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私の愛した人は妖怪でした。  作者: 十六夜 朋花
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暗澹の過去 1

琴が事故に遭い、一ヶ月が過ぎた日のこと。

影千夜は生活の中で琴の信頼を獲得しつつあった。


そんなある日。


「ねぇ影千夜!いい加減にして!せっかく私がご飯を作って待ってたのに!!!」

琴は机を上から強く叩いた。その衝撃で机の上に乗っかっているすっかり冷めてしまった夕食が大きく揺れた。

琴は先日千鶴が持ってきた巫女装束と勾玉を身につけ、立派な巫女に戻っていた。姿だけは…だが。


「ちょっと待て待て落ち着け。違うんだっ!これには(れっき)とした訳があって。その…」


琴が吹雪を起こしそうな目で凝視してくる。

目が怖い怖い怖い…。


「あっそのっ何かと言うと、あの女が」


「あの女ですって⁈」


「いやっ…女っていうか、女じゃないっていうか」


「騙されないわよ!バカ!今あの女って言ったじゃない!」


ダメだ…。厄介なことになった…。

ってか琴…おまえ、もしかして…。嫉妬してるのか?

そう考えると少し嬉しくなってしまった。


「何ニヤニヤしてるのよ!」


「してない!してない!あ〜もう分かった!話すから!」

琴は椅子に座り足組みをした。


「全部、包み隠さず、話しなさい!」


そう大声でゆっくり言った。


「なんでこうなるんだ…?」


影千夜はそう呟き深く溜息をついた。


事の発端はと言うと妖怪の会合に参加した時に渡された、いろんな意味で迷惑な代物だ。

猫又の(あかね)が全員に配った稲荷寿司。


「今回は全員参加なんだな。いつもは6人集まればいい方だってのに…。しかし、まさか(あかね)殿に会うことになるとは…」


ぶつぶつ呟きながら影千夜は会場を見回した。

和洋折衷、絢爛豪華な装飾が施されている。

この会合は定期的に開かれているが影千夜が会合に参加し始めて、十二妖全てが一度に集まったことなどなかった。


「…珍しいこともあるもんだな」


今、鼻歌を歌いながら稲荷寿司を各席に配り回っている彼女が茜。

美しい桃色の髪を上で2つ結びにしている童顔な彼女は、実は影千夜よりも200歳年上だ。


「皆様、よろしければこちらをお召し上がりくださいませ。腕を振るって(わたくし)自ら作って参りました」


稲荷寿司を配り終え、彼女は笑顔でそう言った。

妖怪たちは、喜びの声を上げながら稲荷寿司を頬張っている。


「私は遠慮しておきます」


そう即答したのは、影千夜だ。


「どうしてです?このお稲荷さんは(わたくし)があなた様だけに作った特別ですよ?」


そう言って茜は稲荷寿司を持ち上げ、影千夜の顔の前に差し出した。

影千夜は内心でツッコミまくっていた。


いや、だからですよ!周りの奴らは美味しい美味しいって訳分かんねぇこと言ってるけどな!茜殿の作った食べ物というだけで要注意危険物なんだ!茜殿には失礼だが!今までどれだけ不味いもん食わされてきたと思ってるんだ!

そして何より、あんたの赤色の瞳に黒い光が宿ってるんだよ!

怖いんだよ!

追い討ちをかけるように茜が影千夜に言った。


「食べてください?」


「.…はぁ」


もう限界か。

影千夜は思い切って、一口かぶりついた。


「んっ?これは…食べたことの無い味だ」


ある意味…と小さな声で言ったのが茜には聞こえたのかは分からない。


「えぇ、とても美味しいですよ」


一口食べ、影千夜は満面の笑みで内心とは正反対のことを言った。


これは…いつもの無意識で作られた不味い食いもんじゃない。悪意に満ちた…食べ物とは到底思えない…食べ物。こいつ…絶対確信犯だろ!


「もっとたくさんありますから、遠慮なく…どうぞ?」


「…いや」


「ん?」


「…その」


「ね?」


「…。」


「食べなさい」


「はい」


影千夜は残りの稲荷寿司を仕方なく一気に頬張った。

当然、咳き込む影千夜。

そんな影千夜に構わず、茜は先程とは打って変わって嫌な笑みを浮かべた。

猫目の瞳がますます吊り、口が大きく広がった。

ついでに耳としっぽも追加された。


「…食べた」


茜はそう言ってクスッと小さく笑った。


「そのお返しといったらなんだけど…千代?あなたの保護している人間の小娘を、こちらに譲って頂戴?」

耳としっぽを動かしながら、楽しそうに近づいてくる。


「は?」


今のは茜殿に答えたわけではない。俺の…俺が、なんか変なんだ。

なんだ?くらくらする、まさか茜殿がさっきの稲荷に何か入れてたのか?

