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第6章:生涯に意味があるとすれば⑥

 大陸暦1272年6月1日


 雲一つない夏空の下、王都近郊の演習場は、歴史が刻まれる舞台となった。


 ――新生ローゼンベルク王国軍の誕生


 後に歴史書は、この日をそう記すことになる。


 第四次ノッセル回廊会戦、そしてボレニア戦争。立て続けに勝利を収めた国王ヴィルヘルムは、王国軍をより効率的かつ効果的に運用する体制への再編が不可欠であると痛感していた。


 彼が範としたのは、歴史に名を残す軍事的天才――シャルル騎士王の軍制である。


 ヴィルヘルムは、それまで惰性的に維持されてきた戦時編成である『方面軍』を解体し、新たに複数の『軍団』を創設するという、大胆な改革に踏み切った。


 軍団とは、単独で継続的な戦闘行動が可能となるよう、必要な戦力と機能を一通り備えた『師団』を複数要する軍事単位である。歩兵・砲兵・騎兵といった戦闘兵科に加え、工兵、補給、衛生といった後方支援部隊までも内包する、いわゆる諸兵科連合部隊である。


 シャルル騎士王は、この軍団制を採用し、巨大な軍勢を柔軟かつ迅速に運用して各地の戦場に臨んでいた。


 独立した指揮系統を持ち、軍団単位で作戦行動を完結できる点は大きな利点である一方、その維持には膨大な兵員と莫大なコストを要する。そのため、空前絶後の大軍を擁した騎士王の軍を除けば、真に成功した例はほとんど存在しなかった。


 ローゼンベルク王国も過去に一度、この制度を模倣したことがある。しかし兵力不足と財政的負担に耐えきれず、結局は各国境線を担当する『方面軍』という、良く言えば柔軟、悪く言えば曖昧な編成へと落ち着いていた。


 だがヴィルヘルムは違った。


 彼は将来を見据え、騎士王軍以来とも言える、本格的な軍団制軍隊の再建を成し遂げたのである。


 観閲台に立った国王ヴィルヘルム2世は、整然と整列する軍勢から次々と編成完結の報告を受けた。


「第1軍団、編成完結!」


 王都ベルデン以東、対カルノヴァ=ストリェッツ共和国正面を担う第1軍団。その軍団長には、レオポルド・フォン・アンスバッハ中将が任命された。


 彼はかつて東部方面軍の指揮官の一人であったが、上官ブレンデルの無気力さに失望し、腐りかけていたところをヴィルヘルムに見出され、中央軍へと引き抜かれた人物である。ボレニア戦争では主力部隊を率いて奮戦し、その武名を確かなものとした。


 人材が揃った今、無能な前任者は予備役へと退き、共和国戦線の先鋒として、最も相応しい将が配置されたのだった。


「第2軍団、編成完結!」


 南部国境線、対グラウエンシュタイン大公国を睨む第2軍団の軍団長には、トーマス・フォン・ブラウエン中将が就任した。


 猛将レオンハルトの娘婿であり、南部方面軍においてその才覚を高く評価されていた人物である。将来の方面軍司令官と目され、グラドロッサの戦いでは最前線で戦い抜き、彼の指揮する方陣群は一度たりとも突破されなかった。その戦功は、まさにレオンハルトの後継者に相応しいものであった。


「第3軍団、編成完結!」


 旧ボレニア領国境に配置された第3軍団の軍団長には、シグムント・フォン・ヴァイス少将が任命された。


 規律を重んじ、行軍速度から戦闘展開に至るまで、堅実な統制を敷くことで知られる人物である。現在はボレニア統治行政局の補助任務に就いており、問題発生時には即応する体制を整えていた。


 被占領地であるボレニアにおいては、彼のような厳格な将こそが適任であると判断されたのだ。


「第4軍団、編成完結!」


 西部国境線および北中海沿岸の警備を担う第4軍団。その軍団長には、コンラート・ライナー少将が任命された。


 かつて先王フリードリヒ2世の不興を買い、貴族位を剥奪された上で左遷された人物である。しかし彼は腐ることなく、貿易都市キルベックの情報収集という地味な任務に真摯に取り組み続けた。その誠実さと積み重ねた実績を、ヴィルヘルムは正当に評価していた。


 密かに、キルベック攻略の準備を進めるよう命じられていることを知る者は、まだ少ない。


「第5軍団、編成完結!」


 王都と南部方面の中間に配備される第5軍団には、セバスティアン・フォン・ハルトマン少将が軍団長として選ばれた。


 戦闘指揮官ではなく、兵站を統括してきた兵站将校である。混乱極まる戦場にあっても冷静さを失わず、前線を支え続けた彼の働きなくして、ヴィルヘルムやジークハルトの電撃的作戦は成立しなかった。


