12、バハムートは疲労困憊
「長期休暇、ですか?」
バハムートは驚いて、目をぱちくりとさせた。
「はい、私は学園残り組でしょうか」
「帰るつもりだったんですか?」
(あ、そっちの驚きだったんだ)
どうやらバハムートは、私が残ることが当然だと考えていたらしい。
「……ええっと、わからなかったので確認したほうがいいと思ったんです」
「賢明ですね」
感心したように頷くバハムートに、友達が教えてくれたんです、というと、ふと彼は思案顔になった。
「友達と言うと、ロックファウスト家の令嬢ですか」
「……そうですけど」
気のせいかな。
バハムートが少しだけ、警戒しているような――そんな、気がする。
ロックファウスト家が闇属性に関わる家系だと、知っているのだろうか。フローリリアは隠しているようだし、バハムートを警戒していたから、ロックファウスト家の属性家系に関しては周知ではないはずだ。
そう考えて、んん? を胸中で首を傾げた。
あれ。私、もしかして知っちゃいけないこと、知っちゃった?
ロックファウスト家は上流貴族だ。
上流貴族が隠している秘密を、私は知っている。
もしかして私、あっさり消されちゃったりするかもしれない。
ひぃ、と両腕を抱いたところで。
思案に耽っていたバハムートが返ってきたので、光属性実技講座が始まった。
今は、勉強に集中だ。
以前、バハムートが言っていたように、細かな作業をするような集中力が、光属性を操るには必要だ。
幸い、私は細かい作業が苦ではない。
特に、モノづくりの分野においては、趣味もあって、かなり好きだ。
そういった意味では、私か光属性に合っているのかもしれない。
イメージからの具現化が特によいと褒められて、最近はバハムートに言われるまま、具現化するものを細部まで作れるよう練習している。
けれど、何より重要なのは、対闇属性に対する防御と攻撃だ。
デルと遭遇してから、私の浅はかな考えは変わり、自衛についてかなり気合を入れて学んでいる。
そんな日課の個人授業をお昼休みに終えて、放課後再びバハムートの部屋へ向かう。
手伝いという名のバイトが待っている。
私がやるのは、本当に事務的なことばかりで、基本はバハムートが引き受けた仕事の書類整理だ。
楽なお仕事だよ、ほんと。
書類がどっさり挟んであるファイルを開いて、勝手にフォルダ分けした分野ごとに、書類を整えていく。
これで、いつ見返してもわかるだろう。
たまに、書類の一部分が足りない場合があって、そういうときは、紛失一覧(というノートを作った)に書き込むことにしている。
これで、あとからひょっこり出てきても、どこの書類かわかるだろう。
ふふん、と鼻歌をうたいながら仕事をしていると、バハムートがやってきた。
今日は、終礼後に用事があるので先に作業を始めておいてほしいと言われ、預かっていた鍵で部屋へ入ったのだ。
「先生、大丈夫ですか?」
ぎゅっと眉間に皴が寄っていて、見るからに不機嫌だ。
(そういえば、前にもあったっけ……こんなこと)
「大丈夫、ではないかもしれませんね」
「もしかして、お仕事ですか? 学校周辺のデル退治までしてるって、聞いたんですけど」
「……ああ」
バハムートは盛大なため息をつくと、いいえ、と否定をした。
「仕事といえば仕事なんですが……退治できるだけ、デル相手のほうがマシかもしれません」
「もっと大変なお仕事なんですか?」
「それはもう」
「前の……初めて、実技を教えてくださった日も、そのお仕事だったんですよね」
「……ええ、まぁ」
バハムートは苦笑すると、ドサ、と椅子に座って足を組んだ。
「見合いですよ」
「お仕事……の? えっと、見合いっていうと……もしかして、お見合いのこと、ですか」
まさかね、と思いつつ聞くと。
「まさにそれです」
ふっ、と深淵を見るかのような目で、バハムートは視線を落とす。
「ああ、面倒くさい。なぜ私が行かねばならないのでしょうね。少し前まで弟子を取れと煩かったのに、弟子を取った途端に次は結婚しろですよ。有能な遺伝子を残せ? いい加減にしてほしいものです」
わぁ、珍しく饒舌。
これまでバハムートが教師としての態度を崩すことがなかっただけに、余程心労がたたっているんだろうと思う。
「それって、前に言ってた中央属性管理なんとかっていう、ところの命令ですか?」
「勿論。好んでいくわけないでしょう」
仄暗い目で笑うバハムートに、顔を引きつらせてしまう。
結構キてるよ、何があったの!
