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第4章:議場で踊る、ゆえに進まず④

「ここに――『エルデンライヒ大同盟』の成立を宣言する!!」


 ローゼンベルク王国の王都、すなわちローゼンベルク勢力の中枢たる首都。その中心に位置するベルデン中央広場において、ローゼンベルク国王ヴィルヘルム2世は、詰めかけた民衆に向けて高らかにそう宣言した。


『エルデンライヒ』――それは、ルガルディア帝国成立以前から用いられてきた古語であり、特別な意味を持つ言葉として知られている。大陸共通語の源流とも言うべき言語体系に属し、今日に至る諸言語は、これを基盤として形成されたといってよい。


 この語を構成する『エルデン』とは、大地や世界といった、“物理的かつ空間的に広がる現実世界”を指す言葉である。一方、『ライヒ』とは、支配領域や秩序体系など、“人為的に築かれた社会的空間”を意味する。これらを踏まえて解釈するならば、『エルデンライヒ』とはすなわち“世界帝国”を意味し、それは一般に『ルガルディア』と同義であると言える。


 つまり――


「我々は世界に、我々自身の新たな歴史を刻み込もうではないか!」


 ――ヴィルヘルムの帝国


 この宣言は、ルガルディア帝国と並び立つ存在への挑戦であり、かつて始祖ルガルドの一族のみが成し得た歴史的偉業の再演に他ならなかった。文字の読める者も、そうでない者も、その異常性には否応なく気づかされた。偉大なる雷鳴王は、新たなるルガルディア帝国――すなわち「帝国の建設」「世界の創造」を公然と宣言したのである。


 その瞬間、誰一人として声を発することができなかった。もし停止した思考がかろうじて機能していたなら、真っ先に浮かんだ疑問はこうだっただろう。


 ――なぜ、「ローゼンベルク帝国」ではないのか。


 その答えを、宣言者ヴィルヘルムは既に用意していた。


「我らの歩みはローゼンベルクから始まった。そこに志を同じくするザールマルクが加わり、貴族支配を脱したボレニアが続いた。混乱の只中にあったカルノヴァは再生の途上にあり、つい数か月前にはキルベックも賛同を示した。もはや、これはローゼンベルク一国のものではない。我々は新たな共同体として、その在り方を世界に問われた。その答えとして、『エルデンライヒ』を名乗ることにしたのだ。これは、我々自身が作り上げた国である!」


 その列挙には、誇張や現実との齟齬も少なからず含まれていた。しかし民衆の心を捉えたのは、「我々」という言葉が示す共同体意識であった。中核を担うローゼンベルクの優越を過度に誇示することなく、かつての敗者や新参者であったボレニアやカルノヴァをも同列に扱う。その言葉選びを可能にしたのが、ヴィルヘルムという比類なきカリスマであった。


「2年前のこの日、私がローゼンベルク国王となった際、諸君らの前で何を語ったか覚えているだろうか。


『生涯を捧げてでも成し遂げねばならぬ野望がある』と明かしたことを。


『この大陸のどこよりも誇れる国家を築く』と約束したことを。


『諸君らと共に歩みたい』と助力を乞うたことを。


 私は忘れていない。――諸君らは、どうだ」


 ――忘れてなどいない。忘れられるはずがない。


 ――我が王よ……いや、我らが“皇帝”よ。


 民衆の胸中は熱気に満ちていた。誰も声を上げぬのは、ただ次の言葉を待っていたからだ。


 ――早く教えてくれ。陛下と共に、我々は何をなすべきなのかを。


「もう満足したのか?……悪いが、私はまだ満たされていない。我々の歩みは、こんなところで終わってよいものか!我々を侮る歴史そのものに、思い知らせてやれ!」


 ――そうだ、我々の歩みは終わらない。


 ――時代は進む!歴史は刻まれる!我々にとって、今日がその日だ!