 第5軍団は援軍・後方支援・予備戦力として、全軍を下支えする存在である。


「第6軍団、編成完結!」


 ザールマルク領に駐在する第6軍団の軍団長には、マルティン・フォン・ザールマルク少将が任命された。


 アーデルハイトの従兄にあたる彼は、ザールマルク軍を実質的に率いてきた名将であり、ヴィルヘルムからも高く評価されている。領地編入後も変わらぬ忠誠と能力を示し続ける、信頼に足る人物であった。


 以上の6個軍団こそが、現在のローゼンベルク軍の基幹戦力である。


 各軍団は戦時編成で5万、合計30万という、異例とも言える大軍勢を擁していた。それはヴィルヘルムの連戦連勝に魅せられ、多くの若者が常備兵として志願した結果であり、まさに彼自身が創り上げた軍隊であった。


 戴冠式の場においてヴィルヘルムが示した道――「己が生涯の行いのみが、己が名誉を定める」という峻厳なる掟。その理念に殉じることを彼らは選び、命を賭して己が生の意味を刻みつけんとしていた。


 己は歴史を成す者となる――その覚悟、その意志が凝縮された結晶体こそ、今、眼前に林立するこの軍勢であった。


 しかし、雷鳴王はそれだけに満足しなかった。


「中央軍近衛師団、編成完結!」


 国王直轄の中央軍――その中核たる近衛師団の師団長には、アドルフ・フォン・ローゼンタール大将が任命された。長年王族に仕えてきた忠臣であり、幼少期のヴィルヘルムに剣を教えた人物でもある。その清廉さと威厳は、彼の人格形成に大きな影響を与えていた。


 彼らは王宮のみならず王都全域の防衛を一身に担う、国家の命運を負わされた戦力であった。


「中央憲兵団、編成完結!」


 中央憲兵隊を再編・増強した中央憲兵団。その団長には、グスタフ・フォン・レンツ少将が就任した。


 正義と公正の体現者と称される軍規の鬼であり、ヴィルヘルムの最も信頼厚き忠臣の一人である。軍法を司る総本山として、全軍に睨みを利かせる存在となった。


「高級副官部、編成完結!」


 最高司令官を補佐する高級副官部。その部長には、ヨハン・リッテンベルク少佐が任命された。


 彼は自らを凡才と称するが、その実務能力と献身は、ヴィルヘルムが最も信頼するところである。本来表に出る部署ではないが、この場に列したのは、国王の最側近であることを示すためであった。


 そして――


「第101機動戦闘団、編成完結!」


 その報告を聞いた瞬間、ヴィルヘルムの厳格な表情が、わずかに満足そうに緩んだ。


 第101機動戦闘団


 団長はジークハルト・フォルラート少佐――ヴィルヘルムの“狼”


 中央軍最大、そして最精鋭の戦闘部隊であり、砲兵隊指揮官シャルロッテ・フォン・アイゼンドルフ少佐、騎兵隊指揮官カール・フォン・ミュラー少佐ら、ヴィルヘルムの側近たちが名を連ねていた。


 階級の並ぶ異例の編成は、彼らが単なる上官と部下の関係ではなく、共に戦場を駆け抜けた戦友であることを示していた。


 実のところ、先の『ボレニア戦争』は、ある一連の戦争群を構成する一戦に過ぎない。


 それは『雷鳴王の親征戦争』と総称される。


 ヴィルヘルムが自ら大軍を率いて指揮した戦争は、全部で三つ。


 彼が雷鳴王であるうちに、なお二つの戦争が待ち構えていたのである。


 ヴィルヘルムの対外戦争において、この戦闘団が動員されぬことはなかった。


 彼らは勝敗を決する切り札であり、“ヴィルヘルム軍団”の象徴であった。


 6個軍団と中央軍――それがローゼンベルク軍の全戦力である。


 だが、それでもまだ足りなかった。


 強大な軍隊には、それを導く“頭脳”が必要なのだ。


 同日、ローゼンベルク王城にてひっそりと設立が報告された組織があった。


 第四次ノッセル回廊会戦、そしてボレニア戦争を勝利へ導いた、ヘルマン・フォン・シュトラウセン中将率いる幕僚組織。


 その名は――


「王国軍参謀本部、編成完結致しました」


 後に“狼たちの牙城”と恐れられる、ローゼンベルク軍最高の戦略機関。


 それこそが、ヴィルヘルムの軍事行動を支える源泉――『参謀本部』であった。

これにて【第2編:雷鳴王の王国】は完結です。

ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました。


次回より新章に突入いたします。


まだまだ至らぬ点も多い作者ではありますが、これからも楽しんでいただける物語をお届けできるよう精進してまいります。

引き続き応援していただけましたら幸いです。

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