反省会強行。そして対談へ!!
「脈拍に血圧、体温も正常だ。もう心配ないね」
淡々と状況を確認する兄に、千里の心はついていけない。
否、心だけでは無い。
起き上がろうとする千里だったが……
「…………っっっっ!?」
力が入らない。
立てようとした腕を滑らせ、再び布団へ沈んでしまう。
「無理するんじゃないよ。丸二日倒れてたんだからね」
狩夏はどこか呆れつつも、心配するように語る。
「あの日、喫茶店から連絡があったんだよ。ゲームをしていた面々が皆倒れたってね。
それで慌てて駆けつけてみたら……どうだい。みな頭が煮えるように熱いじゃあないか。
僕も手当てに協力したよ。それで容態が落ち着いた頃を見計らって連れて帰らせてもらったんだ」
そして、言い聞かせるように言う。
「さて……結論から言うね千里。あの場の面々は……頭の使いすぎで倒たんだよ」
「頭の使いすぎ……?」
「いいかい千里。ここまでの道筋を軽く箇条書きするだけでもえらい事になるんだ」
「え?」
「又聞きも又聞きだけど……軽くまとめてみたよ。見るなら気をつけてね」
差し出されたのは一枚の紙切れ。
そこには。
【千里の身の回りで起こっている問題】
◆遊んでいるゲームに危機が迫っている。
◆級友が百合趣味。ゲームのヒロインに惚れている。
◆ゲームを楽しみ彼女の恋を優しく締めるためにも、ゲームを存続させなければならない。←最重要課題
ーーーーーーここからは最近の話題ーーーーーー
◆その姉も百合
◆新しい拠点を手に入れようとしたら店長が運営サイドだった。
◆しかも詩葉の元カノ。彼女を倒し対立する理由を消さなければギスギスしたままになる。
◆上記三件を解決しようとしたら、第三勢力として出資者タギーが乱入。おそらく彼らが真の黒幕。
◆それを根本的に解決しないまま今度は身内が最後の課題を妨害。
◆勝利をもって、なんとか拠点回りの問題を一掃したが今度は『級 友 が ラ ス ボ ス だ と 判 明 す る』
「う、おぐぅええええ、かフッ!!?」
「オエッってなってるところ悪いけど言わせてもらうね。なにこの課題の洪水」
「ちくしょう改めてヒデェ! なんだこの情報量! もう一度言うわ。なんだこの情報量!」
「言わんこっちゃ無いだね。こんなの小学生に読み解くのは無理……というか誰だって無理だ。
ここに『カードゲームのプレイ』が加わるんだよ? 人の脳で処理できる限界を超えてるよ」
めまいを起こす中、それでも目下の懸案事項を思い出す。
「そ……そういえば詩葉とユリカさんは!」
「あの大人達の事かい? 知るもんかどうせヤってるんだろう」
「!?!?!?!?」
なにか異常な言葉が発せられた気がするが、構わず狩夏は続ける。
「具体的に言える事といえば……他所様の事情に首を突っ込み過ぎたかな。
聞けば途中で守るべき女の子に逆に叩き直されたって? 本末転倒なんじゃあないのかい?」
「うグッ! あの枕投げまでの流れは色々情けない………!」
「あと、級友の暴走に一服盛られるまで気付けないって……まあ相手が悪いのかもしれないが、もうちょっとスッキリできなかったのかな」
「た、確かにアイツがらみの下りはややこしかった……!!」
打ちのめされる。すり減った体力を更にけ削られた気分で力が抜ける。
それを見て、借夏は告げる。
「とにかくだ。自分がどれだけ無茶していたかわかっただろう。
しばらく頭を使うの禁止。学校には言っておくからもう一日安静にしておくこと。いいね」
「で、でも…………」
「いいからっ」
一方的な通告。
しかしそれは千里達を守るための行動だった。
「……ハイ」
そう、答える他無かった。
兄は退室していた。仕事に向かったのだ。
剥いた林檎を残していってくれていた。ありがたい限りだが。
まだ、食べる気にはならなかった。
ぽすんとベットに倒れる。
「…………」
なにもやることが無いという不自由。
くすんだ白の天井を見上げ、千里は時間を持て余した。
「…………前まで、なにやってたっけ………」
以前までは、カードショップに寄った帰りにゲームするとかやっていた気がする。
勉強はその場で済ませるタイプだったので、そもそも家ではやってない。
スタンピードに来た当日も、そのあと車でサッカーするゲームを友と遊んだりはしていた。
だが。
「最近…………スタンピード以外のことやってないな」
手近な窓を開ける。
