精霊達の言葉
現実ほど夢のない場所はないよね。
あ、トルニテアはファンタジー世界??
いえいえ、ここで生きてりゃトルニテアも現実なんだよ。都合の良いことばかり起きやしないって。
「…………」
「………………」
置いてかれた。
畑を見るところまでは良かった。けど、水源へと向かうアルクザードとシオに此処に残れと置いてかれたのだ。
ずるいじゃん?
私も泉見たいじゃん?
それをだよ。「(この土地は精霊に守られています。貴女が来た頃のリザ様の森よりずっと魔力に満ちていますから土地も水も問題ないでしょう)」とか言ってカナンヴェーグに私を押し付けて行ってしまったんだよ。
信じられるか?
はい。現実です。
なので、私は村人と一緒に畑に手を加えている。貴族の子供が畑仕事をしているのが珍しいのか視線はめちゃくちゃ感じる。
植樹用に地面に窪みを作っているんだけど……。
「なんでこんな事しないといけないんだ」
「なんでお前はこんな事も黙って作業ができないのだ」
レントナードとカナンヴェーグの小さな言い合いが耳に届くのがなんとも言えない。
魔法使えば一瞬なんですが……二人とも土の属性は持ってないからシャベルで掘っている。
「(付き合わされている者が文句を言ってないのだから、お前が不満を漏らしてはいけない)」
紙を出すのも面倒で地面に書き込んだが……コイツ読めてんのか?
首傾げてるぞ。おい。
事業を持ち込んだのは領主家族、タテスの民は事業に協力してくれているのであって、彼らの好意を当然だと思わない事だ。
それでも普通は貴族が直接農作業なんかしないだろうけど、レントナードのお供でこの国最強の男が剣でなくてシャベルを扱っている現状。もう少し重く受け止めろよ。
不平不満があってもまともな神経してたらカナンヴェーグにだけは言えないよ。
子供だから仕方ない……のかもだけど、ヴェルティーナの叱らないで育てる方針とかまるで現代日本だし。先取りしすぎだよ。トルニテアじゃ生きてけないよ。
どう考えても日本とトルニテアでは命の重さが違う。ここは何かあれば簡単に斬り伏せられてしまう世界だ。頼むから学習しろよ。
「リヒノ様、筆談では理解出来ないかと」
エリーゼの忠告に少しショックをうける。近代の文章もかなり覚えたと思うけど……コレで伝わらないのか。文法間違った?
「文章自体は問題ありません。ただ、教育が追いついておらず理解ができないのでしょう」
あぁ、読み書きの能力が足りてないから筆談自体が無理ってこと?
つまり馬鹿だと。
エリーゼ。毒舌……。
「文字くらい読める!!」
「で、あれば大人しく作業する事だ。読めない事より内容を飲み込めない方がより悪い」
土のついた手で頭をガシガシされたレントナードはヤメロと騒いでいる。
「はっ。ちとアホ過ぎるが幼い頃のアルクザードによく似ておるわ」
「父上に??」
「失礼ですが、アルクザード様の方が随分と利発だったと記憶します」
「メイドの分際で失礼だぞ!」
「エリーゼの言う通りだが、アヤツも子供の頃は強くなる事ばかりに気が焦って腕を炭にしかけた事があったろう」
「そのような事もありましたね。屋敷中が大騒ぎになりました」
「ハハッ! 当時誰より慌てていた其方がよく言うわ」
豪快な笑いが畑に響く。タテスの人たちからの視線が集まり恥ずかしくて仕方がない。
「随分と楽しそうですな」
タテスの住民と思しき老婆が声をかけてきた。褐色の肌に尖った耳。髪はほぼ白髪で所々グレーの色が伺える。
この白髪は加齢によるものなのか、生まれながらのリズなのか……。まぁ、どちらでもいいのだけど。長命の種族の老婆って一体何歳なのかは気になる。
百歳超えた頃から数えるの面倒になりそうだよね。
「えぇ、少し昔話に花を咲かせていたところです」
「それはそれは、多くの武勇がある事でしょう」
「いえ、なんて事ない日常の話ですよ」
カナンヴェーグが丁寧な言葉を使っているのが違和感だが、一応年長者を敬う精神があったんだね。
「もう随分と作業をしていますから休憩をしてはどうですか?」
老婆の提案にのりたいのだろう。レントナードの顔は休みたいと切実に訴えてる。
「…………そうさせてもらおう」
辺りを見回すとタテスの住民達も疲れが垣間見える。指揮する貴族が休まなければ彼らも勝手に休めはしないだろう。
カナンヴェーグは作業を止め、タテスの住民、セテルニアバルナから出している護衛達に休憩を取るよう指示をだした。
ふと思う。貴族相手に恐れることなく休憩を提案したこの老婆は何者なのだろう。住民の代表、もしくは嫌な役を押し付けられただけの人?
「コチラへどうぞ」
老婆に案内されるままついて行くと、農業用品置き場らしき納屋で住民達に水が配られていた。
その少し離れたところに日差し避けテントが張られ、そこを守るように見張りが二人。
こっちが我々の休憩所ですね。
「(鍋と麦)」
「はい。コチラに」
物凄く短い文……というか単語でも察してくれるエリーゼの優秀さよ。涙出ないけど涙が出ると言いたくなるくらい素晴らしいわ。
焚き火になべを吊り下げるタイプの器材を直ぐに用意。薪に火をつけ、鍋に入れた水を滾らせる。
汗をかいて作業したのだから冷たい麦茶がよきかな。よきよ。
麦を投入して少し煮たら火からおろし、様子を見て麦を掬い出す。こっからはもうダラダラ休憩もしてられないしサクッと冷ます。
大きめのタライに魔法で氷作って鍋ごとドボン。荒熱取れたらグラスにガッツリ氷を入れて麦茶を注いで混ぜる。
で、飲む。
無問題。麦茶最高!!
