06 エト
いつもよりも速度を落として夜空を舞う。
頬を撫でる風が、さむくてさむくてしょうがないから。
最近また一段と冷えたけど、レアさんがくれた首輪がまたそのさむさを助長して結構大変だ。
なんでも、探したい時にいつでも僕を見つけられる魔法道具らしい。
すごい魔法道具だと思うけど、鉄みたいで結構重たいし少し苦しいし、何より冷たい。
でも僕がアイリスさんの所で寝坊しちゃって心配をかけたんだから、我慢しなきゃいけない。
森に行けばさむさがましになるんじゃないかと期待して行ったは良いけど、今日はなぜかさむいままだった。
それでもまぁ、収穫はあったから良いけど。
それにしても魔術師の姉をもつ人間のフェルが、レアさんや僕等の敵として立ち塞がったらかなり厄介かもしれない。
レアさんは人間を殺したがらないから。
少し脅してやったから流石に余計な真似はしないかな?
けど、もしも、もしもあいつがそれでも立ち塞がってきたら……。
……レアさんがあいつを殺せと言ったら、僕は頑張らなきゃいけない。
「レアさん、あの家」
「はいよ」
今回の目的地は、人気の無い荒野にぽつんと立つぼろぼろの小屋だ。
本当に人が住んでるかも怪しいが、一応ここから反応がするから間違いなく魔術師が居る筈だ。
「げェ、ボロボロだぜェ。マジでここに居ンのかよォ?」
クロスさんが扉に触れると、腐敗していたそれが崩れるように落ちていった。
確かにこんなにぼろぼろだと住むどころか、この中に入るのすら危ない気がする。
とはいえ反応はするのだから近くに居るのは間違いない。
周囲を警戒しながら入るレアさんとクロスさんに続いて僕とアトラスさんが小屋の中へ入る。
「んー? 誰も居ないじゃない」
「クソガキィ、どォなってんだァ?」
「おかしいなぁ。居る筈な……ッ!?」
瞬間、足元に魔法陣が展開された。
この小屋を中心にした広めの範囲の陣。
小屋の外にまで広がる魔法陣の式が見切れなくて、咄嗟に打ち消すのは無理。
僕だけ逃げるのは間に合いそうだけどそれは論外。
咄嗟に単純な式の陣を展開。
それをレアさん、クロスさん、アトラスさんに向けて発動した。
突風を引き起こして、小屋ごと三人を陣の外まで吹き飛ばす。
少し痛いかもしれないけどみんな強いから大丈夫だろう。
「ぁうっ!!」
全身が強く締め付けられるような感覚に、情けない声が漏れた。
僕の周りを囲うように光る輪がくるくると回る。
拘束の魔術、しかもこんな広範囲に。
罠、だ。
目だけをなんとか動かして辺りを伺うと、三人をぎりぎり陣の外ヘ飛ばせたらしい事が横目に見えて少しほっとした。
「あれぇ〜、なんかいっぱい居るよぉ〜」
この空気に場違いな、やたら間延びした声が聞こえた。
元々小屋のあった場所。
僕が拘束されている足元の床が突然動き出して、そこから小柄なお姉さんが顔を覗かせた。
ふわふわの癖が付いた肩までの髪の毛を揺らして、僕らを見渡し驚く様とのんびりした声。
ここら辺一帯に拘束魔術を展開させた魔術師とは思えない雰囲気だった。
「今話題の魔術師殺しさん捕まえたやったぁ〜って思ったらぁ、もしかしてお仲間さんがいたのかなぁ〜?」
……話題?
