【chit-chat 2】encore 07 伝説の武器は、星に願う持ち主に欲しい物を告げる……見返りも持たずに。
夕暮れの茜色の空の下、2人の青年が草原の岩に腰掛けている。
1人は背に剣を背負い、もう1人は腰に双剣を携え、互いに空を見上げながら語らう。シークとゼスタだ。
アークドラゴンを討伐してからおよそ1年。封印から目覚めたシークは、5年の空白にようやく慣れたところだ。
ビアンカとシャルナクとイヴァンは引退したゴウン達に会いに行っており、この数週間はシークとゼスタのコンビで活動している。
「意外だよな。バスターとして活動をしてきて、俺とシークだけで旅するのは初めてだ」
「そう言えばそうだね。いつも一緒だったから気にもしなかった」
ニータ湖付近のなだらかな丘陵地は標高が高く、7月の暑さを避けるにはちょうどいい。
2人は学生時代からの友人。学生時代のエピソードはもちろん、性格も、パーティーでの得手不得手も、攻撃の癖も、何もかも分かり合える仲だ。
そんなシークとゼスタだが、こんな風にゆっくり語らえる旅は久しぶりだった。
「おっと、君たち2人だけだなんて心外だね。僕をお忘れじゃないかい」
「ここで俺っちとバルドルも含めてくれるのが当然だろ、なあ?」
「お前らを含めても人間は俺とシークの2人だけだろ、間違っちゃいねえよ」
ゼスタが悪い悪いと宥めながらケルベロスを取り出し、その刃を革布で拭き始めた。
「近くの村には戻らないのかい」
「うん……戻ってもいいんだけどさ。騒がれるじゃん」
「そうなんだよなあ。シーク・イグニスタだ! ゼスタ・ユノーだ! まあ大変、アークドラゴン退治の2人が泊まりに来るなんて! ……疲れるよなあれ」
「それくらいならまだいいよ……。近所の人が押し寄せて、常に誰かが俺達を気にしてる。部屋を見張られてるようで落ち着かないよ」
「安宿でさ、何の料理だか分かんねえもんを、酒で流し込みながら笑って食うくらいがちょうどいいんだよな」
有名になり過ぎたせいで、シークもゼスタも苦労が絶えなかった。ビアンカは元々愛想よく振舞う事が得意で、注目される事にも慣れている。そんな彼女がいなければ、2人はどうにも落ち着かない。
「ま、それは置いといて、今日はここでオネンネだ」
ゼスタは鞄の中から薪を2つと小枝を幾つか取り出した。慣れた手つきで重ねていき、あっという間に焚火の準備が出来上がる。
「よし! シーク、いっちょ頼むわ」
「うん……あ、そうだ。たまにはファイアじゃなくて、業火乱舞で火を付けるってのはどう?」
「簡単に言ってくれるぜ。斬るならまだしも、こんな暗くなってから掠めるように振るって難しいんだぞ」
「そうだそうだ! 掠めたってつまんねえよ、斬ってナンボだろ! もうちょっとで斬れそうなところを見送る俺っちの気持ちも考えてくれ!」
「分かった、分かったよもう」
夕陽が山の派に隠れ、辺りは急に暗くなった。もう茜色は濃紺の夜へと空を譲り、星が瞬き始めている。焚火の明かりが照らさなければ、自分の手元さえもよく見えない。
「ここは折衷案として、僕でファイアソードだ」
「消し炭職人の出番はなし」
バルドルはついつい張り切ってしまい、小さな炎も暴発させてしまう。この中では焚火を任せるのに最も適さない。
シークはバルドルと魔術書を置き、とても弱くファイアを発動させた。小枝に火が付いてから焚火として機能するまで、しばらく時間が掛かりそうだ。
「シーク、僕が作った聖剣座はどこにあるんだい」
「あー……星のことか。季節も緯度も違うから、ここからは見えないかもね。また別の星と星を繋げてみたらどうかな」
「そうするよ。じゃあ後で共鳴しておくれ、君の指を使ってゼスタに説明しておくから」
「持ち主の使い方が上手くなったようでなにより」
「どうもね」
シーク達は焚火の明かりと煙が邪魔するまで、澄んだ夜空を堪能する。
「星座か、確かにここだと星がよく見えるよな。ちょうど7月7日だし」
「お? 7月7日だと何かあんのか?」
