43話『花街』
マーサムーネ様が帰って行った翌朝、俺はクロスケとともに城下町へとやってきた。
入城するときは警備が厳重だったが、マーサムーネ様の朱印状をいただけたため、今後マーサムーネ様に連絡を取りたい時には、城門でこの朱印状を見せれば、最優先で取りついで貰えるらしい。
また花街の一見さんお断りの老舗遊郭への紹介状まで準備していたのには驚いた。
正直、飛行するチェスビーの背中からは、いつ振り落とされるのではないかと心配で、足元や空からの景色なんて堪能できる余裕などなかった。
しかしどうやらダーテ藩主の城があるこの街はよく栄えているらしい。
荷車や幌馬車のような物を取引先である店の前に駐車したり、魔蟲やチェスアントに広い馬車を牽引させても、余裕をすれ違えるほどに広く整備されている。
街道には近隣からやってきた人や住人と思われる人々が溢れ、活気に満ちていた。
見慣れた野菜と見慣れぬ野菜が並ぶ露天を冷やかしながら、教えられた方角へゆっくりと進んでいくと、次第に雰囲気が変わっていく。
活気に満ちていた商人の客引きの声が、媚を売るような甘えを含むものへ移り変わっていくのが、商業区や住宅地ではなく花街に入ったのだと分かりやすい。
花街は高い壁に四方を囲まれており、立派な門が花街と民が暮らす街を明確に分けているようだ。
黒光りする頑丈な大扉の脇には詰め所があり、屈強な男たちが出入りするものを鋭い視線で監視している。
ひょっとして不審者として呼び止められやしないかとドキドキしながら扉をくぐれば、目の前には外界とは明らかに違う街並みが広がっていた。
美しい緑に染められた立派な柱と朱塗りの屋根が、白い外壁に映えている。
極彩色の刺繍が施された着物や扇情的な露出の多いドレスを纏った遊女や、ホストのような男性が建屋の二階に設置されたベランダから道行く客に愛想を振りまいている。
また通りに面した場所からも、まだ手が空いている遊女やホストを格子越しに確認できるようだ。
格子の向こう側で気だるげに煙管を燻らせる遊女と目が合い、誘う様に微笑まれて、そそくさとその場を離れたのは目立ちたくなかったからだ。
遊女や男遊達を物色する客達も身なりは様々なようで、高価そうな魔石をふんだんに使用したアクセサリーを見せ付けるように身に纏う者も居れば、俺やオーナガワ村の男衆と変わらない者もいる。
しかし、表通りに店を構える妓楼に入っていくのは身なりの良い者達がほとんどのようだ。
ぼんやりとそんなことを考えていると、シャン! シャン! と幾重にも重なる鈴の音が聞こえ始めた。
「花魁道中だ!」
「花魁は誰だ!? 花魁道中を見れるなんて今日はツイてるな!」
ざわざわとしていた客達が期待に表情を輝かせ始める。
道中を先導する用心棒だろうか、数人の屈強な男たちが長い棒を持って、道の両端へと見物客を退かせ道の真ん中を開けていく。
そんな光景に巻き込まれないようにオレはさっさと、道の脇に避難するが、見物客の中には花魁と面識を得たいがために用心棒へ喧嘩を売りに行く者も居るようで、無理に道へ割り込もうとして手荒な洗礼を受けている者もいた。
鈴の音が大きくなるにつれて、花魁道中の姿が近付いてくると歓声が大きくなっていく。
「タカオ太夫だ!」
数十人からなる連れを率いて現れたのは、見たこともない高価そうな着物を纏った女性だ。
同行する男衆の肩に手を据えて、鈴の音に合わせてゆっくり進んでくる。
昇り龍の刺繍が施された金襴の打掛をその身に纏い、派手に結い上げた髪には見るからに高そうな簪がこれでもかと挿されている。
いったい何本あるのかと数えてみたら遠目から見える範囲で二十本近く飾ってあるようだ。
身体の前に結ばれた存在感ある帯もまた重そうで、爪紅を施した素足は黒塗りの高下駄を引きずりながらゆっくりと進んでいく。
きっと目的地に着く頃には地引き網を終えたあと並みに腰痛がするだろうなと思うのは俺だけだろうか。
「何にしても関わらないほうが身のためだな」
そう、断じて怖気付いたわけではないから間違わないように!