流石に茶請けは出ないけど、あとは塩でも舐めとけばいいだろ。舐めないけど。
もうね、何やってんだコイツって顔しながら見物しに来てたタテスの人とアルセリアスの騎士なんか気にしない。私は好きなようにさせてもらう。
カナンヴェーグとエリーゼの分だけは用意して、あとは器にガラガラと氷を作り出して飲みたいやつは自分で飲めと伝える。最初は控えめに恐る恐るのぞいていた人達も、最終的にわらわらと寄ってたかって「なんだこれは」「麦の汁」「氷だ!」と好奇心に勝てずに愉快な声を上げてはしゃいでいた。
それを横目にグラスを傾けて涼を得る。
意外と早く済みそう。
これだけの人手が得られて、土壌改良の必要もなく植樹も可能な状態。今日中に植え終わったら夜になる前に魔法で無理矢理成長させて、明日には収穫の方法を伝えて加工する。後の茶畑の管理は私も茶農家でないから細かくはわからないけど、大まかな事を伝えて試行錯誤してもらうしかないだろう。
「ホッホッ、尊いお方の力を引き継いでいらっしゃるから魔法の使い方が実に巧みですな」
「…………」
さっき案内してくれた老婆に話しかけられて一瞬思考が止まった。よそ行きの顔から真顔になったと思う。
警戒。
私の警戒に反応してエリーゼは私の前に立ち塞がり、カナンヴェーグはタテスの住人にモミクチャにされているレントナードから視線をはずした。
この人が言ってるのは私……の事だよな。この休憩中に魔法を使ったのは私だけだもの。尊いお方ってのがリザだとして何でこの老婆がそれを知っている??
よりによってシオがいない時に……面倒はごめんだ。
「そう警戒なさるな。申し遅れましたが、私はカルナと申します。何も悪いことなど致しません。精霊様の口に戸は立てられませんし、何かあれば私がただでは済まされませんから」
何かしたらシオにチクられるし、精霊達の報復は軽いものですむはずはない……と。
リズ……。なんだろうね。多分。
カナンヴェーグも白髪混じりだけど精霊が見えるなんて聞いたこともない。
私の知るリズが神の使いだけだったから、まさかこんな所に精霊と会話が出来る人が居るとは思わなんだ。
や、到着時にシイナが精霊を見ていた時点で思わなけりゃいけなかったのか。我ながら愚かだな。
とりあえずエリーゼを下がらせて私は作り笑みを装備。皆に伝えていない私とシオの関係性が透けてるって事だもの。カルナの発言次第でセテルニアバルナとの関係が今とは違ったものになりかねない。
それにしたって、何の意図があって接触してきたのか……。ただの雑談だとしたら肝座ってる。でも、カルナからしたら私なんて生まれたばかりの赤子なのかもしれないし、カナンヴェーグでさえ子供扱いの可能性……??
「カルナ殿は精霊と会話ができるのですな」
「えぇ、話す内容を私どもが決める事はできませんけれどね。精霊様は何でもご存知ですよ。トルニテアの何処にでも必ずいらっしゃいますから。噂話は人伝より早いし正確です」
ウェンディもそんな事を以前言っていたような気がする。お願いは出来るけれど叶えてくれるかは気分次第。本当に気分屋だから機嫌が良いとひたすら楽しそうに話つづけ、機嫌が悪くなると人間を攻撃することもある。
聞いていて理不尽な存在だなと思ったけど……。
「何も見えぬ者にも貴女様が特別に写ったことでしょう。領主邸に聖女がいると噂になっていましたから」
まさか此処で聖女云々が出てくるとは。
「リヒノについて何か知っているようだったが、尊い方とは」
単純に“濃い色を持って生まれた”とは取ってくれないよな。うん。
「そうですね。アドレンスの精霊様達が最も愛するお方ですな。故に、御令嬢はアドレンスで最も精霊様に愛されております」
「リヒノにつく精霊は何と?」
え。それ聞く?
なんか怖くない?
「愛する方がもうすぐ帰ってくる……と」
パリンッ!!
手にしていたグラスが地面に落ちて割れた。
え?
あ、そうか。
リザが復活するってこと?
つまり、私、消える??
や、別にいいんだけど……思ってたより早いと言うか信仰全然集めてなくて申し訳ないというか何というか。
怪我がないか声をかけてくれるエリーゼに反応もせずにペンを走らせる。
「(もうすぐってどれくらい?)」
私は今、気持ち的には自殺前に身の回りを整理する人の気持ちだよ。
どれだけの時間が残ってるの?
「長命の私たち森の民と人間の時の感覚が違うように精霊様の"もうすぐ"は10年後かも知れませんし、1年後かも知れません。明日、明後日の話ではないと思いますが……」
わかりかねる……と。
その辺、近くなったらわかるもんなのかな。シオさん教えてくれるかな?
現状伝えてくれてないんだから、シオさん絶対教えてくれるわけないわな。
やけに心臓がバクバク脈打ってくれちゃって、もう、手とかも震えてんだけど何なのさ。嫌だなぁ。
「リヒノ様、どうされたのですか」
「(心配いらない。何もない)」
本当に現状は何も変わってない。
ちょっと、シオへの不信感が深まっただけだ。
それだけだ。