「ジルダ共和国のおとぎ話にな、7月7日には空の川に橋が架かるって話があるんだよ」
「空に川? 馬鹿を言っちゃいけない。俺っちを騙そうったって、そうはいかないぞ」
武器達はジルダ共和国周辺の事に詳しくない。ついでに情緒にも疎い。
空の彼方に見える星の集合体は、実際にはこの惑星を含む銀河の中心部方面だ。円盤状に集まった星々を真横から見ているため、この惑星からは帯状に見える。当然、大昔の人々はそのような仕組みなど知る由もない。
空に川が現れたと思ったのだろう。
シーク達も、この空の外側には他の星が無数にあると認識しているだけだ。銀河や宇宙の広さなどは考えた事もない。
「星が帯のように集まってる部分があるだろう? 昔の人はそれを川だと考えたんだよ」
「川なら海水ではないね、何よりだ。軟水だと有難い」
「川よりも大蛇に見えるぜ! 大蛇が出るなら大賛成だ」
「いや、もう何の話か分かんなくなってるぞ。大蛇じゃこの後の話が進まねえだろ」
武器達はどことなく物分かりが悪い。これからの説明が不安になってくる。
「おとぎ話では、7月7日にあの空の川を流れ星が横切った時、その流れ星が川の岸と岸を結ぶ橋になったとされているんだ」
「誰が橋だと言い始めたんだい?」
「さあ、誰だろうね。君のように思い付きで聖剣座を作り出すような気分だったのかもね」
「おいおい、話が進まねえだろ。とにかく岸の向こうへと渡れる、目的地に行ける。それは旅の成功や願いの成就を表すと言われてんだよ。誰に言われたかは考えるな」
ゼスタが予め釘を刺す。それぞれの岸に見立てた場所の明るい星は、おとぎ話の中で恋人同士という事になっている。その説明まで理解させるとなれば、夜が明けてしまうだろう。
「だから7月7日の夜は空の川を眺めて、流れ星を探すんだ。上手く見つけたら願いを3回唱える」
「するとどうなるんだい?」
「流れ星が願いを叶えてくれるんだよ」
「へえ、その見返りに君は星に何をしてあげるんだい」
「え?」
バルドルの予想外の質問に、シークは返事を躊躇った。焚火に照らされる中、ゼスタと互いに相応しい言葉を探すも見つからない。
「何をって、なあ?」
「うん、それは……考えた事がなかったな」
「まさか叶えてもらうだけなんて事はないよね。勇者扱いされるシークともあろうお方が、見ず知らずの星相手に物乞いだなんて」
「まったくだ。冥剣持ちが聞いて呆れるぜ」
「……一気にロマンの欠片もなくなったな」
シークは脱力し、それ以上考えるのを諦めた。おとぎ話を解説するよりも、聖剣座だ冥剣座だとキャッキャさせていた方が余程いい。
「まあ、星が俺に願った時は、叶えられそうなら叶えてあげとくよ。君はどうだい? 何かお願い事は?」
「僕は星に願うのは止めておくよ」
「もしかして興味なかった?」
「そうではないのだけれど」
バルドルは少し間を置いた。それから恥ずかしそうに気持ちを明かす。
「僕は君を信じているからさ、シーク。僕の望みは他の誰かや何かに託したりしない」
「そ……それはどうも」
バルドルの思いがけない言葉に、シークの頬が緩んだ。耳が赤いのは、きっと焚火の明かりのせいではない。
そんな一行の頭上を、一筋の流れ星が輝いた。
「あっ! おいゼスタ、見えたぜ!」
「ほんとか!? よし……」
ゼスタが早口で何かを願っている。シークも急いで魔法の上達を願う。
そんな2人の声を、更に大きな複数の声が遮った。
「新しい天鳥の羽毛クッションが欲しい! 新しい天鳥の羽毛クッションが欲しい! 新しい天鳥の羽毛クッションが欲しい!」
「つまり俺達がそれを叶えろ、って訳ね」
「余計な話しちまったかな」
シークとゼスタは揃ってため息をついた。叶えると言うまで、武器達はきっと流れ星が現れる度に大声でシーク達に願うだろう。
「ま、君からの見返りを楽しみにしているよ、バルドル」
「おや? これって普段の僕への見返りじゃないのかい」
「……次はその自信を空の川に流してくれと星に願うよ」
【chit-chat】伝説の武器は、星に願う持ち主達に欲しい物を告げる……見返りも持たずに。