47話『闘技場と地下牢』
奥州藩の地下に張り巡らされた広大なチェスアントのコロニーを抜けると、発光する苔が魔甲虫の物だろう緑や赤、金色などの金属のような光沢をを放つ扉の前に出た。
合図を部外者に見せないためか、俺やグレードは扉から離れたところで待機させられている。
しばらくすると、扉が解放されてチェスアント車がゆっくりと進み始めた。
全てが通過するとすぐに扉閉じられる。
何かあった際の脱出経路の一つとして利用できないかと考えていたこともあったが、真っ暗であちらこちら脇道が存在し、複雑怪奇な迷路のような蟻塚を突破できる気がしない。
唯一案内が出来そうなクロスケは、目立たないように俺の荷物に隠れている。
もともと、同種である筈の他のチェスアント達に邪険にされていた個体だったから、会わせないほうが良いだろう。
扉で隔てられた先もチェスアントのコロニーは続いているようで、何度曲がったか覚えるのを放棄したころ、目的地であろう扉に到着した。
また距離を離されて扉があくまで待機させられる。
「おっ、今度こそ着いたかな」
「たぶんな……空気の臭いが違う」
扉の隙間からコロニー内へと流れ込む空気が、土特有の香りを薄れさせていく。
「行くぞ!」
前方からの号令に合わせてチェスアントが進み始める、すでに陽が落ちているのか、美しい星々が夜空を彩る。
数日間ヒカリゴケの明かりを頼りに移動してきたため、突然日光の下に出ずに済んだのはありがたい。
月光や煌々と松明が焚き上げられている光ですら眩しいのだから、直射日光は暗闇に慣れた今、目が開けられなかったことだろう。
「どこだかわかるか?」
「わかるわけないだろうが」
「だよなぁ……」
ぐるりと周りを見渡せば、高い石壁に囲まれているようだ。
余計な物が置かれておらず、出入り出来そうな扉は今出てきたチェスアントの巣へと続く扉と、月光の光を反射して金属色に光る扉の二つのみ。
「通行証を見せよ」
壁の上部から声が掛かり、一行を取り囲むように弓を構えた警備兵が高所からこちらを狙っている。
通行証の確認が済んだのか、ゆっくりと出口の扉が引き上げられ、前に進み始めた。
ホッと安堵のため息を吐き出すと、念のため寝たきりの患者たちの様子を確認する。
「はぁ……これで少しは休めるな」
「まだ気を抜くのは早いと思うぞ?」
患者の口に水を運びながら、先ほどから聞こえてくる耳鳴りに意識を集中する。
グレードには聞こえないのだろう。
重なり合うような高周波にクロスケが本能的に震えている。
わかりやすく例えるならば、モスキート音に近いような音が複数共鳴しているのだ。
どうやらここは花街とはまた方向性が違う闇市の一種らしい。
花街のように周囲を高塀で囲い込み、その内側は賭博場や酒場、闇オークションの他に、あまり合法的とは言い難い奴隷市が開催されているようだ。
花街の遊女となる禿の買い付けも、この奴隷市で売買されるらしい。
そしてこの闇市の最大の目玉が、中央にある闘技場で行われる賭け闘技らしい。
闘技は戦闘奴隷同士の戦いが主だが、中には犯罪奴隷と魔蟲を戦わせる闘蟲もあるそうだ。
闘技場は高塀に囲まれており、その塀の上部をぐるりと、鋭い棘のある茨が逃走を阻むようにびっしりと生い茂っている。
観客席は、武舞台を上から下へと見下ろすことができるように作られているようだ。
なんにしても胸糞悪い事に変わりはない。
スポーツとして好きなものたちが格闘技で己の強さを証明するチャンピオンリーグと、奴隷として戦いを強いられるのは違うとしか言いようがない。
患者たちを載せたまま、闘技場の高塀を潜り抜けて武舞台のすぐ脇を通って進む。
この武舞台の周りには奴隷達が逃げられないように三メートル程壁に囲われている。
壁には等間隔で幼子ならば出入り出来そうな小窓が設置されており、VIP用の観覧室が設けられているらしい。
観覧室の外側には人がすれ違えるかどうかと言う広さの通路があるようだが、闘技場で戦わせる魔蟲は身体も大きい。
荷台に載せて管理する為の檻へ隔離するには武舞台の両端にある搬入口から出入りするしかない。
上部な金属色の格子の門がゆっくりと引き上げられて反対側のエリアへと入っていく。
VIPの出入りは想定していないため、装飾よりも堅牢さを重視しているようだ。
「高周波が酷くなったな……酷い耳鳴りがする」
コンコンとこめかみを叩きながら顔を顰めるクロードに苦笑いしつつ、周囲の確認を怠らない。
