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私の愛した人は妖怪でした。  作者: 十六夜 朋花
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暗澹の過去 3

琴が寝静まったのを確認し、俺は茶を沸かすため、台所へ行こうと立ち上がった。

いや…実際には立ち上がろうとした。

「なんだ….?」

淡い青色の光が空間を包み込んだ。その光の中心にあるものは、琴が首から下げている勾玉だった。


* * *


その夜、琴は夢をみた。細かい所まで記憶できるほどの明晰夢。

自分視点で繰り広げられている物語のはずなのに、まるで人ごとのように見てしまう。


この夢の主人公は私だ。

だけど…私じゃない。

自分で矛盾に気づき苦笑した。

昔の自分、前世の私…か。

今までにも琴は夢の中でここに来たことがあった。

目が覚めると、夢の中で見たり体験した大抵のことは忘れてしまう。

しかし再び夢の中に入ると、以前の夢で見たり体験したことを細かく思い出せるのだった。

自分視点で夢を見ることもあったし、今の様に第三者として昔の自分を眺めることもあった。

夢でなくても突然意識が遠のき気づくとここに連れてこられている、ということも何度かあった。

一番最初にこの場所に来た時などはまさにそれ(・・)だ。

突然意識を奪われて驚いたが、琴はすぐにこの場所を気に入った。

なぜなら、ここでは自分が何者か悩む必要がなかったからだ。

なにより影千夜と一緒にいるのが楽しい。


でも、自分が琴だという自覚も記憶も感覚も…夢が覚めるといつも忘れてしまう。


琴。それは…昔の自分。


すみれ。それは記憶を失う前の自分。


琴…。それは今の私。


それじゃあ、今の私って一体なんなの?

昔の自分のまがい物?

それを考えるのは結構つらい。

強い霊力をもった巫女、琴の生まれ変わり。

その事実を知った時、正直少し嬉しかった。

昔の自分は人を救う力を持っていた。

誰かのために身を削って戦っていた。

なんて素敵なんだろうと。

まるで今の自分まで強くなったような感覚になった。


でも、この夢の中でそれはとても厳しい現実であったと知った。

何度も体験した。


死にかけた。


夢の中で体験しただけでこんなに恐ろしかったのだから…現実で戦っていた昔の自分は正直すごいと思う。

だって、仲間は小さな女の子の形をした式神だけ。

その式神と共に幾度となく修羅場を潜り抜けてきた。


でも、どれだけ必死に戦おうと、母からは疎まれ、兄には呪術の実験台に使われた…。


琴は昔の自分の身に起きた出来事を…もう1人の自分と影千夜が紡いだ物語を眺めている。

ふと、さっき自分が影千夜に放った言葉を思い出した。


「何もかもが作り話に聞こえるの!」


いま全てを思い出した身として、影千夜に本当に申し訳ないことを言ったと思う。

でも、明晰夢で過去を詳しく知っても夢から覚めてしまえば思い出せないことばかり。

たとえ覚えていたとしてもあまりに現実味がなく、かつての自分が経験したものとは到底思えなかっただろう。

あの時はどうすれば自分の気持ちを影千代に伝えられるのか、わからなかった。


…茜さんって誰だろう。ううん。今は考えないようにしよう。



琴はこの夢の世界で自分の意思で動いてみたいと思った。

どうなるのか興味があった。

ふと空を見上げてみた。


「あっ」


自分の意思で動けるんだ…。

雲ひとつない青空に牡丹雪の様な桃色の何か(・・)がひらひらと舞っている。


「桜…」


夢の世界の住人になった琴は、そう呟いた。

とっても綺麗だ。

でもただそれだけだったので、琴は幸せそうな2人を眺めた。

今の自分と同じくらいの歳だ。


「あれが私だったんだ。噓みたい」


影千夜にずっとくっついて離れようとしない、側から見ても恥ずかしいくらい昔の自分は影千夜に執着していた。

また、影千夜も離れようとせず自ら近づいていった。


「なんだろう、自分と同じ顔だからかな?側から見てるとものすごく恥ずかしいんだけど!…っていうかなんで一郎さんって呼んでるの?どう見たってあの人影千夜じゃない。一郎さん!って顔してないこともないけど」


琴がブツブツ言っていると、違う日の物語に変わったようだ。

二人は桜の木の側に座った。

気持ちのいい風が吹いた。それは私にも分かる。夢の中だけど感じることができる。


「私たち、ここで出会ってもう7年も経つのね」


突然聞こえてきたその声に、琴はぞっとした。


「あぁ」


なんだろう…怖い。

知らない…こんな物語知らないよ!