いや、違う。この人は…そんなことができる様な人じゃない…筈だ。

だから俺は、茜殿の作った特別を食べたんだ。

なのに…どうして。


「あら?どうしたの?千代?顔が引きつってるわ。ねぇ、答えなさい?」


茜殿は膝をついてしゃがみこんだ俺を、耳をピクピクさせて薄ら笑いを浮かべながら蔑むように見ている。


「茜…殿?変化…しかかっていますよ?」


「ねぇ千代?あなたのかくまってる()、奏家の子でしょ?」


だめだ、こっちの言葉を全く聞いていない。

どうしたんだ?茜殿…いつもと何か違う。

いや、今はこの状況を乗り越える方法を考えろ!

影千夜の背中に一筋の水滴が流れた。

考えろ、考えろ!さっき茜殿が言った小娘(・・)とは明らかに琴のことだ。

しかし、あの隠れ家の周りには俺が結界を張っている。

茜殿には人間の気配など見つけられないはずだ。

まずい…頭がクラクラしてきた。


「ねぇ?千代?」


何も考えられ…ない。何か…言わないといけないようなそんな気が…して…。いや、何も言うな…絶対に。


「千代?教えて?」


突然目の前が真っ暗になった。


「こ…とは…」


人影か…?

目が霞んでいてよく…見えない。

そうだ、誰かが俺と茜殿の間に入り込んできたんだ。


「茜ちゃん。ちょっと千代ちゃん借りるよ!」


「うわっ!」


ニコニコしながら俺の手を引っ張ったのは、影千夜よりも少し年増に見える、美しい黄金色の髪と瞳を持った男だった。

その男の素早い動きに対応出来ず、茜は半化けの状態でしゃがんだまま動けない。


「千代ちゃん…言うな!」


影千夜は突っ込みを入れたものの、仲裁に入ってくれて実はホッとした。

このまま琴の事を茜殿に問いただされていたら俺は何を言っていたか分からない。

それに…めまいが消えた、動ける!

だが…腕が痛いんだよ!この馬鹿力!

そのまま屋敷の回廊に連れ出された。


「離せ!引っ張るな!」


「はいはい。千代ちゃん、お利口さんにね。しばらく見ない間にまた大きくなったんじゃない?三十年ぶりかな?父さんは嬉しいよ!」


「誰が父さんだ!」


ニコッと笑ったかと思うと、俺を強く地面に叩きつけた。


「っ!何すんだよ」


「何かすんだじゃないよ、影千夜。まさか、また人間の小娘にうつつを抜かしているんじゃないだろうねぇ。琴ちゃんの一件でよーく身にしみついていたんじゃなかったのかい?」


目をギラリと光らせとてつもない圧力をかけてくる。

…こいつは、俺よりもずっと長く生きている妖狸、千秋だ。

父上と母上のことをよく知っている数少ない妖怪でり、あの戦の後、すぐに俺を引き取り1人で暮らしていけるようになるまで育ててくれた。

まぁ、実際育ててもらったのは三年程度だが。

そのあとは何十年に一度開かれる、この会合で会う程度だったな。

いわば恩人…なのだが、いつも気障でどこか調子いい、めんどくさい奴だ。

顔はわらってるが、恐らくめちゃくちゃ怒っている。

俺と琴の間に昔あったことを知っているこいつには、全部伝えた方が良いだろう。

…って言うか、何故かこいつには全部ばれてる気がするんだが。


「うつつを抜かしているんじゃない、俺は本気だ!琴が戻って来たんだよ!帰ってきてくれたんだ!今度こそあいつを死なせたりしない、きっと幸せにしてみせる」


バシッ!

するどい音が冬の静まった空間を切り裂いた。

千秋が影千夜をぶったのだ。


「きっと幸せにしてみせる?きっと…だって?影千夜、君は絶対にその娘こを幸せにすると胸を張って言えないのか?」


「だから俺は!」


壁に追い詰められた影千夜の顔の真横に千秋の手が勢いよく飛んできた。


「うるさいよ」


怒りを含んだ静かな声。影千夜は反論できずに言葉を呑み込んでしまった。


「絶対にその娘こを幸せにすると胸を張って言えないんだろう?だったらそれは、君は愛する人を自分が幸せになるために利用りようしようしているのと同じだ。自分が幸せなりたいからだ。何も覚えていない、何も知ることのない恋人に君は自分の見たい未来を押し付けているだけだ。しかもそれは君がたった一人見ている幻だ。分かっているだろう?」


