46話『奴隷街』
幸いな事にグレードはすぐに見つかった。
いつもと同じく長屋近くに居を構える、修理屋の手伝いを進んで買って出ていた。
魔道具技師のグレードにしてみたら日用品なんて片手間だろうに、修理屋の親っさんの乱雑な工程なのに出来上がりの美麗さに魅了され期間限定で弟子入していたのだ。
「グレード、夜宵殿の緊急の指示で俺たち二人に患者の搬送依頼が来た。 花街に戻れるのはしばらく先になると思う」
「ちっ、予想以上に早かったな」
頭に巻いていたは布を外すと、それを粗雑に道具入れへと投げ込む。
「すまねぇなぁ爺さま、行かなきゃなんねぇ見てぇだ、途中までは修理が済んでるんだが、続き頼めるか?」
「ホッホッホッ問題ない、使い走りなど男衆見習い達に小遣いか干し柿でも握らせときゃ何とでもなるわい」
軽い調子で告げてきた爺さまは、ゴソゴソと近くの箱を漁るとそれをグレードと俺に渡してくる。
「用事というのは夜宵殿の所に時々現れる男たちだろう、決して油断するなよ、あれは死と不浄と穢れ災いを運ぶ者達だ……」
「わかった。しかしこれはすげぇなぁ」
まじまじと手元のナイフを見る。
「間違っても自分や仲間を切るんじゃねぇぞ? ヒョウモンダコの毒を濃縮したものがしこんであるからな、みたらすぐにしまえ。 危ねぇからな」
この世界のヒョウモンダコが俺の知っているものと同じ生き物かはさておいて……
元々のヒョウモンダコは手のひらに乗るくらい小さなタコだ。
基本的には周りの色に同化しているのだが、外敵に遭遇すると青い輪や線の模様のある明るい黄色の豹柄に似た警告色に変化する。
そしてその、一見愛らしい見た目に反して、恐ろしいのが フグ毒として有名な強力な神経毒素テトロドトキシンを保有する危険な生物だってことだ。
全身猛毒武装してやがるから食えたもんじゃない。
「しかし、こんな内陸部でよくヒョウモンダコの毒が手に入りましたね……」
「あぁ、この花街は華やかなだけじゃないのは知ってるだろう? 暗器の類は花街の奥で取り扱っているしその方が都合がいい御仁も居るんだよ……ちなみにヒョウモンダコの魚人奴隷から取ったものだと言っていたの」
「魚人奴隷……」
オーナガワ村にいた時に、海に住むマーリーン族等の海洋民族を捕らえて奴隷にしているという話は聞いていた。
アクアリーナのような人魚型の者や、逆に海中監獄で会ったシャクルのように、魚類の外見に人のような手足がある魚人型がいる。
その二つを纏めて魚人奴隷として闇取引所されているのだという。
簡単に挨拶を済ませて急ぎ、夜宵殿の長屋へ急ぎ戻ると、いつでも出られるように纏めていた少ない荷持持ち上げる。
「戻ったか、鮮度が落ちないうちに移動するぞ」
苛立ちを隠そうとすらしない声音で、声を掛けてくる覆面の奴隷商人達は既に商品となる病人達をチェスアントが引く天幌が貼られた荷車に積み込んでいた。
「はいこれ、処置用の道具一式だよ。 気を付けて行っておいで」
「お世話なりました」
夜宵殿に道具箱を手渡され、深く頭を下げる。
「あぁ、ケリが付いたらまた来な」
ニカッと笑ってみせた夜宵殿に見送られながら、俺とグレードは重症な者を乗せたチェスアント車の後ろを歩く事になる。
花街と外街を遮る門をチェスアント車で越えると途端に道が悪くなる。
患者を載せた荷台が粗い石を踏みつけて荒々しく跳ねる。
「おいっ、いくら俺たちが患者を診たとしても、こんなに乱暴に扱ったら目的地まで持たずに死んじまうぞ!」
グレードが激を飛ばすと、さすがに死なれてはマズイと思い出したのか、荷台が跳ねるような大きさの石は避けて運転するようになった。
「死体ではダメなんだな……」
彼らの身体を何に使いたいのかはわからないが、ロクなことでは無いことだけは本能的に分かる。
相変わらず花街の外はスラムと変わらない。
華やかな大通りを離れれば壁沿いや裏路地には物乞いや孤児が溢れている。