程なくして緩やかなスロープを地下に降りると、十メートル程の通路の両脇に岩壁をくり抜いて作られた牢が並んでいる。
大型の魔蟲が複数捕らえられており、その周りにも積み上げられた小さな檻に幼生と思われる虫達が押し込められているようだった。
魔蟲の体当たりにガシャンと大きな音が反響し、カイトたちを運ぶチェスアント達が動揺するのを馭者達が宥めて通り抜ける。
「クロスケ大丈夫か?」
「……キュ」
小さく返事をしたクロスケを労るように撫でると、懐でクロスケが身体を擦り付けてくる。
どうやらこの闘技場の地下は螺旋状になっているようで、魔蟲牢の下の階層には奴隷と思わしき人達が、ボロボロの衣類で牢屋の中に隔離されていた。
どうやら個室ではなく、狭い室内には五人から六人の奴隷達が生気のない顔をして蹲っていたり剥き出しの地面に横たわっているようだ。
「!?」
何かを見つけたのか、立ち上がりかけたクロードの腕をつかみ、引き留めるとそのまま首を振りできなく否定する。
「なんだ? どうかしたのか?」
「いえ、何でもありません、患者の一人が寝返りしただけです」
不審に思った馭者がこちらを確認するために声を掛けてきたが、何事もなかったように返事をする。
「落ち着け、今動けば助かる者も助からないぞ」
「すまん、先に捜索に来ていた奴を牢の中に見つけて、動揺しちまった」
「助けるにしても逃げ道を確保しなけりゃならん、周りの情報を集める方が先決だ」
ガラガラと響く車輪の音にかき消されるほどの小声で話す。
「しかしこの地下牢はどこまで降るんだ?」
既に魔蟲牢、人間牢、マーリーン族や獣のような耳や鼻の亜種人種牢や珍しい動植物の牢を通り過ぎた。
珍しい動植物や亜種人種の中でも、身綺麗に着飾らされているなど扱いが違う牢はきっと“用途”が違うのだろう。
見世物小屋のような牢屋を通り抜けてチェスアント社がたどり着いた先にあったのは、拍子抜けするほどに小さな扉だった。
どうやらチェスアントで進めるのはここまでらしく、荷台に載せていた患者たちと、世話役の俺たちを降ろすとまるで祟りでも恐れるようにして足早に逃げていった。
『あっふ……これはまた凄い穢れよの、ここは禍々しい怒りとして絶望に満ちてしまっておるのぅ』
それまで眠っていたらしい推しぬいサイズの瀬織津姫様が小さな両手で目元をこすりながら欠伸をしている。
「おはようございます、もう起きられても大丈夫なのですか?」
『あぁ、瀧澤神社で回収した神力が無事に馴染んだようじゃ、これで瀧澤周辺も妾の神域として社を荒らさぬかぎり多少は浄化見込めよう』
「それは良かったけどよ、置いていかれちまったぞ」
「何をグズグズしている。 早くこいつらをなかに運び込め!」
コソコソと話をしていたカイト達へ世話役らしい男の怒号が響く。
カイト達の他に牢屋から連れ出されたらしい奴隷が数人、死んだような目つきで地面に転がされている患者を担ぎ上げ、足元を引きずりながら小さな扉へと運んでいく。
「何をやっている、お前らも運べ」
「どうするよ……?」
「とりあえず、言う事を聞いておこう。 この扉の先に何があるのか確認しなければならないからな」
監視役の男はクロードとカイトにも怒鳴りつけてくるため、一人ずつ背中に背負い、扉を抜けた。
その際にポトリとクロスケが地面に落ちてしまったが、カイトが気が付き手を伸ばすよりも早く、カイトを扉の中へと蹴り入れ、半ば押し込むようにして扉を閉めた監視役のせいで離れ離れになってしまった。
「くそっ、クロスケを落としちまった……」
「あんなナリでもチェスアントだ、いざとなりゃ穴を掘って逃げるだろ、問題はあっちだ」
呪詛に纏わりつかれて、黒く不吉な斑に侵されたチェスビーの羽音が不気味に響く。
「うわぁ!助けてくれ!」
先に入っていった奴隷達が次々と患者を投げ捨てて逃げ惑う。
そんな患者を足で器用に掴むとチェスビーが一匹、また一匹とどこまで続くのかわからない暗闇へ飛んでいくのだ。
「瀬織津姫様、俺とクロードの気配を隠すことは可能ですか?」
『妾を誰だと思うておるのじゃ』
こちらへと向かってくるチェスビーに一瞬身構えたが、チェスビーはカイトとクロードをすり抜けて、岩陰に隠れた奴隷を捕まえては飛び立っていく。
「よし行くぞ」
「ぐぁぁ行きたくねぇ……」
この期に及んで往生際の悪いグレードを引きずりながら、チェスビーの進んでいった方向へ歩みを進めた。
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