鳥肌が立って、気温は暖かいはずなのに震えが止まらない。

影千夜は湖に映る満開の桜と、空を流れる雲を人形の様に眺めている。

わたし(・・・)は、少し物憂げに、悲しそうな目で一郎を盗み見ている。


…悲しい顔。どうして?どうしてわたし(・・・)はあんな顔をしてるの?さっきまですごく幸せそうだったのに。


勝手に涙が溢れてきた。


さっきまで、わたし(・・・)と今の私の感情は完璧に切り離されていたのに、今はまるで二人の自分が重なり合う感覚がする。

訳が分からないほど涙がぽとぽと、緑豊かな土地に落ちていく。


やだ…やだよ。見たくない…見たくないよ!


わたし(・・・)は震える手で懐剣を取り出し自らの首の横に構えた。


「一郎さん。さようなら、ごめんね。」


「だめー!」


琴は叫びながら飛び出していった。

自分が出て行ったところで何も出来ないのは分かっている。

だけど、ぼうっと突っ立っているよりよほどマシだと思った。

すると突然、舞っていた桜が止まった。

この夢の世界にとって異物である琴、たった1人以外の時間が止まっている。


[桜…怖い]


「えっ」


止まった世界で、わたし(・・・)の声が聞こえてきた。

声だけ(・・)が聞こえてくる。


桜はこんなに綺麗なのに…何が怖いの?

どういうこと?


[来ちゃだめ!]


「どういうこと?来ちゃだめって何が?どこに?」


[この桜に近づいてはいけない!]


「だからどうしてよ!」


その瞬間、止まっていた筈のわたし(・・・)の目だけがギョロッとこちらを向いた。

その澄んだ瞳の圧に琴はゾッとした。


[来るな!]


バサッ!

琴は勢いよく自分の被っていた布団ごと起き上がった。

目が覚めた…。

暗くて寒い洞窟にもいい加減慣れてきたが、1人の夜はやっぱり怖い。

不気味な夢を見た後はなおさらだ。


「うっ!」


首が痛い。思わず手で抑えた。金槌で殴られている様な激しい痛み。

琴は表現としてはこれが適切だろうと思った。

いや、さすがに金槌で殴られたことはないけど。


「…ふふっ」


人間とは不思議なものだ。

余裕のない時ほど変なことを考えてしまう。

嫌な夢見ちゃったからかな。でもなんの夢?

後味の悪い夢だったことは覚えてるんだけど…。

ふと、頭みが止んでいることに気づいた。

一時的なものだったのだろう。それとも笑ったから痛いの飛んでいったのかな。

痛いの痛いの飛んでけー!みたいな!


「ぷはっ」


また笑ってしまった。

ばかばかしい。

目をこすりながらそんなことを考えて、琴は再び布団に潜り込んだ。

はぁ。寒い。

たった布団一枚しか渡してくれないんだもの。

…影千夜、私を殺す気かしら。

着物一枚の時に比べたらまだ良いけど。

そんな呑気に冗談めいたことを思いながら、琴は眠りについた。


影千夜は夜中、琴がバサッと起きた音で目を覚ました。


「ん?」


今うめき声みたいなのが聞こえたような…。

ん?


「なんか笑ってる…」


少しの沈黙の後。また…。


「…。」


少し不気味に思った影千夜は考えることを放棄してすぐに寝た。



* * *


「琴、用意できたか?」


「うん!」


「それ…なんだ?」


琴が手に持っている本を指差した。


「ひ・み・つ!」


琴が子供の様に無邪気に返事をした為、影千夜は思わず笑ってしまった。


「何がおかしいのよ?女の子の顔を見て笑うなんて、失礼よ!」


「悪い悪い、あまりにも可愛かったから思わずな」


「へ?」


突然のことで、とてつもなく情けない声が出てしまった。

影千夜はごくたまーに、琴を動揺させることをいう。


「ずるい」


「…な、なんか言ったか?」


「別に何も言ってませんよー」


顔を真っ赤にさせながらいう。

琴をそうされた犯人はというと…顔どころか耳まで赤くなっている。

影千夜は挙動不審に目をキョロキョロさせている。


その時、気づいてしまった。


「琴…。」


琴の首にある痣が、以前より濃く毒々しい色になっていることに。


「どうしたの?」


「いやっ…な、なんでもない」


影千夜は、琴に鼓舞するように言った。


「よし、行くぞ」


「う、うん」


琴は照れて赤くなった顔でうつむきながら小さく返事をした。

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