第34話 黒雲の下の咆哮
アンジュさまといぶし銀ドラゴンの間に風が流れた。そよぐアンジュさまの黒髪。その隙間から見えるつり上がって行く口端。牙が露わになる。
「───フッ、そんな粗末な木の棒で我らに仕置き、だと……」
いぶし銀ドラゴンの瞳が尖った。
「馬鹿にするのも、いい加減にしろッ!!」
ダンッ!!!
ガクンと一気に視界が下がる。
圧迫感。
頭から押さえ付けられたかのように足が竦む。
「あら、口答え?」
ドラゴンの威圧など、アンジュさまには無意味なようです。
楽しそうに声が弾んでいるのが、
……ボクには理解ができません
「私の力。甘く見てると怪我しちゃうからね」
ドラゴンを更に煽るアンジュさま。
金色の瞳が剣を帯びる。
いや、もうここは素直に言ってしまおうか……
いぶし銀が放つ威圧感が、益々強まるのを肌で感じます。
捕食者に睨まれた獲物状態なのに、アンジュさまのお陰なのか緊迫した空気が薄まっていく。
僕の足の震えもいつの間にか止まっていた。
言ってしまおう
魔法ではなくて、ボクの加護だと
息を呑む。
ボクは指先を折り込み、アンジュさまを見上げる。
唇が離れた。
「ア、アン──!!」
しかし、ボクの決意は奇しくも、
彼女によってはばかられてることに……。
「私の魔法は、
────恋の味っ!
ミラクルんミラクルらんらルー☆」
くるんと回った手首。
完璧な振り付けと、身のこなし。
マジカルんステッキはいぶし銀ドラゴンへと差し向けられた。
あ、
ボクの身体が固まった。
それを見ていたオースティンもマリオも唖然としてアンジュさまを見ている。
「──アンジュさまっ!!」
気がついたらボクの口から悲痛な叫び声が。
「え!私、振り付け間違えた?!」
アワアワとボクへと向き直ったアンジュさま。
いや、完璧でしたけど
「違うんで───」
ポツン。
落ちてくる滴。
空気が一気に冷たくなり、大地に影が迫る。
「……な、なんだ?」
空を仰ぐマリオの目の傍を天からの滴が弾けた。
「──雨、か?」
オースティンの目が細められ、その先には真っ黒な雲が真上に広がっている。
「イヤな、雲だな……」
零れた落ちた言葉と共に目元に皺が寄った。
ゴロゴロ───
黒い雲は轟音と共に雷を煌めかせ、風を喚ぶ。土を巻き上げた風が雲へと吸い寄せされる。
唸る雷撃。
滝のように落ち、地を跳ね回る雨の礫。
服は水を吸い上げ、身体に張りつく。
ボクの髪が前へと吹かれた。
前に出ろというように背中を押す。
「ガルァ──」
異変を察知したのはボクたちだけではない。
いぶし銀ドラゴンの背後に控えるドラゴンたちがソワソワと風を嗅ぎ、天へと目を向ける。
「アンジュ……何、したんだ?」
マリオが瞬きもせずにアンジュさまへと視線を移す。
その瞳は怯えているように見えた。
「ふふ。内緒よ」
アンジュさまはそう告げると、マジカルんステッキを軽く振りながら、いぶし銀ドラゴンの金色の瞳を真っ直ぐ見つめた。
マジカルんステッキの魔法石(そういう設定の石)が怪しく照り返す。
「……下等種族めが、それで勝ったつもりか?」
低く重苦しい声が腹の底に響く。
「こんな雷雨で、我らが空を封じたというのか」
いぶし銀ドラゴンの爪が地に突き立てられ、大きい翼に風をまとわせる。
それを合図に、ドラゴンたちも翼を広げた。
「フッ、私の力はまだまだこれからよ?」
アンジュさまは今起きてることも恐れもみせずに、臨戦態勢を取るドラゴンたちを見据える。その彼女の背は静かに語っているようだった。
私に任せて!と。
だ、だから!
まぐれですって!
ボクは一歩、いや、五歩前に出て肩幅に足を開く。
ぬかるんだ地に足を取られそうになるのを耐え、息を吸い肺に空気を入れ、大声を出そうと上半身を前へと振りかぶった。
「アンジュさま!!!!」
必死に声を上げる。
けたたましく鳴る雨音に負けぬように。
「───それは、魔法……」
ボクの叫び声が合図となり、一斉に宙に飛び上がったドラゴンたち。
翼は空を裂く。
ドラゴンの美しい身体には雨が伝う。
大きく開けた口から見える鋭い牙が雷によって白く光った。
ボクたちへと迷いなく迫る。
その中の群れの二つの金色の瞳がボクを見下ろす。
ゴクン。
去った恐怖が足下を掴む。
動くことなど出来ない。
ボクの背に垂れたのは雨か、それとも汗か。
「やっぱり、こうなるんか」
マリオは斧を持つ手に力を込めた。雨が指先に染みていく。
「どっちが多く羽トカゲを仕留めたか勝負でもするか?」
マリオの片目が見開かれる。遊びに誘うようにマリオはオースティンに軽く告げた。
「そんなの俺に決まってるだろ」
オースティンはマリオを見ずに片方の口端を上げ、得物を指で引き抜くとそのままドラゴンの群れへと突っ込む。
「オイ!抜け駆けは、許さねぇーぞ!」
マリオは一歩遅れで走り出す。
地が震える。
雷雨と咆哮。
宙を埋め尽くすドラゴンたち。
そして、地響き。
もう、この世の終わりのようだった。
オースティンは先頭にいるドラゴンへと得物を振り落とそうと構える。
牙を剥くドラゴンがそれを迎え撃つ。
その時、天高くから耳を劈く喝破が落とされた。
聞き覚えのある声。
たった数時間離れただけなのに妙に懐かしさを覚えてしまう。
黒い雲の下にキラッと輝く白銀。
ボクの顔が思わず、綻んでいく。
気付けば、ボクの口が勝手に動き彼の名を喚んだ。
「────ペンドラゴン!!」
ボクの声が届いたのか、彼の声が地に響く。
「ガルルガアァァァァ!!」
その哮りに皆の時が、止まった。
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