そういえばアイリスさんは広範囲に探知出来る魔術師で、僕の事を知っていて接触しにきた。
同じように探知に優れた魔術師が他に居ても、何らおかしくは無い。
魔術師同士で情報共有している、と考えると厄介な事になっているのかも。
レアさん、クロスさん、アトラスさんはほんわかとした雰囲気のお姉さんに向けて構えるが、彼女はそれを見ても動じる事は無い。
「動いちゃやだよぉ〜? この子がどうなっても良いのかなぁ〜?」
「っ!」
笑いながらそのお姉さんは僕の背後にぴたりとくっつく。
すると背中に硬い物が当たる感覚と、ちくりと少しの痛みを感じた。
三人は一瞬顔を見合わせると、頷き合う。
そして、僕らの状況はお構い無しに駆け出した。
「お、脅しじゃ無いんだけどぉ〜?」
「ぅぎっ!?」
少しだけ戸惑う声と同時に背中に真一文字、鋭い痛みが走る。
切れ味があまり良くないのか、物凄く痛い。
ちゃんと武器の手入れをしているのだろうか、この人。
それに、僕なんかじゃ彼女らの弱点にはならない。
「きゃあ!」
硬質の金属がぶつかり合う音と同時に身体を締め付けていた力が消えて、僕は地面に転がった。
最初に仕掛けたのは、一番速さのあるレアさんのようだ。
それに続くようにクロスさん、アトラスさんが攻撃を仕掛ける。
これだけの人数差なら、と思いきや意外にもそのお姉さんは押され気味ではあるが、防御の魔術を駆使して三人の攻撃をかわしていた。
「さ、流石にこれはキツいかなぁ〜?」
「ちっ!」
レアさんの斬撃を弾き返すと魔術師は高く跳躍、身体に魔法陣が展開され、そのままふわりと空中で静止した。
「一人でなんとかなるかと思ったけど無理かもぉ〜? 作戦考え直さないとなぁ〜」
ふぇぇ頭痛いよぉ、と空中でもがく様はわざとらしく見える。
今のうちに僕は自身の身体に治癒の魔法陣を展開する。
「ごめんねぇ〜、今日は出直させてぇ〜?」
言葉と同時にお姉さんの背後に巨大な魔法陣がいくつか展開された。
攻撃自体はそこまで複雑なものではないが、なにせ普通よりもかなり大きいからかわすのが大変そうだ。
僕は背中の治癒が丁度終わった所で、お姉さんの攻撃をかわそうと自身に浮遊の魔術を展開する。
「……っわ!?」
が、不意に耳を劈く音が響き、少しだけ浮いていた身体が再び地面に転がり落ちた。
あれ?
もしかして今、僕の浮遊魔術がお姉さんに打ち消されたのだろうか?
そんな事を考えていると、僕の背中に魔法陣が展開される時のような強い光が降り注ぐ。
「君はこっちぃ〜」
「へ、え、わあぁぁあぁっ!?」
次の瞬間、突然背中を勢い良く引っ張られるような感覚がして僕の身体は宙に投げ出された。
後ろが見えなかったから何かにぶつかるんじゃないかと身構えると、思ったよりも柔らかい感触。
「この子、貰ってくねぇ〜!」
「え、え、えぇぇぇ!?」
あまりにも近くで聞こえる声に辺りを伺うと、僕はお姉さんに後ろから両腕を回されてぎゅっと抱き抱えられていた。
柔らかい感触は嬉しいけど、さっきこの人にすごく痛い思いさせられたんだと考えると複雑だ。
「な、ちょ、待ちなさい!!」
「待ァて待て! レア!」
「うひゃぁ!!」
「ぎャあァ!!」
巨大な火の玉、というよりは隕石に近いそれに目もくれずに一歩踏み込もうとしたレアさんを、クロスさんが慌てて制止する。
その間に僕は、浮遊魔術を纏ったお姉さんに抱えられてそこから離されてしまった。
隕石のようなそれが地面にぶつかる凄まじい音に紛れてあの二人らしからぬ情けない悲鳴が聞こえた気がしたが、まぁあの三人なら大丈夫だろう。
強いし。