豪華絢爛な花魁道中を見送っていると不意に腕を掴まれて細い路地へと引きずり込まれた。
「なっ、なんだ!? 放しやがれ!」
振り払おうとしたら、パッと拘束が外れて勢いを殺しきれずにバランスを崩してたたらを踏んだ。
「暴れんじゃねぇカイト! 捜したぞ!」
はて? 一瞬誰の声だったろうかと言う疑問は、不機嫌さ丸出しのグレードがそこにいた。
「よっ、グレード久しぶり!」
「よっ! 久しぶり! ……じゃねぇ! このヌケサク!」
久しぶりに会った相手にヌケサクは酷いんじゃなかろうか。
「連絡方法も集合場所も確認せずにオーナガワ村を飛び出すような奴はヌケサクで十分だ!」
あ~、そう言われてみれば、俺はグレードとの連絡方法を確認するのをすっかり失念していた。
タイムスリップ前なら携帯電話や郵便などの連絡方法があったけれど、この世界ではどのように連絡を取ればいいのだろう……
これは……たしかに俺が悪いな。
「済まない、たしかに俺が悪い」
早々に非を認めてグレードへ頭を下げる。
「わかりゃあ良い、とりあえず無事に合流できてよかったぜ」
バシッと軽く腕を叩かれる。
「とにかく、移動するぞ! 花道に居れば目立つからな!」
ずんずんと細い路地を進み始めたグレードを追いかけて行く。
しばらくすると、掘っ立て小屋のような建物が密集した場所に出た。
先ほどいた表通りの絢爛さなど微塵もない、ボロボロで今にも倒壊するのではないかと心配になるような古い建物の前には客引きの女性達が立っている。
これまで目にしてきた遊女達とは比べることができないような、変色し汚れてほつれた着物が申し訳程度に骨の浮き出た肩に掛かっている。
「あまり夜鷹を見るんじゃねぇ、苦海に引きずり込まれたくないだろう」
まるで痛ましい事実から顔を背けるようにグレードから注意が飛んできた。
「すまん、気をつけるわ」
後から確認したら、夜鷹とは病や年齢など何らかの理由で表通りの妓楼で遊女として稼ぐことができず、年季と呼ばれる借金を返すことができなかった者たちの事らしい。
遊女や男遊は贔屓にしてくれる客から身請けされるか、借金を返済できなければ自分を買い戻すことすらできず、花街から出ることが出来ない……
そんな訳ありばかりがこの周辺に住んでいるのだそうだ。
そんな場所の更に奥に、目的の地があった。
掘っ立て小屋には変わりないのだが、長屋になっており、夜鷹よりも更に体調が悪そうな者たちが集まっている。
生きる屍と呼べるほどにやせ細った患者たちを、せっせと世話する女性がグレードをみて顔を顰めた。
元は美しかったとうかがい知ることができるその顔には、醜く引き連れた火傷の跡が残ってしまっている。
「なんだいグレード、また来たのかい。 しかも場違いな男まで連れて、ここにはあんたらのような健康な男の相手を出来るような女は居ないよ」
帰った帰ったと言わんばかりの態度の女性にグレードが苦笑いしている。
「女を買いに来たわけじゃないし、夜宵太夫に相手をしてもらえるんだから問題ないだろう?」
悪びれる様子もないグレードの言葉に、目の前の女性が睨む。
「太夫の地位なんぞとうの昔にタカノに取って代わられたわ! それで?そっちの色男があんたが捜してた男かい?」
「そうだ、カイト、彼女は薬師の夜宵殿だ。 この通り全く可愛げがないが、元この花街の高級遊女、夜宵太夫として有名な方だ」
「今じゃただの化け物夜宵だがね」
わざとらしく肩をすくめて見せる夜宵殿は、何かに気が付いたのか俺の方をまじまじと見つめると、目を見開いて驚いたようだ。
その視線の先には、神力を抑えて姿を見えないようにしていた手乗りサイズの瀬織津姫様が居る。
「妾が見えるとは随分と感のいい娘じゃのう」
「昔から怪異の類には好かれちまう質でね」
やはりグレードには見えていないのか、一人で話し始めた夜宵殿の様子に動揺している。
「瀬織津姫様、グレードが混乱してるから申し訳ないが姿を見せてやってもらえないだろうか?」
「良いぞ」
快諾の返事とともに見えるようになったのか、グレードから小さな悲鳴が上がる。
「グレード、先に紹介しておくがオーナガワ村の土地神になった瀬織津姫様だ」
「そなたも妾の氏子となるのか、ほれ!」
グレードの反応が気に召したのか、気前よく祝福を分けている瀬織津姫様が可愛い。
「いやぁ、驚いたね。もののけ連れの奴や取り憑かれつ奴、人間に混じって暮らしてる奴はたまに見るが、こんな高位の女神様を連れて歩いてる奴は初めて見たよ」
「わかってるじゃないか、妾ならその顔の傷も浄化出来るがどうする?」
小さな手で指し示したのは夜宵殿の顔から首にかけて刻まれた火傷のケロイド。
「あいにくだけど、遠慮しておくよ」
ゆっくりと自らのケロイドに指を滑らせる。
「たしかにはじめは恨んだこのキズだけどね、このキズのおかげで怪異に拐かさる心配をしなくて済むようになったからね」
「ならば祝福だけ授けよう」
「ありがとうございます」
パァッと当たりが明るく光るとヒラヒラと夜宵殿の手に花びらが降りてきた。
「ジョブスキルまで頂けるのですか!?」
「よく頑張ったのう」
花びらに刻まれたのは《癒女》人々を癒す力だ。
「ありがとう……ございます」
花びらを大切そうに胸に引き寄せて夜宵殿は感謝の言葉を口にした。
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