「……先生は、独身主義者なんですか?」
「私の人生は私のものですから、他人に踏み込まれるなどまっぴらごめんです」
何を言っても返事が毒舌で返ってくる。
何か、今日のお見合い先であったのだろうか。
ん? 待って。
時計を見ると、授業を終えてから三十分ほどしか経っていない。
「えっと……そんなにすぐ終わるものなんですか? お見合いって」
前のときも、三十分から四十分ほどで戻ってきたような。
しかも、移動時間を含めて。
バハムートは、呆れたような顔をして私を見た。
なんで? 変なこと言った?
「終わるのか、ではなく、終わらせるんです」
「……はぁ」
「元々、すぐ帰ると伝えてありますし、顔を合わせてすぐに、暇すると言ってあります。それでいいと言うから出向いているのに、なぜ、引き留められなければならないんでしょう」
わぁ、なるほど。
それはなんというか、相手方の必死さやらも察してしまう。
とりあえず顔出しを、からの、なんとなくそのまま進めてしまおう作戦だ。……バハムートは流されることなく、言っていた通り帰ってきたらしいけれど。
「そういえば、お見合いってどこで開かれるんですか? 移動時間を考えても、早すぎません?」
「中央属性管理院ですよ、学園と繋がってるので移動には左程かかりません」
「……繋がってる?」
「ええ。ドアを繋いでありますから」
ふぉ!?
驚きに、目を瞬く。
「それ、魔法ですか?」
「あなたは、魔法が好きですね」
ふ、とバハムートが相好を崩した。
柔らかな空気が戻ってきて、ほっと胸を撫で下ろす。
「好きですよ、憧れるじゃないですか」
「もしこの世に魔法があれば、何をしたいですか?」
もし、なんて話は珍しい。
そう思いながらも、うーんと考えて、一つ頷いた。
「魔法があったら、回復薬を作りたいです!」
「回復薬?」
「いわゆるポーションですよ。どんな怪我をしても、病気になっても、これを飲めば一瞬で治っちゃう、みたいな薬です」
ぐっ、と拳を握り締めて、前世でプレイしたゲームの世界にあった回復薬の凄さについて語る。バハムートからしたら、すべて私の妄想だろうけれど、もし、の話だから好きなだけ語ってしまおう。
ふと。
バハムートが、ぽかんとしていることに気づいた。
「……変なこと言いました?」
「てっきり、もっと自分のための魔法を望んでいると思っていたので」
「自分のためですよ? しんどい身体って、嫌ですし……ほかの誰かが苦しんでたら、見てるだけでしんどいじゃないですか」
前世で苦しかったことも、思い出してしまうし。
ふむ、とバハムートが頷く。
「呪文だけで治癒できたら、それもいいんですけど。薬にすることで、どこへでも届けられるし、便利かなぁって」
「……私、あなたはもっと自分のために生きている人だと思っていました。なるほど、回復薬を販売することで巨万の富を得て、尚且つ人を助けるという、気分もよく恨まれない方法で、極楽生活を手に入れるわけですか」
「え、そんな美味しい方法、考えてませんでした! それもいいですね」
自分だけが回復薬を作れる、という「もし」ならば、それもアリだ。
一生お金に困らない生活には憧れる。
そんな話をしながら、書類の整理を進めた。
バハムートは本格的に疲労困憊らしく、ぼうっとしている。
属性は遺伝することがあるって、フローリリアも言ってたもんね。
優秀なシングヘルハンターの血を残したいと思うのは、当然かもしれない。ただでさえ、光属性は希少だというし。
「……はぁ」
ため息が大きい。
うーん、お見合いか。
元は弟子を取るように言われていたらしいので、私が弟子になったからお見合い話がきたのだとしたら、なんだか申し訳がない。
私、悪くないんだけどね。
今日の分のバイトを終えて、バハムートから給料を貰って、ふふっと微笑んだ。
これで新しいノートを買おう。
「長期休暇に備えて、準備もしておいてください。、突然慌てることがないように」
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