「君は何で同じ魔術師を殺して回ってるのぉ〜?」
そうして三人の声も聞こえなくなった頃、不意にお姉さんが僕に話しかけてきた。
なんだかあまり敵意を感じないし、その会話に乗る事にする。
「三人のお手伝いしてる」
「……ふぅ〜ん……」
会話を始めたのはお姉さんからなのに、なんだかつまらなそうな顔で僕の事をじっと見ていた。
「ねぇ、お姉さんは僕をどうするの?」
「ん〜っとね、人質かなぁ〜?」
この後の事が気になって、お姉さんに問いかけると何故か疑問符が付いていた。
面倒な存在である僕を未だ殺さないのは、なにか理由がある筈だけど……。
「そんなの子供でも騙されないって」
「むぅ〜、人質なのは少しだけ本当なんだよぉ〜? その首輪で君の位置がわかるんでしょぉ〜?」
なるほど。
あの三人を誘き出すには一応使えるのか。
とは言えそれなら首輪だけあれば良いわけで、やっぱり僕を生かしておく理由にはならない。
今この場で僕が必死に抵抗したら、この人だって無傷で済まないだろうし、やはり不利益の方が大きく感じる。
「さっき盾にも使えなかったのに人質って言えないでしょ」
「ん〜……、なんで君はあの人間達と一緒に居るのかなぁ〜?」
「はぁ?」
突然変な質問を投げ返された。
意味が分からなくて首を傾げる。
「君はあの人間達を庇って捕まったのにぃ〜、君が危なくなったら人間達は何もしてくれないんだねぇ〜?」
「だから何?」
この人が何を言いたいのかが全く分からなくて、更に首を傾げると、察し悪いねぇ〜、とお姉さんは笑った。
分からないのは確かだけど、こんなばかっぽい人に言われるとむかつく。
「あんな人間捨てちゃえば良いんだよぉ〜。私達と一緒にいこうよぉ〜!」
「私達?」
「私達魔術師ぃ〜」
「へぇ」
どうやらこのお姉さんは魔術師同士で集っているうちの一人らしい。
さっきの話題、とか言うのもそこからなんだろうか。
「それにしたって魔術師仲間を殺してる僕を引き込もうとするなんて気分悪くないの?」
「それはそれぇ〜、これはこれだよぉ〜。私は別に被害被ってないしぃ〜」
それにぃ、と続ける。
「これは想像だけどぉ〜、君はあの人間達が居なければ魔術師に何もしなかったんじゃないのかなぁ〜?」
「……まぁ」
確かにその通りだ。
僕は別に魔術師に特別な感情は一切ない。
レアさん達を助けてあげたいという思いだけでここまでやってきたけど、僕自身は面倒くさくて自分から魔術師なんかに関わるのはごめんだった。
「そういうことだからぁ〜、魔術師は魔術師同士で仲良くやろうよぉ〜」
「どういう事だよ」
「殺しなんかやらされて、かわいそうだよぉ〜」
「……」
独り善がりの話ばかりで、終いにはかわいそうと来たもんだ。
随分舐められたもんだなぁ。
このお姉さんは好きになれそうもない。
とは言えここで何かするのも得策とは思えない。
魔術も体術も多分互角かそれ以上はありそうだし、良くて痛み分けって所か。
今は大人しくしておくのが良いかもしれない。
「とりあえずぅ〜、私達の秘密基地でゆっくり考えてみてよぉ〜」
「……」
あそこだよぉ〜、とお姉さんが指差した先には継ぎ接ぎの家々が川沿いに立ち並ぶ、スラムのような場所。
何人か人影が見えるが全て魔術師のようだ。
果たしてこんな場所でゆっくり考えさせてくれるものなのか疑問である。
というかここまで魔術師が多いと隙をみて逃げ出すのは難しそうだ。
もしかして道中で何が何でも抵抗してた方が良かったのだろうか。
レアさん達を危険に晒すかもしれないし、選択を間違えたかなぁ、とひっそり冷や汗をかいた。




