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第5章:五十日間戦争①

 後世には意外に受け止められる話だが、この大戦の口火を切ったのは実はグラウエンシュタイン軍であった。彼らが当初、積極的な攻勢に出た理由にはいくつかの説がある。


 一つ目は軍事的観点によるものである。雷鳴王ヴィルヘルムの得意とする急襲戦術により、ローゼンベルク軍に主導権を奪われまいとした、という説だ。正統帝国軍の主体であるグラウエンシュタイン軍は、エルデンライヒを半包囲する形で展開できており、同時攻撃を仕掛ければエルデンライヒ軍は多方面で応戦を強いられ、戦力を分散させつつ消耗させられる戦略であった。数に勝る利を生かすため、統一した指揮系統を形成できない正統帝国軍は、諸侯ごとに別々の戦場で戦うことが効率的と判断したのである。


 二つ目は政治的観点によるものである。この大戦は正統ルガルディア帝国内で勃発したが、周辺国の介入を招きやすい明らかな隙でもあった。主要各国には「正統ルガルディア帝国内部に口も手も出さないように」と釘を刺していたが、隣国サンテルラン央王国は戦争の隙に帝国領土の一部を併合してしまった。このため、外交努力に慢心せず、迅速にエルデンライヒ軍を屈服させる必要があった。


 ヴィルヘルムが当初、防勢に回ったのは後手に回ったわけではない。グラウエンシュタインの思惑をある程度予測し、それを踏まえて軍事的観点に則った戦略を構築した結果であった。


 第一に、エルデンライヒは周囲を正統帝国軍に囲まれていたものの、他国とはほとんど隣接していなかった。この地理的環境により、長期戦に持ち込むことで、グラウエンシュタインの後背を衝く勢力の出現も許容できる余裕があったのである。エルデンライヒの目的は、グラウエンシュタインに決定的打撃を与え、対抗力を失わせることにあり、領土の回復は戦後でも可能と考え、優先順位を下げていた。


 第二に、エルデンライヒ軍は当初、進撃の分が悪いと判断した。ローゼンベルク軍を中核とする彼らの迅速性は大陸一であり、グラウエンシュタインの首都ノイ・ヴィーンへの電撃侵攻も理論上は可能であった。しかし、ヴィルヘルムは勝ち方にこだわった。ボレニアでの経験から、電撃侵攻で要衝を落としても抵抗勢力の残党が健在であれば、戦後処理に苦労することを知っていたからである。


 カルノヴァでは、一つ一つの地域を確実に制圧する戦法を採用したため、抵抗勢力を領域内に残さず、集結した敵をまとめて攻撃する方が効率的であった。通常は各個撃破が望ましいが、圧倒的な動員力と火力を有するエルデンライヒ軍にとって、敵がまとまってくれる方が都合が良かったのである。したがって、ヴィルヘルムはあえて、正統帝国軍側からの攻撃を待つことを選んだ。


 裏話をすると、ヴィルヘルムはエルデンライヒ大同盟結成以前、エルンストに仄めかした情報をもとに、グラウエンシュタインが攻撃に移ることを期待していた。しかし、グラウエンシュタインの動きは遅く、ヴィルヘルムは業を煮やして大同盟を成立させ、あの演説で発破をかけたのが真相である。なにせ、エルンストへの情報開示から半年が経ってようやく実現したのだから、迅速果断を旨とするヴィルヘルムにとっては非常に悠長な展開であった。


 しかし、この時間的猶予が逆にエルデンライヒ軍の態勢を充実させる準備期間となったことで、ヴィルヘルムは満足した。軍の近代化や新装備の更新、兵士の練度向上訓練、戦争遂行物資の備蓄などが進んだのだから、ある意味では好都合であった。


 これまでの準備と戦闘想定に真剣に向き合ってきたエルデンライヒ軍と、悠長に構え大した軍備もない正統帝国軍では、まさに天と地ほどの差が存在していた。したがって、戦線がどちらにとって優勢かを判断するまでもなかったのである。


 余談だが、歴史や戦史を扱う後世の学術試験において、この帝国盟主大戦は必ず出題される。しかし、その戦局推移に大きな意外性はなく、重点的に勉強する学徒はあまり多くない。


 かくして、雷鳴王の親征戦争の最終戦『帝国盟主大戦』が幕を開けた。

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