「我々の前には多くの障害が立ちはだかる。長い年月の中で築かれた“伝統”、同じ野心を抱く“競合者”、そして再来を許さぬ“世界”そのものが敵となるだろう。それらに屈するのか?再び鎖に縛られた日々へ戻りたいのか?」


 民衆の脳裏に、現在の生活がよみがえった。ヴィルヘルムが摂政となり、国王となり、盟主となって以降、彼らの暮らしは劇的に変わった。貴族制からの解放、連携による経済的恩恵、生活水準の向上。特にローゼンベルクでは、彼の登場以降、収入は2.5倍から3倍に達し、肉を口にすることすら日常となった。飢餓の不安からの解放、識字率の向上、子供たちの未来への希望――それこそが彼らの精神的支柱であった。


 救いようのないほどの楽天主義。その痛々しいまでの喜びが、この時代、この国の空間を満たしていた。その熱狂は、後世の人々には到底理解し難いものであっただろう。満ち足りた生活を当然とする時代の者が、「その希望を理解できる」と口にすることはできない。


「我々はいま、ある問題に直面している。我々の繁栄を疎み、旧態依然の秩序にしがみつく者たちが、歩みを阻もうとしているのだ」


 誰を指すか、民衆には明白だった。それは紛れもない“敵”である。


「この問題は、議場での整えられた言葉や仕込まれた拍手喝采では解決しない。


 覚悟と行動、不都合な現実に挑み続ける勇気によってのみ乗り越えられる。


 誰かの許しがなければ前に進めないのか?時代は待ってくれないというのに?


 断じて否だ!


 歴史を動かすのは、決断と実行の力である。


 未来は議事録に刻まれるのではない。行動した者の足跡に刻まれるのだ!」


 この演説は、その後の未来を決定づけた。支持者にとっては決起の原動力となり、敵対者にとっては弾圧を正当化するための格好の口実となった。


 この演説文を書き上げたのは、ヴィルヘルムの政治哲学の父とも言うべきアドリアンである。酔狂な振る舞いで知られる人物であったが、その内には恐ろしいほどの人心掌握術を秘めていた。道化師と侮られることすら、彼の術中にあったのではないか――関係者にそう思わせる完成度であった。


 だが、その完璧な演説に、ヴィルヘルムは一つのアドリブを加えた。それは場の熱に浮かされたものではなく、未来を左右する重要な宣言であった。


「その戦いが終わったとき、我々の上に君臨するのは、決して私ではない」


 一瞬にして、広場は静まり返った。その言葉は、あまりにも衝撃的だった。


 ――あなたが“皇帝”になるのではないのか。


 既定事項だと信じられていた未来が揺らぎ、動揺と不安が一気に民衆を包み込む。


 ――では、誰が我々を導く“皇帝”となるのか。


「それを決めるのは、諸君ら自身だ。自らの君主は、自らで選ぶ。その生涯を賭けるというのに、なぜ自らの意志が介在しない道理がある?」


 至極もっともな理屈であった。しかし、生まれながらに絶対君主へ従うことに慣れきった彼らにとって、最初に湧き上がった感情は解放感ではなく、“不安”だった。


「当面は私が盟主を務める。しかし、戦いが終わり、国家の形が定まったとき、代表者は諸君らの意志によって選ばれる。すなわち、国民による“君主選挙”だ!」


 後世において、この制度は大統領制に近い政治体制の萌芽と評価されることになる。


 不慣れな未来への不安を抱く者も少なくなかった。


 しかし――


「「「我らが皇帝陛下、万歳!!皇帝ヴィルヘルム万歳!!」」」


 あまりにも気の早い、歴史的禁忌すら踏み越える万雷の喝采。その不遜な叫びこそが、彼らの選ぶ“皇帝”を予言していた。


 大陸暦1274年1月1日


 公式文書において初めて、ヴィルヘルムを「皇帝」と呼称した日が、この日であるとされている。

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