「…わかってねぇよ。俺は琴と約束した。あの日…琴が死んだ日…。最後の約束だった。絶対に幸せにするって…。あの時の琴の嬉しそうな顔が忘れられないんだ」


影千夜なそう言いながら、琴を抱いた腕の感触を思い出していた。

思い出したくない、あの感触を。


「あいつがだんだん冷たくなっていく感覚も…ずっと忘れられないんだ。あの感覚だけは…もう」


辛そうに影千夜は呟いた。

そして、千秋の目をしっかりと見た。


「俺と琴は同じ未来を見ていることは紛れもない事実だ。幻なんかじゃない」


「…どうして言い切れる?」


「あいつが…琴が目を覚ました時、あいつ泣いたんだ。俺の腕の中で、懐かしい感じがするって。そう言って泣いたんだ。あいつはきっと俺のことを魂の意識の中で覚えてるんだ。意志は昔から強い奴だったからな。俺と琴が望む同じ未来が来るまで、いつまでも待つ」


「…分かった。君のその覚悟は受け取ったよ。でもね、その大切な娘…琴ちゃんをまた同じ目に遭わせない為には、どうすればいいと思う?現に今さっき、茜ちゃんに何かまずいことを言わされかけたんじゃなかったの?」


重いはずの影千夜の言葉を、壁についた手を離しながら千秋はあっさりと切った。


「なんで自分があんな風になったかも分からないのかい?」


「…稲荷寿司に茜殿が毒を入れて…いた」


「いや違う。あれは毒じゃない、術だ」


「術?なんで茜殿は術なんか」


千秋がため息混じりに呆れたように言う。


「茜ちゃんはねぇ、操られていたんだよ。何者かに。残念ながら僕は見つけられなかった。茜ちゃんにはあんな高度な術は使えない。君も知ってるだろう?」


「たしかに茜殿は昔から、術が…致命的に下手だった」


「あれは、妖力を悪戯に上げる術だ。だからさっき茜ちゃんは力を制御できず変化しかかってしまった」


「そんな術…俺は聞いたことがない」


「申し訳ないけど僕にも分からないよ。昔、本でちらっと見かけたぐらいだったし。でも、現代で人間に紛れて生きている妖怪にとって、本来の妖怪の姿に無意識に変化してしまうのは危険極まりないことだからね」


「だれが使えるんだ…そんな術。って茜殿はどこだ?大丈夫なのか?」


「茜ちゃんにかかった術は、千代ちゃんをここに連れてくる前に僕が解いておいたから大丈夫さ」


「そうか…良かった」


影千夜はホッとため息をついた。

気付かなかった、いつの間に千秋はそんなことを。

そういえば、茜殿に向かってブツブツ何か唱えていた気がする。


「よし、話も終わったことだし千代ちゃん!昔のように僕の胸に飛び込んでおいで!」


「なんでだよ!気色悪い!ってか千代ちゃん言うな!」


「もう…つれないなー」


ったく、いつもの千秋に戻ってやがる。


そこで、この章の初めの部分に戻るわけだ。


「ってなわけで、帰るのが予定時刻より大変遅くなりました」


「えーっと…そう、なの。それであの女っていうのは茜さんって言う人の事なのね」


「あぁ」


「でも帰りが遅くなったのって、茜さんのせいではないわよね?その何かを企む何者かのせいって言った方が正しいじゃない」


そうきたか…たしかに茜殿のせいではない。

琴の言う通りその何者かのせいだ。


「どうして最初から全部話してくれなかったのよ?」


とても心配そうな顔をしている。

そんな顔をさせたくなくて、本当の事を言わなかったのに…。


「ちゃんと話してくれなきゃ全然分からないじゃない!…私は、この一週間であなたから全てを教えられたのよ!あなたと私の間に起こったという悲しい過去全てを。でも私は全然思い出せない!…何もかもが作り話に聞こえるの!私は混乱してるのよ…あなたが嘘をつくたびに、何かを誤魔化すたびに余計に分からなくなる!何を信じればいいのか分からなくなるの!」


まただ…俺はまた琴を泣かせてしまう。

何故だろう。

俺もだ…己が分からなくなる。

…すべきことに迷う。

琴が全ての記憶を取り戻すことが、最善なのだろうか?

このまま記憶を失ったまま、今を生きていくことが出来るのであれば、それは琴にとって幸せな人生なのではないか?

今、俺と琴が見ようとしている未来を現実のものとできる確証はない。


だが…俺のいない未来。


幻では無い実相(じっそう)を琴が一人で見ることが出来るのだとしたら…。

いや、だれが琴を大切に思う人間(・・)がいるのだとしたら俺は…。


そんなことばかりを考えてしまう。

ずっと一緒にいるって約束したのにな。

これは俺の悪い癖だ。

琴が事故にあったあの日から、ことある度に同じことを考えて…まったく情けない。

千秋にあんな大口叩いておいて、こんな弱気だとはな。


「影千夜…ごめんなさい。少しの間、1人にして」


琴は涙を拭いながら、震えた声でそう言った。


「…分かった」


影千夜は琴から数歩歩いたところで話を続けた。


「明日、一緒に行きたい場所がある。来てくれるか?」


「…」


琴は何も言わず頷いた。


「ありがとう。今日は早めに休め。明け方にここを出る。おやすみ、琴」

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