンジ、パープル、シルバー、ゴールド。
2等級も下のバスターに助けてもらうなんて事、ある?
「ミラの事は知ってるだろう? 彼らは彼女を保護して、一緒に戦ってくれていたんだ」
「強さ弱さより、志で出来る事がある。バスターそれぞれ、目的や方法は違うんだ。シークはその時の事を今でも感謝している」
バルドルが言いたい事は分かる。強くて威張ってるだけのバスターも少なからずいるからね。反対に弱くても慕われるバスターだっている。
「イース。とりあえずでも考えてみるといい。旅に出て分かる事もあるよ」
「うん、分かった」
オレには1つ欲しいものがあった。それは、自分だけの喋る武器。
そのために頑張ってみるのもいい。
上手くいかないかもしれない。それでも、一歩踏み出す事は間違いじゃない。
「やれるだけやってみるよ」
バスターになる前。まだ自分の目標が漠然としていた頃の話だ。
最後まで読んで下さって有難う御座いました!
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