何気ない日光が何故か懐かしい。
時間を縛られる感覚。
心を捧げるような実感。
「……………詩葉と遥さんは、うまく行ったって事かな」
心配が先に立つ。
うずうずする。
いてもたってもいられない感覚があった。
もぞりと身をよじると、スマートフォンは手が届く所にあった。
スタンピードはブラウザゲームなので、こちらを残しても問題無いと判断したのか。
それとも。
「…………」
無言で手に取り、検索を開始する。
カードレーススタンピードの公式ページはすぐにヒットした。
そこには、クソ鳥ことキルハルピュイアのナーフ状況が書かれていた。
【ナーフ結果】
《キルハルピュイア》✝
ギア2 ヘル・ディメンション/マシン
POW5000 DEF5000 RUN5
◆《進路妨害》
◆マグネスイッチN(このマシンがマグネスイッチSを持つカードの効果で呼び出された場合、このマシンは以下の効果を得る)
●『このカードの破壊時』カードを一枚引く。
「……マグネスイッチ?」
どうやキルハルピュイアは、規定の組み合わせで呼び出さないと力を発揮しなくなったらしい。そのための制度がマグネスイッチらしい。
ハルピュイアがNでサポートカード側がS。この組み合わせで呼び出さないとドロー効果は使えない、という訳だ。
単体で組み込んで、脳死でアドバンテージを得られる事は無くなったという事だ。
おそらく、ユリカも用いたカードの一部がS側に入っているのだろうが……
と、そこまで考えた時点で深く深いため息を吐いた。
気がつけばゲームのことばかり考えている。
中毒だ。
それをもって確信する。
(俺ってやつは……もうどうしようもないくらいこのゲームにハマっていたんだな……)
まだ起き上がる力は無い。
だが、傍らには兄が剥いてくれた林檎があった。これを食べれば少しは体力ももどるだろう。
「アニキ……ごめん。いただきます」
本来、そういう意図で置いたのではないであろう兄に詫つつ口にする。
再び机に向かうため。
ーーーー電子の戦場に戻るために。
むくりと起き上がる。
それだけの体力はなんとか戻る。リビングに向かい、コーラと牛乳から水分、糖分、カルシウムを補給する。
自室に戻り背伸びし、軽く体を動かし解し。
「…………行くか」
再び。
自室のパソコンからログインする。
電子の戦場へ。
少年は再び液晶に向き合う。
ゲーム世界の菓子の国。
桃色基調のシュガー・マウンテン。
始まりの街で、彼は再び相棒を探す。
彼女はイラストレーターだと言っていた。今日のこの時間でもログインしているかもしれない。
だが。
(いない……どこにも!!)
手がかりはゼロ。
なにかの機能を使えばどうにかなるのかもしれないが……千里にその宛は無かった。
だが記憶ならある。
行きつけらしい電子のカフェテリア。
あそこなら詩葉に会えるかもしれない。
フィールドマシン《ホワイト・エッグ》に跨りエンジンをかける。
洒落た店にたどり着くなり遭遇する。
「ーーーーアロー? 今度は間を開けずに会えましたね?」
「チエカ…………」
御旗チエカ…………の、ウェイトレス版。
「……ワリ。今は別のヤツ探してるんだ」
「おやおや。こないだといいつれませんね?」
「そりゃつれなくもなるわな……こんだけ居たらよ」
千里の前には、黒基調の衣装に着替えた彼女が出迎えてきていた。
千里がコレにうんざりする理由はシンプルだ。
普段と違う格好の彼女の、しかしその奥ではいつもの格好の彼女がカードパックを宣伝し。
電子の空に浮かぶホロディスプレイにも御旗チエカが映る。
きっとこの瞬間にも、どこかで別の彼女がレースを繰り広げているのだろう。
そして彼女は、それを誇るように語るのだ。
「ふっふん。ひとりくらい持ち帰っても構いませんよ?」
「もう持ち帰ってるってーのカードとしてよ。……それよりも、詩葉来てないか?」
話題を戻す。
無限増殖の姫走者に付き合っていたら体がいくつあっても足りない。
「詩葉……ああシルヴァさんですね。残念ながらお見かけしてませんが……」
「が?」
「アナタを待つ方なら、そこに」
見やる。
そこには。
「ふふっ。元気してた? しもべ君」
桃色の女王が居た。
「ユリカ……さん」
戌岸ユリカ。
ヘル・ディメンションの女王がテーブルについていた。
「さあ…3日前の続きしよっか?」
笑みを返す。
まだ、試練は終わっていなかった。