「気にするな、今の俺たちにしてやれることはない」
グレードは道の脇に座り込む者たちを見向きもせずにいる。
「どんな理由があったとしても、今の自分の境遇から本当に抜け出そうと考える気概があるやつは、たとえ子供だけであろうとも、知恵を駆使して危険だとわかったうえでオーナガワ村や地方へやってくるからな……」
「誰かが助けてくれるまで動かないのは奴らの選択で、その結果が自らの境遇に表れているだけだ。子供でも出来るのに大人が動かないのは……不幸な自分の境遇に酔って浸っているだけのただの甘えだ」
グレードの言いたいこともわからないでもない。
この世界に来る前は弱者救済だ、奉仕の精神は尊いものだと持て囃されていた。
本気の善意の募金や社会保障、ボランティア、手厚い支援も有ったが、その陰で横領や外国人への社会保障の乱用、ボランティアのフリをした火事場泥棒等の犯罪も多かった。
「助けていい人と助けてはいけない人を見極めるのは本当に難しい」
辛酸を舐めたことがあるのだろうグレードの言葉に頷く。
「この地獄のような環境で、不幸な自分に浸っている幸せな奴に毎日飯を施し続けるのか? 金をやったところで一時の快楽のために賭博や女を買うだけだ」
花街には金持ちの客ばかりが来るわけではない、そんな客は高級遊郭に来るような大店の旦那や特権階級の連中ばかりだ。
そして様々な理由で遊女から夜鷹に格下げされた女たちは、相手がたとえ病気持ちであろうとも、生きていくためにその身体を売るしかない。
「ならば俺は、この碌でも無い世界で、なんとか自分の境遇から抜け出そうともがく気概がある者たちから救いたい」
グレードの瞳には強い意志の光りが宿っている。
「それもそうだな、自らの意思で自立するつもりがない連中には言うだけ無駄だからな」
両手を後頭部に当てながら肩を開いて、馬車で凝り固まった筋肉を解す。
「おい! うるさいぞ! 静かに看病しやがれ!」
「へーい、すいません」
どうやら思っていたよりも声量が出ていたのか、奴隷商人の一人から怒声が飛ぶ。
「オーナガワ村へやって来た子どもがいたのか?」
二人で視線を合わせてかたをすくめ、声を潜めながらグレードに話の続きを振る。
内陸部に来てから数日、荒廃し植物が育ちにくい大地や跋扈する大型の魔蟲など色々と目にしてきたが、同じ魔蟲や魔魚がいる地方の方が、危険度は増しても食料は確保できるのではないだろうか。
自分の境遇を嘆きながら、さほど安全とも言えない外壁に守られた街から動かないのはどんな事情があろうとも、自分の境遇を嘆きながら動かないのは確かに本人の意思でしかない。
「あぁ、昔街で暮らせないと決断した孤児たちが仲間を集めて移住してきたんだ。 まぁ、オーナガワ村へたどり着けずに魔蟲から仲間を逃がすために死んだものもいたらしいが、ゲオの父親がそいつらの先導だったんだ」
グレードの言葉に納得してしまう。
海の民であるマーリーン族の海域を侵犯したり、悪天候で遭難したオーナガワ村や近隣の漁村の漁師たちは、マーリーン族の海底要塞に捕虜として隔離されていた。
もう二度と地上へ帰れないかもしれないと言う不安に耐えきれず、少しずつ疲弊していく気性の荒い漁師たちをまとめ上げていたのがゲオの父親だったことを思い出す。
「すごいな、子どもの頃からしっかりしていたんだな」
父親の血は確実に息子のゲオへと受け継がれている。
そんな他愛ない話をしながら街を抜けて、気がつけばチェスアントの巣穴へとたどり着いていた。
「大型魔蟲に出くわさずに住んでよかったな」
チェスアントの巣、それはチェスアントの縄張りで、それ以外の魔蟲に遭遇する可能性が減るため、皆の緊張が一瞬緩むのだ。
チェスアントに襲われないように彼らの分泌液を塗布して準備を済ませると暗い地下道を進んでいった。
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